静脈血栓塞栓症 診断

静脈血栓塞栓症

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/03 03:37 UTC 版)

診断

まず臨床症状から本症を疑うことが重要である。同様の症状では虚血性心疾患を疑うのが通常であるが、常に本症を念頭に置く必要がある。

確定診断には画像検査が用いられる。画像検査で肺血流の不自然な欠損や血栓の存在が証明できれば診断は確定する。従来は肺血流シンチグラムがgold standardとされてきたが1990年代の後半に造影CTの優位性を証明した論文が発表され、流れが変わった。2003年に発表されたBritish Thoracic Societyのガイドラインでは診断にD-ダイマー測定と造影CTを用いることが推奨されている。

急性肺血栓塞栓症では一刻も早い治療が必要であり、速やかに診断をつけなければならない。日本では欧米に比べCTの普及率が高いため、造影CTによる診断は現実的で有用であると思われる。しかしながら2005年現在でも実地医療における診断法は未だ確立されているとは言い難い。一方、欧米では深部静脈血栓症/肺血栓塞栓症の除外診断法がガイドライン化されておりD-ダイマー測定によるスクリーニングが簡便性、コスト、患者負担という側面で普及している(その後確定診断としてCTなどの画像診断が用いられる)。

治療

血栓の除去と循環動態の改善を目的とした治療が行われる[27]

抗凝固療法

薬物を用いて血液を固まりにくくする治療法。ヘパリン注射)、ワルファリン(内服)などの抗凝固薬が用いられる。血栓の増大や再発を防ぎ、生命予後を改善する。禁忌例(出血が命に関わる場合)を除きほぼ全例に行われる。ヘパリンは可能であれば低分子量ヘパリンを用いるべきである。低分子量ヘパリンは長期投与に堪え、腫瘍患者にも投与が可能である[18]

副作用として出血、血小板減少症(ヘパリン)などがある。血栓を急速に溶かす効果はないため、重篤な肺血栓塞栓症には他の治療法が併用される。

血栓溶解療法

薬物を用いて血栓を溶かす治療法。ウロキナーゼ組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)などの血栓溶解剤が用いられる。血栓を早期に溶解させ、循環動態を改善させる。速やかな改善効果が得られる反面、重篤な出血を引き起こす危険性もあるため投与は重症例に限られるのが一般的である。特に妊婦には慎重な投与が求められる[18]。なお、モンテプラーゼ(遺伝子組換えt-PA)について2005年7月25日より不安定な血行動態を伴う急性肺塞栓症に限り健康保険適用が認可された。

血管内治療法 (IVR)

血管内治療法とは、血管内カテーテルを用いて薬剤を注入したり血栓を除去する治療法。血栓溶解療法が不可能な場合(命に関わる出血が予想される場合)や、大量の血栓を早急に除去する必要がある場合に行われる。高度な技術を必要とするため、実施可能施設が限られる。以下のような治療が行われている。

  • カテーテルから塞栓部に直接血栓溶解剤を注入し、血栓を溶かす。
  • カテーテルやワイヤーで血栓を細かく粉砕する。
  • カテーテルで血栓を吸引し除去する。

手術療法

手術で血栓を除去する方法。急激かつ広範囲の肺塞栓により生命の危機に瀕している場合は、救命のため一刻の予断なく緊急手術となる。また薬物療法が効かず病状が悪化する場合も手術が検討される。

予後

死亡率は10%ないし30%と報告されている。死亡例の多くが発症直後の突然死である。治療が奏効すれば生命予後は良好であるが症状消失後も再発のおそれがあり、抗凝固療法を続ける必要がある(特に抗リン脂質抗体症候群では終生に及ぶ)。再発した場合はさらに死亡率が高く寝たきり、入院、高齢、閉塞性肺疾患悪性疾患等がその危険因子となる[28]


  1. ^ a b c d CG92: Venous thromboembolism: reducing the risk for patients in hospital (Report). 英国国立医療技術評価機構. June 2015.
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  3. ^ ロングフライト血栓症 厚労省 関西空港検疫所
  4. ^ a b 長時間の搭乗は要注意 「ロングフライト血栓症」を防ぐ方法”. ウェザーニュース. 2024年1月2日閲覧。
  5. ^ 福田幾夫「癌と静脈血栓塞栓症」『W'waves』第11巻第1号、2005年、29–30頁、doi:10.4993/wwaves1995.11.29ISSN 1881-0241 
  6. ^ 肺塞栓症 メルクマニュアル
  7. ^ a b c d 肺塞栓症 国立循環器病研究センター
  8. ^ 呂彩子「急性広範性肺動脈血栓塞栓症52剖検例の法医病理学的研究」『慶應医学』第81巻、2004年、63-72頁、NAID 120001129665 
  9. ^ 長嵜悦子、 佐久田斉、仲栄真盛保 ほか「肺動脈塞栓を合併したヒラメ筋静脈血栓の3例」『日本臨床外科学会雑誌.』第64巻第11号、2003年、2913-2917頁、doi:10.3919/jjsa.64.2913 
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  13. ^ 岡田定 編, 「最速!聖路加診断術」, pp.15-22.
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  15. ^ a b [虎四ミーティング~限界への挑戦記~]高原直泰(SC相模原)<前編>「突然の病を乗り越えたストライカー」(スポーツコミュニケーションズ) @gendai_biz”. 現代ビジネス (2014年5月9日). 2024年1月2日閲覧。
  16. ^ 肺血栓塞栓症:「防ぎ得た死」を防止するための深部静脈血栓症対策 日本内科学会
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  19. ^ 弾性ストッキングに脳卒中後のDVT予防効果なし日経メディカル オンライン 閲覧:2009.6.16
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  21. ^ a b c d CG92: Venous thromboembolism: reducing the risk for patients in hospital (Report). 英国国立医療技術評価機構. June 2015.
  22. ^ 以前はペットボトル入り飲料水を機内に持ち込んで水分を補給することができたが、法規の改定で2007年から国際線の機内へペットボトルを含む100ml以上のプラスチック製容器に入った飲料や化粧品などの液体の類が持ち込めなくなり、この手段は使えなくなった。遠慮なく客室乗務員を呼び出して、水を頼んで構わない。なお、日本に就航している国際線格安航空会社では、オーストラリアジェットスター航空が搭乗時に飲料水入りボトルを配布し、飛行中は機内の冷水機でセルフサービスで水を汲む方式を採っている。
  23. ^ 榛沢和彦、最近の地震災害における深部静脈血栓症・肺塞栓症(DVT・PE)の現状 肺血栓塞栓症フォーラム in 名古屋(ランチョンセミナー 5-1)
  24. ^ 今回の震災から生まれつつある新しい流れ 植田信策(石巻赤十字病院呼吸器外科)日経メディカル オンライン 記事:2011年8月1日 閲覧:2011年9月22日
  25. ^ 車中泊の血栓症予防! ロングフライト血栓症(=エコノミークラス症候群) 日本旅行医学会
  26. ^ Schellong SM et al:Complete compression ultrasonography of the leg veins as a single test for the diagnosis of deep vein thrombosis.Thromb Haemost 2003; 89: 228-334.
  27. ^ 肺塞栓症 メルクマニュアル
  28. ^ Mathilde Nijkeuter, et al. "The Natural Course of Hemodynamically Stable Pulmonary Embolism. Clinical Outcome and Risk Factors in a Large Prospective Cohort Study."Chest. 2007; 131:517-523
  29. ^ “Thalassemia and venous thromboembolism”. Mediterranean journal of hematology and infectious diseases 3 (1). (2011). doi:10.4084/MJHID.2011.025. PMC 3113280. PMID 21713079. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3113280/. 
  30. ^ 山本文一郎『ABO血液型が分かる科学』株式会社岩波書店、2015年、ISBN 978-4-00-500811-7、p.190-191。






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