じ‐かん【時間】
読み方:じかん
1 ある時刻と他の時刻との間の長さ。ある長さをもつ時。「この仕事は―がかかる」「待ち合わせの時刻まで映画で―をつぶす」
2 時の流れの中の、ある一点。時刻。とき。「―どおりに開会する」「出発の―に間に合う」
4 授業や勤務など、ある一定の区切られた長さの時。「算数の―」「勤務―」
5 哲学で、空間とともにあらゆる事象の最も基底的、普遍的な存在形式。また出来事が継起する形式。過去・現在・未来の三様態をもち、常に一方向に経過し、非可逆的である。近世以降の哲学的時間論では、空間とともに現象を構成する直観の先天的形式(カント)、意識の創造性を担う純粋持続(ベルクソン)、意識における広がりのある今の継起たる現象学的時間(フッサール)など特色あるものが出されている。→空間
6 現象が経過していく前後関係を明示するための変数。古典力学では空間に対する独立した変数とみなされたが、相対性理論では空間とともに四次元の世界をつくるとされる。
じかん【時間】
時間
時間
時間
時間
時間
時間
作者小野晃
収載図書ショートショート・ストーリー
出版社文芸社
刊行年月2008.3
時間
時間
時間
時間
時間
時間
時間
時間
時間
| 姓 | 読み方 |
|---|---|
| 時間 | とき |
| 時間 | ときま |
時間
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/06/09 09:27 UTC 版)
| 時間 |
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| 現在時刻 (更新) |
| 2026年6月9日 09:28 (協定世界時 / UTC) 2026年6月9日 18:28 (日本標準時 / JST) |
時間(じかん)とは、出来事や変化を認識するための基礎的な概念である。芸術、哲学、自然科学、心理学などで重要なテーマとして扱われることもあり、分野ごとに定義が異なる。
概念と用語
日本語の「時間」という言葉は、主に以下の3つの意味で用いられる[2][3]。
- 時の長さ:時の流れの2点間の長さ(例:「時間がかかる[4]」)。
- 時刻:時の流れの中の一点(例:「授業が始まる時間」)。ただし、厳密には「時刻」と区別され、辞書によってはこれを日常語・俗語とする場合もある[5][6]。
- 哲学的・物理的基盤:空間と共に、認識や事象成立のための基本的・基礎的な形式(例:「時間と空間」)。
日常的な用法としては1の「長さ」や2の「時刻」を指すことが多いが、哲学や自然科学の文脈では、3のように出来事が生起する枠組みそのものを指して論じられる。
時間の概念は人間にとって直感的には自明に見えるが、その本質を定義することは困難である。古くから時間は「川の流れ」などに比喩されてきた[7]。過去から現在、未来へと絶えず移ろい流れるものとして捉えられることが多いが、アウグスティヌスが『告白』において「私はそれについて尋ねられない時、時間が何かを知っている。尋ねられる時、知らない[8]」と述べたように、客観的な対象として記述しようとすると多くの困難に突き当たる。
長さとしての時間
現代の時間の単位
時間の長さを表すのに用いられる計量単位)としては、国際単位系 (SI) においては、唯一、秒 (second) だけがSI単位となっている。
ただし日常的には秒以外に、多くの国や地域において、分 (minute)、時 (hour)、日 (day)、月 (month)、年 (year) が用いられており、しばしば週 (week) も用いられる。また、十年紀 (decade)、世紀 (century)、千年紀 (millennium) なども使われる場合がある。
時刻を表すもの
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人はもともと何かの変化を《時間そのもの》として感じていた、何かの変化と時間をはっきりと区別していなかった、ということは学者によって指摘されることがある(下の「古ゲルマン」などでも述べる)。
《年》は神話的・宗教的概念とも深く結び付いていることが指摘されるが(後述)、一方で人類の農耕活動の定着や知的活動の高まりと関連付けられて説明されることのあるものであり、古今東西の文明で広く用いられている。
《週》は7日をひとまとめと見なす概念・制度(7曜制)であるが、近・現代になるまで万国共通とは言えない状態であった。例えば日本では、平安期に伝わりはしたものの実際上は用いられておらず、生活周期としても日々の意識としても無きにひとしかった。日本人は10日ごとなどに何かを行っていた。明治政府が国策として西洋各国に倣い法律で定めたことで日本に広まった。何日かをひとまとまりとして見なす文化・制度としては、例えば5曜制、6曜制もあり、10日、90日などをひとまとまりと見なす文化もある[9]。7日をひとまとまりと見なす文化は、(確かなことは判らない面もあるが)バビロニアが起源だとも言われている。そしてユダヤ人がバビロニアに捕虜として連行された時に(バビロン捕囚)その地でその習慣を取り入れ、ユダヤ教文化からキリスト教文化へと継承され、同文化が広まった結果7曜制も世界に広まったと言われている。キリスト教と一体化していた王権と敵対・打倒し成立した革命政府(たとえばフランス革命政府、ロシア革命政府など)では7曜制を廃止して10日や5日を週とする制度を定めた時期もあったという[9]。
機械式時計が制作されるようになると、天体とは切り離された人工的な時間概念が意識されるようになった。時計は、より短い周期で振動するものを採用することで精度を上げる技術革新が続き、遂には原子の発する電磁波の周波数によって精密に時間を計測できるようになった。これが原子時計である。
現代の国際単位系では、1967年以降、時間の基本単位として秒を原子時計によって定義している。すなわち、「秒(記号は s)は、時間のSI単位であり、セシウム周波数 ∆νCs、すなわち、セシウム133原子の摂動を受けない基底状態の超微細構造遷移周波数を単位 Hz(s−1 に等しい)で表したときに、その数値を9192631770 と定めることによって定義される[10]」とされている。国際単位系におけるこの秒の定義は、世界的に統一されたものとして、社会生活や産業活動において最もよく使用されている。
時刻
時刻とは、ある特定の一瞬のことである。別の言い方をするなら、時の流れの中の一点(時点)ということである。
時刻の表し方は、歴史的に見て様々な方法がある。古くは日の動きで決めた。日の出という時刻があり、日没という時刻がある。また日が南中する時刻が正午 (noon) とされた。
なお、一日のいつを一日の始まりの時刻と見なすかは文化圏によって異なっている。アラブ人やユダヤ人は日の入を一日の始まりとしている。またギリシアにある正教会などでも、他の地域の正教会でも、日没の瞬間が一日の始まりだとされている。今日でもそうだとされている。一日は夜の闇の中で始まり、やがて夜明けを迎え、昼を迎え、最後に一日の終わりである夕暮れを迎える。同教会の修道士たちは現代でもそうした時刻観にもとづいた時間割で日々の生活を規則正しく送っている。
一方で、日の出の瞬間を一日の始まりだと見なしている文化も多い。バビロニア人やエジプト人は日の出を一日の始まりの時刻だとしていた。
古代宗教における時間
ここから先は時代に沿って、様々な時間観を見てゆく。
古代宗教における時間については、ミルチア・エリアーデが透徹した解釈を行った[11]。聖なる時間によって俗なる時間は隔てられ、中断される[11]。聖なる時間をその前後の俗なる時間から区別するのは、ヒエロファニー(hierophany、聖なるものの顕現)である[11]。周期的に営まれる祭儀は、本来、俗なる時間を中断して神が顕現する聖なる時間なのだという[11]。
- 聖なる時間は可逆的で、反復可能である[11]。
- 人は、通俗的な時間を中断する力をもった祭儀を周期的に営むことで、聖なる時間へ立ち帰り、神々と同一化する。これは真実在への渇望にもとづく[11]。
- 神々による世界創造の時間が、あらゆる時間の原型とされた。聖なる時間は、世界が創造された根源的時間を象徴する。宇宙の原初において聖なるものが顕現した根源的時間を周期的に再現する、ということが宗教暦の基盤である[11]。祝祭はたんなる記念日ではなく、神話的出来事を再現している[11]。
- 周期的祝祭のうち、重要なのは新年である。多くの民族の言語で、「世界」をあらわす言葉が同時に「年」をも意味することが指摘されている[11]。これは、世界が新年ごとに再生し更新されている、という観念である。したがって新年は世界創造の再現であり、新年ごとに原初の生命力を更新して再生する[11]。
- ここにあるのは円環的な構造をもち、無限に反復する時間である。こうした円環的時間への信仰は、時間の周期的な全面的再生への願望を生み出している。世界と人は周期的に創造-存続-終末的破滅-創造…を繰り返す(Great Year「大年」)[11]。時間は宇宙の創造から破滅にいたる一周期を終えると、さらに他の周期を始め、完全に再生する[11]。ここには永遠に対する希求があるという[11]。
仏教
仏教の時間理解は基本的に現在指向である。それは前世も来世も説かなかったブッダの現世指向に起因するものらしい。転生説を容れるとしても、それは円環時間観の存在を示すことにならない。転生が、計測される同一の時間軸の上に起こるものとされていないからである。物事はすべて移ろい行くものであり、不変な存在などない(諸行無常)というのが仏教の根本的な認識である。アビダルマではこれを「すべての存在は極分化された一瞬にのみ存在し、瞬間毎に消滅する」(刹那滅)という思想として展開した。従って、計測される時間の外にある。龍樹に代表される空観における時間もまた、計測時間の外で現在意識を軸に考察されている。
ギリシャ神話
ギリシャ神話には時にまつわる神が2柱ある。カイロス (Καιρός, Kairos)[注 1] は一瞬を表す神であり、もう一柱のクロノス (Χρόνος, Khronos) は連続した時を表す神である。
古代ギリシア
ある哲学者らは、時間を円のように回り続けるイメージで捉えた。時間を円と考えると時間に始まりや終わりがあるかないかという面倒な問題が避けられる利点がある。似た考えは、マヤや古代インド文明などにも存在した[12]。
古代ローマ
古代ローマのホラティウス(紀元前65年 - 紀元前8年)が詩に残したCarpe diem、カルペ・ディエムという句は、直訳では「その日を摘め」、つまり「今日という一日を大切にしなさい」「今という時をよく味わいなさい」という意味である。現在に至るまで西洋文化圏を中心に広く繰り返し引用されている。
ユダヤ教・キリスト教
ユダヤ教には円環的な時間観も見られ、その影響がキリスト教にも見られはするが、キリスト教にはそれを超えた反復不可能の一回的な時間観がある[11]。
キリスト教の時間観にとって決定的なことは、神の子の受肉としてのイエス・キリストのこの世への到来、その死と復活という、歴史のただなかへの一度かぎりなされたとされる神の啓示である[11]。これは反復されない、一回的で決定的な出来事とされ、それを唯一の根源としてキリスト教の救済史観が成り立っている。
キリスト教では、神の創造もただ一度で完了した過去の業にすぎないものではなく、それと同時に伝統的に「不断の創造」として現在の事実とされ、R.K.ブルトマンやC.H.ドッドなどは終末についても現在性があると指摘している[11]。
キリストの出来事が歴史の中心とされ、それを通して創造や堕罪、終末や再臨が理解される時、これらのことは不可逆的な直線的時間の上に配置され、また現在の事実として主体的に反復される[11]。
アウグスティヌス
時間をめぐる考察が厄介である事を示すためにしばしば引用されるアウグスティヌスの有名な言葉に、「私はそれについて尋ねられない時、時間が何かを知っている。尋ねられる時、知らない[8]」というものがある。
アウグスティヌス(354年 - 430年)は時間を内面化して考えた。時間は心と無関係に外部で流れているようなものではない。過去、現在、未来と時間を3つに分けて考えるのが世の常だが、過去とは《すでにないもの》であり、未来とは《いまだないもの》である。ならば在ると言えるのは現在だけなのか。過去や未来が在るとすれば、それは《過去についての現在》と《未来についての現在》が在る。過去についての現在とは《記憶》であり、未来についての現在とは《期待》、そして現在についての現在は《直観》だとアウグスティヌスは述べる。時間とは、このような心の働きである。「神は世界創造以前には何をしていたのか?」と問う人がいるが、アウグスティヌスによれば、こうした問いは無意味である。なぜなら、時間そのものが神によって造られたものだから、創造以前には時間はなかった。神は永遠であり、過ぎ去るものは何もなく、全体が現在にある。
中世ヨーロッパにおける時間意識の変遷
ヨーロッパの古い民衆世界(古ゲルマン社会など)では、公的生活はまだ直線的な時間意識には規定されておらず[13]、円環的な時間意識が支配的であったとされる[13]。例えばゲルマン人の概念において時間は、正確な計測の対象ではなく、季節など長い時の経過や、毎年繰り返される収穫を意味した。そこでは人間と自然の規則正しい関係が意識や行動を規定しており、《繰り返し》が時間の自然な姿であった[13]。
11世紀から12世紀以降、キリスト教の影響が公的生活に深く浸透すると、時間意識や死生観に変容が生じた。キリスト教の時間意識は、創造から終末へと神を目指して進む「直線的な時間観」であったため、従来の《繰り返す時間》の観念は否定される傾向にあった[13]。人間は一度だけ生き、死後は煉獄、そして天国か地獄へ行き、最後の審判を待つという不可逆的な運命の下に置かれることとなった[13]。
また中世盛期以降、商人たちの台頭も人々の時間意識に影響を及ぼした。商人たちは利子や費用の計算のために、計測可能な対象として時間を扱い始めた。教会が支配する「教会の時間」に対し、商人が用いる「商人の時間」が生まれたとされ、都市に設置された機械式時計は、単なる時報を超えて都市の社会生活を規律する道具となった。歴史家のジャック・ル・ゴフは、「市民共有の大時計は、自由都市を牛耳る商人たちの、経済的・社会的・政治的支配の道具」となったと指摘している[13]。
自然哲学および自然科学での時間
ニュートン力学での時間
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世界各地の神話では、世界(宇宙)には始まりがあったとされている。中国の神話には「天地開闢」の話があり、日本神話にも(日本なりの)天地開闢の話がある。『旧約聖書』の「創世記」にも神が世界を創造したと記されている(天地創造)。
物理学においては、ベルギーのジョルジュ・ルメートルが1927年に宇宙の膨張と銀河の後退速度の関係を論じた理論を発表し、さらに1931年には「宇宙は primeval atom(原始的原子)の『爆発』から始まった」とする仮説(後にビッグバン理論の先駆とされる)を提唱した[33]。
時間の構造
直線的な時間
ニュートン力学における時間は、無限の過去から無限の未来へ続く直線であり、これは数直線と同型である。また相対性理論においても一人の観測者が感じる時間、すなわちひとつの質点に固定された時計が計る時間(固有時)は、同様に数直線と同型である。これは、時間の原点が意味を持たないためである。
線分的な時間
時間が無限の過去から無限の未来へ続くのではなく、始まりと終わりのある有限なものという考えもある。たとえば、前述のアウグスティヌス的な時間観においては、時間は神によって創造されたものであり、始まりを持つ。これは世界や宇宙の始まりと終わりを考えることと同じことになる。世界各地の神話における世界の始まりについては「天地創造」や「天地開闢 (日本神話)」「天地開闢 (中国神話)」に詳しい。また世界の終わりについては「終末論」に詳しい。「宇宙論」も参照のこと。
虚数時間
スティーヴン・ホーキングとジェームズ・ハートルは1983年に発表した無境界仮説において、複素数にまで拡張した時間を計算に使用した。ここから、宇宙の始まりでビッグバン以前の時間が虚数であれば時間的特異点が解消されるとも主張した。なお、相対性理論では時間軸として虚数表現 ict(i は虚数単位、c は光速、t は時刻)を使うことがありこれを虚時間とも言うが、これは無境界仮説での虚数時間とは別のものである。
時間の最小単位
古典物理学(量子論以前の物理学)における時間は連続体であり、実数で表せる。つまり時間はいくらでも細かく分割可能なものである。だが物質の最小単位として原子や素粒子があるように、時間にも最小単位があるのではないかとも考えられる。例えば映画フィルムのように一コマ以下の時間は存在しないという考えである。物理学(量子力学)ではこの最小時間間隔をプランク時間と呼ぶ。
分岐時間
時間が木のように枝分かれするという時間観。分岐後は複数の異なる歴史の世界が同時進行しているのだが、これらの同時進行する世界同士を互いに並行宇宙または並行世界(パラレルワールド)であると言う。
物語・SFなどでの時間
時間進行の操作
時間の進行を速くする、遅くする、停止するというアイディアは昔から見られる。例えば浦島太郎、リップ・ヴァン・ウィンクルのように特定の場所や状況で時間の進行が異なるという昔話がある。現在の科学の用語と絡めて語られる設定としては、"相対性理論を応用して亜光速の宇宙船に乗る"、"ブラックホール等の重力ポテンシャルの異なる場所を通る"などといったものがある。
時間そのものの進行を変える、とするものではないが、関連するテーマとして、主観的な時間が止まったり生理的な反応を遅くするという発想もある。現実の医療現場における全身麻酔状態の患者や昔話の眠れる森の美女などをそれと見なすことも可能である。SFの分野などでは、「人工冬眠」「コールドスリープ」「冷凍保存」できる、という設定が用いられることがある[34]。
タイムトラベル
時間の中を移動して、過去や未来へ行くというアイデア。こういったストーリーの初期のものとしてはH・G・ウェルズの小説『タイムマシン』(1895年)が有名である。
未来の予知
SFには、超能力者が未来のことをESP(超感覚的知覚)を用いてあらかじめ知る、すなわち予知する、という物語が数多く存在する。タイムトラベルとは異なり過去や未来に直接関与するのではないが、いわば情報のみをタイムトラベルさせるとも言える。情報のタイムトラベルにおいても、それを知った者の行動が変わることで未来を変える可能性があるため、タイムパラドックスを生むと考えられている[35]。
ループ
SF作品の中には、通常の時間の流れから切り離された部分的な円環時間の中に閉じこめられる、というアイディア(「ループもの」)が登場するものがある。
バラバラな時間
一部のSF等に登場する、時間に因果律や連続性は存在せずバラバラな「瞬間」が並んでいるだけ、という考え[36]。
因果律や連続性があるように感じるのは人間の錯覚ということになる。因果律が存在しない以上、たとえ「過去」を改変したとしても、以降の歴史には影響がでない。従ってタイムパラドックスも生じない。
脚注
注釈
出典
- ↑ 真木悠介 『時間の比較社会学』 岩波書店、2003年
- ↑ 広辞苑第六版
- ↑ 「日本国語大辞典-第六版」小学館 2001年6月
- ↑ 『大辞泉』
- ↑ 「広辞苑-第五版」岩波書店 1998年11月
- ↑ 「日本語大辞典」講談社 1989年11月
- ↑ 『NHK高校講座 あらためまして ベーシック国語「比喩表現」』金田一秀穂解説担当。
- 1 2 アウグスティヌス『告白』第11巻第14節
- 1 2 “曜日の話”. 2011年4月12日閲覧。[リンク切れ]
- ↑ 国際単位系(SI)第9版(2019)日本語版 p.99、産業技術総合研究所、計量標準総合センター
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 阿部正雄「時間」『宗教学辞典』東京大学出版会、1973年。
- 1 2 『Newton』別冊「時間とは何か」改訂版 2013年5月13日
- 1 2 3 4 5 6 安部謹也「時間」『世界大百科事典』1988年。
- ↑ 出典:『湯川秀樹著作集』岩波書店。
- ↑ 『アインシュタイン自伝ノート』東京図書、1978年9月。ISBN 448901127X。 p.77-80
- ↑ 吉田伸夫『明解量子重力理論入門』講談社、2011年、61頁。 ISBN 978-4-06-153275-5。
- ↑ “Now he has departed from this strange world a little ahead of me. That means nothing. People like us, who believe in physics, know that the distinction between past, present, and future is only a stubbornly persistent illusion.” - wikiquote:Albert Einsteinも参照。
- 1 2 ロバート・L・フォワード 『SFはどこまで実現するか 重力波通信からブラック・ホール工学まで』 久志本克己訳 講談社〈ブルーバックス〉、1989年、247頁
- ↑ 培風館『物理学辞典』
- ↑ 寺田寅彦「映画の世界像」寺田寅彦全集第八巻岩波書店 1997年 所収 p150
- ↑ ピーター・コヴニー;ロジャー・ハイフィールド「時間の矢、生命の矢」草思社 1995年3月 p28
- ↑ 田崎秀一「カオスから見た時間の矢―時間を逆にたどる自然現象はなぜ見られないか」(ブルーバックス)講談社 2000年4月 p18
- ↑ Arthur Stanley Eddington "The nature of the physical world (The Gifford lectures)" MacMillan (1943) ASIN B0006DFTN4
- ↑ 英語版ウィキペディア "時間の矢"
- ↑ 戸田盛和「物理読本(1) マクスウェルの魔―古典物理の世界-」岩波書店 1997年10月 p108
- ↑ 藤原邦男;兵頭俊夫「熱学入門―マクロからミクロへ」東京大学出版会 1995年6月 3章
- 1 2 3 長倉三郎、他(編)「岩波理化学辞典 - 第5版」岩波書店 1998年2月 "可逆性"、"時間反転"
- ↑ 渡辺 慧 「時間の歴史―物理学を貫くもの」東京図書 1987年5月
- 1 2 吉永 良正(編)「時間とは何か?(別冊日経サイエンス 180)」日経サイエンス 2011/08
- ↑ エイドリアン・バートン 著、佐金 武 訳『時間をめぐる哲学の冒険』ミネルバ書房、2021年11月30日、129頁。
- 1 2 マジョリー・F・ヴァーガス 著、石丸正 訳『非言語コミュニケーション』新潮社〈新潮選書〉、1987年、173頁。
- ↑ 本川達雄『ゾウの時間、ネズミの時間』中央公論社、1992年、ISBN 4121010876
- ↑ Lemaître, G. (1931), “The Beginning of the World from the Point of View of Quantum Theory”, Nature 127 (706).
- ↑ 鋼屋ジン 古橋秀之 「斬魔大聖デモンベイン 軍神強襲」 角川スニーカー文庫 2006/8
- ↑ ロバート・L・フォワード 『SFはどこまで実現するか 重力波通信からブラック・ホール工学まで』 久志本克己訳 講談社〈ブルーバックス〉、1989年、259頁
- ↑ 山本弘「トンデモ本?違う、SFだ!」 洋泉社 2004年7月
関連文献
- アンリ・ベルクソン『時間と自由』1889年。(『時間と自由意志』とも)(翻訳は岩波文庫 2001年 ISBN 4003364597 など)
- マルティン・ハイデッガー『存在と時間』1927年。(哲学系)(筑摩書房1994年 ISBN 4480081372 ほか翻訳多数)
- 渡辺慧『時間の歴史』東京図書、1973年
- 渡辺慧『時』河出書房、1974年
- 『講座 仏教思想 第1巻(存在論・時間論)』理想社、1974年、ASIN B000J9B0J2
- ホイットロー『時間 その性質』文化放送開発センター、1976年
- 滝浦静雄『時間』岩波新書、1976年、ASIN: B000J9AYZI(哲学系)
- 中村秀吉『時間のパラドックス』中央公論新社、1980年
- 土屋賢二「時間概念の原型 -プラトンとアリストテレスの時間概念」(『新岩波講座・哲学』第7巻、岩波書店(1985年)に所収。1988年版ISBN 4000102273)
- 村上陽一郎『時間の科学』岩波書店、1986年、ISBN 4000076701
- エマニュエル・レヴィナス『時間と他者』法政大学出版局、1986年、ISBN 4588001787(哲学系)
- 松田卓也・二間瀬敏史『時間の逆流する世界』丸善、1987年、ISBN 4621031619
- ゲーザ・サモン『時間と空間の誕生 蛙からアインシュタインへ』青土社、1987年。新装版1997年 ISBN 4791755529
- ジェレミ・キャンベル『チャーチルの昼寝 人間の体内時計の探求』青土社、1988年、ISBN 4791751167
- 松田卓也・二間瀬 敏史『時間の本質をさぐる』講談社、1990年、ISBN 4061490052
- スティーブン・グールド『時間の矢・時間の環』工作舎、1990年(地質学的時間を扱っている)
- 本川達雄『ゾウの時間、ネズミの時間』中央公論社、1992年、ISBN 4121010876
- 大森荘蔵『時間と自我』青土社、1992年 ISBN 479175171X、1993年 ISBN 479175171X
- 劉文栄『中国の時空論 - 甲骨文字から相対性理論まで』東方書店、1992年、ISBN 4497923622
- スティーヴン・カーン『時間の文化史―時間と空間の文化 1880‐1918年(上巻)』法政大学出版局、1993年、ISBN 4588021389
- 「時間論の現在」(『現代思想』1993年3月号、青土社、所収)
- 大森荘蔵『時間と存在』青土社、1994年、ISBN 4791753054
- エマニュエル・レヴィナス『神・死・時間』法政大学出版局(叢書ウニベルシタス)1994年、ISBN 4588004492
- ピーター・コヴニー他『時間の矢、生命の矢』草思社、1995年、ISBN 4794205848(ポピュラーサイエンス)
- 中島義道『時間を哲学する―過去はどこへ行ったのか』講談社現代新書、1996年、ISBN 4061492934
- (著者多数)『心理的時間―その広くて深いなぞ』北大路書房、1996年、ISBN 4762820598
- ポール・デイヴィス『時間について―アインシュタインが残した謎とパラドックス』早川書房、1997年、ISBN 4152080639(物理系)
- 吉田健一『時間』講談社文芸文庫、1998年、ISBN 4061976346(文学・哲学系)
- ジョン・グリビン『時の誕生、宇宙の誕生』翔泳社、2000年
- 田崎秀一『カオスから見た時間の矢』講談社、2000年(物理系)
- 実松克義『マヤ文明 聖なる時間の書―現代マヤ・シャーマンとの対話』現代書林、2000年、ISBN 4774502049
- 中島義道『カントの時間論』岩波現代文庫、2001年、ISBN 4006000405(哲学系)
- 入不二基義『時間は実在するか』講談社現代新書、2002年、ISBN 4061496387
- ウィリアム・グラハム フーバー『時間の矢 コンピュータシミュレーション、カオス―なぜ世界は時間可逆ではないのか?』森北出版、2002年、ISBN 4627153015
- 野矢茂樹『同一性・変化・時間』哲学書房、2002年、ISBN 488679081X
- 粂和彦『時間の分子生物学』講談社現代新書、2003年、ISBN 4061496891
- 真木悠介『時間の比較社会学』岩波現代文庫、岩波書店、2003年、ISBN 4006001088
- 松田文子『時間を作る、時間を生きる―心理的時間入門』北大路書房、2004年、ISBN 4762823554
- 加藤周一『日本文化における時間と空間』岩波書店、2007年、ISBN 4000242482
- 入不二基義『時間と絶対と相対と ―運命論から何を読み取るべきか』勁草書房(双書エニグマ)、2007年、ISBN 4326199172
関連項目
外部リンク
- 世界のタイムレコーダー - 世界各地の現地時間を確認できるサイト
- Time - インターネット哲学百科事典「時間」の項目。
- Time - スタンフォード哲学百科事典「時間」の項目。
- Thermodynamic Asymmetry in Time - 同「時間の熱力学的非対称性」の項目。
- 『時間』 - コトバンク
時間(再出現)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/01/18 16:28 UTC 版)
「ファイナルファンタジーXIの戦闘システム」の記事における「時間(再出現)」の解説
一度倒された後、地球時間で一定時間が過ぎた後に再出現するというパターン。HNMはほとんどがこのパターンとなっている。
※この「時間(再出現)」の解説は、「ファイナルファンタジーXIの戦闘システム」の解説の一部です。
「時間(再出現)」を含む「ファイナルファンタジーXIの戦闘システム」の記事については、「ファイナルファンタジーXIの戦闘システム」の概要を参照ください。
時間
出典:『Wiktionary』 (2021/08/11 08:17 UTC 版)
名詞
- 時の流れ。
- 時の流れの中のある点。時刻。
- ある時刻と別のある時刻との間隔。時の長さ。
- 時の長さの単位。60分。3600秒。24分の1日。
- 学校の時限。また何かをする時間帯。
- (哲学、古典力学)万物がその流れの中に存在しており、決してその流れに逆らうことができない、空間と対立する概念。
発音(?)
じかん jikan
京阪アクセント
- じ↘かん
関連語
翻訳
- アイスランド語: tími (is) 男性
- アフリカーンス語: tyd (af)
- イタリア語: tempo (it) 男性
- 英語: time (en)
- オランダ語: tijd (nl) 男性
- シレジア語: czas (szl) 男性
- スウェーデン語: tid (sv) 通性
- スペイン語: tiempo (es) 男性
- タイ語: เวลา (th)
- タガログ語: panahon (tl)
- チェコ語: čas (cs) 男性, doba (cs) 女性
- ドイツ語: Zeit (de) 女性
- フィンランド語: aika (fi)
- フランス語: temps (fr) 男性
- ポーランド語: czas (pl) 男性
- ポルトガル語: tempo (pt) 男性
- リトアニア語: laikas (lt) 男性
- ルーマニア語: timp (ro)
- ロシア語: время (ru) 中性
成句
連語
「時間」の例文・使い方・用例・文例
- 宿題をするのに1日6時間使う
- 私のせいで時間を無駄にしないでください
- やっていることがたくさんあって時間をすっかりとられてしまう
- 新しい学校に慣れるのに少し時間がかかった
- 時間を有効に使う
- 妻は2時間後に帰宅した
- 時間との競争で
- 1時間前に宿題を終えた
- 都合のよい時間と場所を決める
- 約束の時間
- 私は子どもたちに1日1時間コンピュータ・ゲームをすることを許す
- ますます時間がなくなってきた
- 2時間半
- ウェリントン行きの便の出発時間が告げられた
- 1日24時間いつでも
- 火事が2,3時間の間をおいて発生した
- 約束の時間に
- 彼女は我々の試みが時間のむだだと主張した
- 彼は1時間後に意識を回復した
- 24時間の配達サービス
時間と同じ種類の言葉
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