コーデックスIX
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 04:13 UTC 版)
「ナグ・ハマディ写本」の記事における「コーデックスIX」の解説
コーデックスIXは、四世紀前半に筆写されたと推定されている。 コーデックス番号題名備考IX 1 メルキセデク ナグ・ハマディ写本発見によって初めて知られた文書である。題名の「メルキセデク」は本文の最初に装飾を施されて書かれている。ギリシア語原本の成立時期は2世紀後半から3世紀前半にかけて、というのが研究者の多数意見である。メルキセデクとは、旧約聖書ではよく知られた人物の名で、創世記十四章十七-二十節、詩篇百十篇四節などに現われている。黙示録の体裁をとっているが、主人公のメルキセデクは常に地上に留まっている点が「ツォストリアノス」や「マルサネス」とは違っている。全体は三部構成でできており、第1部は天使ガマリエールがメルキセデクの前に現われて与える啓示講和である。第2部では、講話を聞き終わったメルキセデクが「いと高き父なる神」を賛美する。第3部は再び啓示講和で、ガマリエールとは別の複数の啓示者が現れてメルキセデクに語る。本文書はセツ派との密接な関係を持っていると同時に、グノーシス主義的な「仮現論」(イエスの肉体は、その神的本質にとっては仮の宿りに過ぎないという見解)を論駁する文章も書かれており、矛盾した立場が同居している。このような矛盾は他のナグ・ハマディ写本所収の文書にも大なり小なり存在するが、特に「メルキセデク」においてはそれが明瞭である。 2 ノーレアの思想 保存状態の悪いコーデックスIXの中では比較的状態のいい文書である。本文書に関する古代の記録はなく、ナグ・ハマディ文書の発見によって初めて知られた文書である。エピファニオスの「薬籠」の中で「ノリアの書」という文書について言及されているが、本文書とは別物であるようである。題名は文書の冒頭・末尾共に書かれていない。一般的には「ノレアの思い」(あるいは「ノレアの思想」)が使われているが、「ノーレア頌歌」、「ノレアの洞察行為」と呼ぶ研究者もいる。わずか五十二行の短い文書で、ナグ・ハマディ写本収録の「アルコーンの本質」と多くの共通点を持っている。原本の成立時期として三世紀初頭と推定する研究者がいる。 3 真理の証言 「真理の証言」という題名は、現代の研究者が付けた通称である。冒頭に題名が書かれておらず、また、文書の後半は完全に喪失しているため、最後に題名が書かれていたかどうかもわからない。元々コーデックスIX自体の保存状態が悪かったため、本文書の保存状態も悪く、ナグ・ハマディ文書中でも最悪の部類である。最大で約千四百十五行の文章だったと推定されるが、そのうち完全に残っているのは二百二十行に過ぎず、推定による復元を含めても七百二十行で全体の約45%でしかない。ギリシア語原本からのコプト語訳である。ただし、写字生がコプト語訳を行ったのではなく、すでに訳された文書を筆写したものと推定される。原本の成立時期については、二世紀末から三世紀初めとの説が唱えられているが、異論も出されていてよくわからない。大まかには3部構成からなっているが、欠損部が多くその区分はあいまいである。初期の研究では「書簡」として分類されていたが、現在では「説教」か「説教的な内容のパンフレット」と見なすのが研究者の多数派意見である。旧約外典・偽典、教父文書の他、旧約・新約聖書からの頻繁な引用が見られる文書で、極度な禁欲主義を説いている。真理を認識したものは駄弁と議論を排しながら、一生涯性的禁欲を貫くよう求めており、パコミウスの修道院運動と比べて「攻撃的・反世界的」だと評する研究者もいる。同時に正統教会の殉教の神学を否定し、グノーシス主義者として禁欲の生涯を送ることが真の殉教であると主張する、正統教会の洗礼は口先だけの世界拒否に過ぎないと非難するなど、グノーシス主義から正統教会を非難した文書でもある。また、グノーシス主義内部に多くの分派が存在したことを明瞭に示す文書でもあり、ヴァレンティノス派、バシリデス派、シモン派の存在がはっきりと書かれている。読み方によっては、コッダイアノス派、カルポクラテス派の存在も見てとれる。キリスト教的グノーシス主義の文書である。
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