焼きそば
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/06 14:27 UTC 版)
概要
日本における焼きそばは家庭料理や飲食店のメニューとして一般的である。さらに屋外であっても鉄板一枚あれば調理可能なことや調理手順が簡単なことから、縁日の露店、学園祭などイベントの模擬店・売店、スナックコーナーなど様々な場所で売られている。また、地域おこしのためのご当地グルメにもされている(「#ご当地焼きそば」参照)[2]。常温または電子レンジによる再加熱ですぐに食べられる調理済み焼きそばがスーパーマーケットやコンビニエンスストアの惣菜・弁当コーナーで広く販売されている。
『にっぽん洋食物語大全』(小菅桂子著)には「ソース焼きそばを浅草焼きそばと呼ぶ人もいる」と書かれており、昭和10年代(1935年 - 1944年)の浅草でソース焼きそばが名物とされていたことが記されている[3]。大正から昭和初期に流行したどんどん焼きの屋台でも焼きそばは販売されており、少なくとも東京などの都市部においては戦前から一般的な軽食として定着していたことがわかる。既製の中華麺が流通するようになった昭和30年頃からは家庭料理としても作られるようになり、またお好み焼きやもんじゃ焼きなどと並ぶ子供のおやつとして駄菓子屋などでも提供されていた[4]。
1963年(昭和38年)には日清食品がインスタント袋麺「日清焼そば」を発売し、ヒット商品となって広まった[5]。日清食品は「世界初のインスタント焼きそば」としている[6]。その後、1975年(昭和50年)に東洋水産がチルド麺「焼そば3人前」を発売、同じ頃に「焼きそばソース」も市販されるようになった[2]。カップ焼きそばは1974年(昭和49年)に誕生し、1976年には「日清焼そばU.F.O.」が発売され大ヒットとなった。
注釈
- ^ したがって、厳密には「焼き」そばではない。
出典
- ^ 澁川 2017, p. 259.
- ^ a b c 澁川 2017, p. 268.
- ^ 澁川 2017, pp. 266–267.
- ^ 合資会社荒川製麺. “やきそばの歴史”. 2014年5月9日閲覧。
- ^ 澁川 2017, pp. 267–268.
- ^ 発売53年目にして誕生! 世界初のインスタント焼そば「日清焼そば」のブランドキャラクター「ロボットコンロ チリチリ」日清食品・お知らせ(2016年6月27日)2018年2月4日閲覧
- ^ 塩焼きそば創味食品ホームページ(2018年2月4日閲覧)
- ^ 佐藤さゆり・高橋健太・松井一恵「密かなるとっておきランチ」『散歩の達人』第22巻第8号、交通新聞社、2017年8月、44頁、大宅壮一文庫所蔵:100033835。
- ^ “シャッキリ焼きそば”. オタフクソース. 2018年2月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年2月4日閲覧。
- ^ 「かた焼きそば」を偏愛するミュージシャンに聞いた、食べるべき名店と意外すぎる由来
- ^ “目玉焼きのっけ!ナポリタン焼そば”. キッコーマン. 2018年2月4日閲覧。
- ^ 塩崎省吾. “和蕎麦のパリッと焼きそば”. キッコーマン. 2020年4月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年2月4日閲覧。
- ^ “タイ風焼そば -パッタイ-”. ケンミン食品. 2020年4月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月15日閲覧。
- ^ “カリーナ”. 新潟・食品名産図鑑 (2015年). 2017年7月28日閲覧。
- ^ “ござれやきそば”. 新潟・食品名産図鑑 (2015年). 2017年7月28日閲覧。
- ^ ご当地グルメ「信州つけ焼そば」誕生 長野で特産キノコふんだんに使い産経新聞2017年12月5日(2018年3月12日閲覧)
- ^ ほりほりの姫路ガイド
- ^ “マスコミの方へ”. 八角グループ. 2015年9月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年9月26日閲覧。
- ^ 備中高梁インディアントマト焼そば備中高梁食援隊(2020年12月28日閲覧)
- ^ “スザノから全伯に広がる=ヤキソバ発祥の地の誇り=製麺所と文協がタイアップ”. ニッケイ新聞 (2017年6月13日). 2018年8月31日閲覧。
- ^ オタフクソース. “お料理レシピ 広島お好み焼き”. 2022年12月26日閲覧。
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