演奏様式とは? わかりやすく解説

演奏様式

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/20 03:59 UTC 版)

カルロス・ディサルリ」の記事における「演奏様式」の解説

ディ・サルリの演奏様式は、鋭いスタッカート美しレガート弦楽器群で妖しく繰り返されるのである。単に「鋭い」だけではなく強拍はP<Fで迫ってくるため、音色の質はどこの楽団真似出来ないものに変わっていった。後年はこの表現がくどくなりPP<FFまで迫ってくることもあったが、楽団員メンバー入りすると必死にこの技法真似た日本では「ヤッ・チャッ・チャッ・チャッ、ヤッ・チャッ・チャッ・チャッ」と表現されることが多い。 1940年代確立されたそのスタイルは、タンゴ本質である激しさ悲しみ簡潔に表現するため、年代を経るにつれて次第テンポ遅くなる傾向にある。また、スタッカートレガート対比極限にまで強調するため、1950年代極めて円熟した時代演奏でさえ、タンゴの聴かせどころであるバンドネオンのバリアシオンが聴かれることがほとんどない彼の録音中、おそらく唯一バンドネオンのバリアシオンが聴かれるものとして有名なのが、「エル・チョクロ」である。 ディサルリ・スタイルもダリエンソ・スタイルと同じようタンゴ界に遺された。ディサルリ・スタイルを標榜する現役楽団には、Orquesta Gente de Tango含まれる

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演奏様式

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/16 15:51 UTC 版)

モニク・アース」の記事における「演奏様式」の解説

アース同世代フランス人ピアニストは、マルグリット・ロン関連した演奏様式(流麗な演奏技巧堅く鋭い音色)から離れつつあった。アース場合は、古いフランス・ピアノ楽派明晰さ正確さと、コルトー影響力物語暖かな音色とを両立させている。 アース情緒溺れない解釈は、とりわけドビュッシーラヴェルにおいて、作品多様な解釈表し現代的な要素と、クープラン18世紀クラヴサニストの伝統後継者という要素とを打ち出している。 ラヴェルの《ピアノ協奏曲ト長調》の2つ録音において、アース魅力的な違い示している。1948年作られた古い録音では、ジャズ20世紀音楽との結びつき重んじられているのに対し1965年作成され録音では、ラヴェル作曲時に打ち明けたところの「モーツァルト的」な性格映し出されている。

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演奏様式

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/30 08:38 UTC 版)

ファン・ダリエンソ」の記事における「演奏様式」の解説

当時アルゼンチン人にしては珍しく音の間違い読譜ミス徹底的に嫌うタイプであった。 ダリエンソ独特の演奏方法で、フォルティッシモスタッカートからいきなりピアニッシモに行くときに、音をかすかに残す楽団が多い中、ダリエンソはまったく音を聴かせない。まったく演奏していないにもかかわらず、まるでリズム刻んでいるような感覚になるので、「音無しリズム」と呼ばれている。これはたとえば「La cumparsita」(ラ・クンパルシータ)や「El huracán」(エル・ウラカン(台風))の演奏始まってすぐの部分見られる。 この音無しリズム最初期からダリエンソが備えていたものではなく、ダリエンソ楽団成長する過程達成され表現である。確かに1930年代ではすべての音符叩いているが、旋律からの部分省略と言った形で示されることが目立ち1940年代からPPFFコントラスト極端になり、1943年11月23日録音214作目の「ラ・クンパルシータ」でこの「音無しリズム」がテイク残された。それ以前1939年101作目Derecho Viejo81作目Leliaに「音無しリズム」に近い表現が、すでに聞かれている。これ以外にも、目立たないが「音無しリズム」である瞬間379作目Pampaほかでも見られリズム感際立たせている。ただし、この「音無しリズム」を達成するためにアレンジが本来の楽想曲げてまでFF提示されることも多く多く評論家から「ダリエンソ外し」をされるという差別受けていた。 ダリエンソスタイルを決定づけるものとして高速テンポ指摘する評論家は多いが、LocaDon Alfonsoでもテレビあるいは映画撮りスタジオ収録音源では異なっており、メンバー調子見て柔軟に変えていたようである。ビアジのいた時代極限まで上げその後ピアニストはビアジのテンポ演奏できることを条件雇用していたようで、必ずしも毎度全速力というわけではなかった。 ダリエンソも稀にコミカルな表現効果音用いることもあった。1950年5月15日録音358作目Nueve de Julioでは44前後拳銃発射のような音が入っていたり、1968年8月27日録音816作目Mi Japonではメンバー全員に「SA YO NA RA!」と歌わせている。ただ、全創作史を通じて逸脱少なマスターであった

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/19 01:17 UTC 版)

イグナーツ・フリードマン」の記事における「演奏様式」の解説

フリードマン冷静沈着淀みない演奏様式は、リズム音色感覚満ち溢れており、圧倒的な技巧基づいている。フリードマン解釈は、卓越した権威によっても認められ、特にショパン作品申し分ない解釈について多くのことが論じられてきた。演奏技巧力量は、モーリッツ・ローゼンタールレオポルド・ゴドフスキーヨーゼフ・レヴィーン同様に印象深いのだったデュナーミクアゴーギク多様さにさえ恵まれており、そのために音楽的な均衡損なうことがなかった。バス重奏のようなテクスチュアの処理は、しばしば時代がかっている。研ぎ澄まされリズム感覚やしなやかな構成力によって、例えメンデルスゾーンの《無言歌》やショパンの《マズルカのような小曲でさえ、本当に偉大なものにしている。とりわけショパンマズルカ解釈は、同時代同胞ローゼンタール場合同じく多く人々から比類ない認められた。 後年アメリカ合衆国において、デュナーミクアゴーギクロマンティック解釈取り除いたモダンな解釈馴れ親しんでいる若手評論家によって、生温い評価を受けることもあった。(セルゲイ・ラフマニノフフリードマン演奏称賛したが、「あまりにもギャラリー向かって弾きすぎる」と考えてたらしい。) 同時代多く偉大なピアニスト同じく放送番組出演したが、オーストラリアニュージーランド数時間ラジオ番組収録含めて音源大半散逸している。それでも20世紀偉大な巨匠ピアニストという立場不動である。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/15 05:16 UTC 版)

ラザール・ベルマン」の記事における「演奏様式」の解説

「私は19世紀人間であり、ヴィルトゥオーソ呼ばれるタイプ演奏家属している」と自認してたように鮮やかな超絶技巧芝居っ気たっぷりの演奏濃やかな情緒表現強靭なタッチ特徴的で、一夜3つのピアノ協奏曲ソナタ1曲を弾き切ったこともある。スクリャービンプロコフィエフ除いて近現代音楽演奏にはさほど興味示さずいきおい19世紀ロマン派音楽レパートリー占めたリスト作品とりわけ超絶技巧練習曲』の比類ない解釈で、1977年にはハンガリーよりフランツ・リスト賞を授与されている。 19世紀のたいていの作曲家ピアノ曲レパートリーにしていたが、ショパン作品だけはなかなか弾こうとしなかった。「もちろん以前弾いたのだが、何年間もワルシャワショパン国際ピアノコンクール参加したけれども入選しかったんだ。自尊心がひどく傷つけられてね、それからは二度とショパン弾かないって誓ったのさ」と語っている。ただし1970年代には、ドイツ・グラモフォンポロネーズ集録音残しており、また当時演奏会映像にもショパン作品演奏認めることができる。 ソフロニツキー薫陶受けたにもかかわらずイン・テンポ粛々と演奏進めアゴーギクをほとんど崩さないのも特徴的である。ベルマン楽譜示されペダル長さ厳格に守る傾向もあった。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/24 03:17 UTC 版)

ジョルジュ・シフラ」の記事における「演奏様式」の解説

多く録音賛否分かれ、その演奏について技巧的な曲に関しては「受け狙い実質乏しく音楽的とはいえない」と論じ向きもある。小品では、抒情性富み味わい深い演奏多数残されている。実際のところ、生演奏ではシフラ豪快な演奏酔いしれた聴衆が、演奏途中でやんやの大喝采を送ることも稀ではなかった。いずれにせよシフラ不世出ヴィルトゥオーソであり、即興演奏達人であった事実はほとんど疑いようがない。

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