コーデックスV
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 04:13 UTC 版)
「ナグ・ハマディ写本」の記事における「コーデックスV」の解説
コーデックスVは、四世紀半ばに筆写されたと推定されている。 コーデックス番号題名備考V 1 聖なるエウグノストスの手紙 2 コプト語パウロ黙示録 「パウロの黙示録」に関する古代の伝承記録はなく、ナグ・ハマディ写本発見によって初めて知られた文書である。当文書とは別にギリシア語(およびそのラテン語その他への訳)で「パウロの黙示録」という文書が存在するが、ナグ・ハマディ写本収録の「パウロの黙示録」とは別物である。題名は文書の最後に括弧つきで書かれている。題名が文書の冒頭にも書かれていたとみられる痕跡が残っているが、その部分は写本が破損しており推定による復元でしかないが、研究者によって一般的に支持されている。文書の保存状態はあまりよくない。原本の成立時期を二世紀後半と推定する研究者が多いが積極的な証拠があるわけではない。本文書は、ガラテア人への手紙とコリント人への第二の手紙に書かれているパウロの体験を下敷きにした創作物で、それをグノーシス主義的に改変している。たとえば、パウロの昇天体験では第三の天までしか書かれていないが、本文書では第十の天まで存在することになっていて、うち第一から第七の天が被造世界(ヤルダバオート以下のアルコーンによって作られた世界)に、第八の天以上がプレーローマ界に相当している。「小さな子供」(精霊のこと)によるパウロへの啓示が書かれており、精霊の案内でパウロが第三の天から順に天を昇って行き、最後に第十の天に達して終わる。 3 ヤコブの第一の黙示録 「ヤコブの黙示録第一」「ヤコブの黙示録第二」というのは研究者によってつけられた通称である。ナグ・ハマディ写本収録のどちらの文書の題名も「ヤコブの黙示録」と書かれているため、混乱を避けるために伝統的に、最初の「ヤコブの黙示録」を「第一」、後の「ヤコブの黙示録」を「第二」と名付けている。「ヤコブの黙示録第一」の題名は、本文の最初と最後にそれぞれ「ヤコブの黙示録」と書かれている。このうち、最初に書かれている題名の方は、原本にはなくコーデックスVの作成者が先行文書である「パウロの黙示録」との区切りのために事後的に挿入したものと考えられる。エイレナイオスの「異端反駁」、エピファニオスの「薬籠」の中に「ヤコブの黙示録」に関する記述が残されている。文書の保存状態は、最初の方は比較的良好だが、後になるにつれて欠損が多くなり始め、最後の数ページは復元がほとんど不可能である。原本はギリシア語だったとみられる。2か所だけだが、ギリシア語ではなくシリア語表記(ギリシア語では「ゴルゴダ」「タダイオス」である所が、シリア語表記の「ガウゲーラン」「アッダイ」にそれぞれなっている)されている箇所があるので、用いた原本がシリア系統の伝承だった可能性がある。本文より、著者がエイレナイオスの「異端反駁」を知っていたことが読み取れるので、成立年代はそれ以降(180年頃以降)だろうとみられる。また、「ヘプライ人による福音書」に比べてイエスとヤコブの関係が強化・神話化されているので、成立時期は早くても三世紀前半と推定される。ヤコブの質問にイエスが答える、典型的な啓示文学の様式に従っており、全体は二部に大別される。第一部はイエスの受難以前の対話、第二部は復活後のイエスとの対話である。明らかにグノーシス主義の文書である。「ヤコブの黙示録第一」はチャコス写本の中にも収録されているが、ナグ・ハマディ写本所収のものとは内容が少し異なっている。 4 ヤコブの第二の黙示録 題名は本文の最初に「ヤコブの黙示録」と書かれている。本文の最後にも「ヤコブの黙示録」と書かれていると推測してそのように復元した校訂本が存在するが、これは誤読による誤りで、一般には後書きされた表題は存在しなかったと推測されている。「ヤコブの黙示録第二」という呼び名は研究者によってつけられた通称である。文書の保存状態はあまりいい方ではない。ギリシア原本をコプト語訳したものである。「ヤコブの黙示録第一」と同様にシリア語伝承が一部用いられている可能性はあるが、「第一」とは異なりシリア語法は見られない。背後にあると考えられる救済神話が「第一」に比べて単純であるので、原本の成立時期は「第一」(三世紀前半)よりも早いだろうと推測されている。祭司の一人マレイムが、「義人」ヤコブから、殉教前に聞いた話を書きとめ、それをマレイムがテウダ(マレイムの親戚でヤコブの父)に伝えた、という体裁で書かれた文書である。「第二」は「第一」と同様に、最初に「黙示」の部分が書かれたあと最後にヤコブの「殉教」が書かれている。ただし、殉教の部分は短く、欠損も多いため内容に不明な部分が多い。 5 アダム黙示録 題名は本文の最初と最後にそれぞれ書かれている。写本の保存状態は比較的良好な方であるが、パピルスの質が悪くインクがにじんでおり判読の難しい箇所が少なくない。ギリシア語原本からのコプト語訳である。古代の文献から「アダムの黙示録」という名の文書が複数出回っていたことがわかっており、本文書は現存する唯一の「アダムの黙示録」である。エピファニオスの「薬籠」の中に「アダムの黙示録」に関して言及した部分があるが内容の引用がなされていないため、ナグ・ハマディ文書所収の「アダムの黙示録」と同じものを指していたのかどうかは不明である。ギリシア語原本の成立時期に関しては研究者間で多くの仮説が唱えられておりどれが優勢であるとも言えない。全体は二部に大別される。第一部ではまず、かつてアダムとエヴァは栄光の中にあり造物神やアルコーンよりも高い地位にあったものが、造物神の怒りを買って男と女に分離され、栄光と認識を失い、造物神に隷属する存在になったことが語られる。そして、アダムが眠っている間に「三人の(天的)人間」が現れ、アダムに対して元々あった栄光と認識がセツの子孫の中に移動したことを伝える。その啓示を受けて自分たちの現実にアダムとエヴァが嘆息しているのを造物神が訝しり、自分の支配を確かなものとするために造物神は二人に性欲を植え付け、それによって二人は死の支配下に置かれる。これを自覚したアダムがセツに啓示の内容を語る。第二部はその啓示の内容である。ノアの洪水から最後の審判までの歴史が予言される。初期の研究では本文書にキリスト教の要素はないと考えられたが、その後は、キリスト教を前提にして書かれているとの見解が優勢である。
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