リスト:超絶技巧練習曲
英語表記/番号 | 出版情報 | |
---|---|---|
リスト:超絶技巧練習曲 | Etudes d'exécution transcendante S.139 R.2b | 作曲年: 1851年 出版年: 1852年 初版出版地/出版社: Breitkopf & Härtel |
楽章・曲名 | 演奏時間 | 譜例![]() |
|
---|---|---|---|
1 | 第1番 ハ長調「プレリュード」 C dur "Preludio" | 1分00秒 | No Image |
2 | 第2番 イ短調 a moll | 2分00秒 | No Image |
3 | 第3番 ヘ長調「風景」 F dur "Paysage" | 5分00秒 | No Image |
4 | 第4番 ニ短調「マゼッパ」 d moll "Mazeppa" | 7分30秒 | No Image |
5 | 第5番 変ロ長調「鬼火」 B dur "Feux follets" | 3分30秒 | No Image |
6 | 第6番 ト短調「幻影」 g moll "Vision" | 5分30秒 | No Image |
7 | 第7番 変ホ長調 「エロイカ」 Es dur "Eroica" | 5分00秒 | No Image |
8 | 第8番 ハ短調「荒野の狩」 c moll "Wilde Jagd" | 5分30秒 | No Image |
9 | 第9番 変イ長調「回想」 As dur "Ricordanza" | 10分30秒 | No Image |
10 | 第10番 ヘ短調 f moll | 5分00秒 | No Image |
11 | 第11番 変ニ長調「夕べの調べ」 Des dur "Harmonies du soir" | 9分00秒 | No Image |
12 | 第12番 ロ短調「雪かき」 b moll "Chasse-neige" | 6分30秒 | No Image |
作品解説
この曲集の原型は1826年頃「すべての長短調の練習のための48の練習曲」として実際に作られた12曲がパリで出版されたものであり、その後1838年に「24の大練習曲」として(実際に書かれたのはやはり12曲)、計2度の改訂を経て最終的に1851年「超絶技巧練習曲集」として完成した。調性はハ長調から始まって平行短調を添えて五度圏を逆回りして変ロ短調で終わっている。ただし標題は初めから意図されたものではなく、出版する際にリスト自身か出版者によって付けられたものである。ヴィルトーゾとしてヨーロッパ中を風靡したリストの名技を後世に伝える傑作だといえよう。
第1番 ハ長調「プレリュード」 / C dur "Preludio"
ハ長調。たった23小節しかないが、その中にはあくまで即興的な様々なモチーフが盛り込まれている。前代未聞の壮大な練習曲集の幕開けにふさわしい華やかな作品である。
第2番 イ短調(標題なし) / a moll
イ短調。10番と共に標題が付けられなかった2曲のうちの1曲だが、冒頭の「A capriccio(気まぐれに)」が曲の雰囲気をよく表わしているだろう。若い頃の旧作が改訂されたためもあり、燃えるようなテンペラメントとスタッカートが多用された歯切れのよい曲である。
第3番 ヘ長調「風景」 / F dur "Paysage"
へ長調。田園風で静かな一幅の風景画のような曲である。動きの激しい第2番とドラマティックな第4番の間にこの曲を挿入したのは、ドラマと詩的要素のバランスと対比を考慮した上でのことと思われる。中間部「Un poco piu animato il tempo」に入り多少テンポが揺れて音量もffまで高揚するが最後は再びもとの静けさに戻って終わる。
第4番 ニ短調「マゼッパ」 / d moll "Mazeppa"
ニ短調。マゼッパとはフランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーの叙事詩「マゼッパ」に現われる英雄である。諸説あるようだがまずこの詩を読んだリストが感銘を受けまずピアノ曲に、そして1851年に交響詩として管弦楽のために書き直し、さらにピアノ曲に書き戻してこの練習曲集に加えられたと思われる。テーマはユーゴーの詩にある「馬に縛り付けられて荒野に放されたマゼッパ」の情景だろう。これはカデンツァを挟んで変奏を繰り返し、最後はニ長調に変わって雄大に終わるが、最後の和音の欄外にはリスト自身の筆跡で「ついに終わった……しかし彼は再起して国王となった」と書かれているのでその喜びの表れだろう。
第5番 変ロ長調「鬼火」 / B dur "Feux follets"
変ロ長調。鬼火が音楽に取り入れられたのは、旅人の道を迷わせたシューベルトの連作歌曲集「冬の旅」からはじまったもので、リストはこの空想的で正体のないものの表現を細密な技巧で試みた。半音階からはじまり重音、跳躍などを駆使した、まさに「超絶技巧」という名にふさわしい難曲である。
第6番 ト短調「幻影」 / g moll "Vision"
ト短調。一説にはナポレオン1世の葬式の幻影だともいわれているが確かではない。曲は重苦しいLentoの主題ではじまりニ長調へ、アルペジオの音型を加えてオクターヴのカデンツァをはさみト長調へとどんどん変奏され、リスト独特の絢爛さのまま激しく終わる。
第7番 変ホ長調 「エロイカ」 / Es dur "Eroica"
変ホ長調。12歳の時Op.3として出版されていたアンプロンプチュの改作。減七和音ではじまるカデンツァ風の序奏に続き「Tempo di Marcia」で堂々とした行進曲風のテーマが現われる。ベートーヴェンの交響曲にもみられるように変ホ長調は英雄的な調性で、標題にふさわしい曲想を持っている。
第8番 ハ短調「荒野の狩」 / c moll "Wilde Jagd"
ハ短調。パガニーニ練習曲中の「狩」とは大きく異なり、こちらは猛獣狩りのように荒々しい。分散オクターヴと付点リズムによる第1主題とはじめppで提示される長調の第2主題が変奏と転調を繰り返しながら、最後はハ長調で終わる。
第9番 変イ長調「回想」 / As dur "Ricordanza"
変イ長調。第3番に続き詩的要素の強い穏やかな曲である。いくつかの主題はいずれも即興的で、何度も華麗なカデンツァをはさみながらドラマティックな盛り上がりを見せ、いかにもいろいろな人生のドラマを回想しているような美しい曲である。
第10番 ヘ短調(標題なし) / f moll
ヘ短調。はじめから題名のなかった曲で、何度も改訂を加えて練習曲として特殊なテクニックや書法の盛り込まれた作品となった。冒頭の左右交互の和音によるモチーフはagitatoのいらだちを表現し、その後も上行形とため息のような下降形とのモチーフがからみあい、最後まで不安定な印象を残す。
第11番 変ニ長調「夕べの調べ」 / Des dur "Harmonies du soir"
変ニ長調。最低音による鐘の音の模倣と美しい和音による序奏に続き、広い音域にわたるハープ風の伴奏にのせて魅力的なテーマが現われる。祈りのような「Piu lento con intimo sentimento」をはさみffでテーマは繰り返され分厚い和音によって盛り上がりをみせる。平和な夕べに鳴り響く美しい教会の鐘の「調べ」はリストの強い信仰心の表れだろう。
第12番 変ロ短調「雪かき」 / b moll "Chasse-neige"
変ロ短調。終始変わらない細かいトレモロは雪が降り積もる様だろう。それに乗せてたった6音からなる雪のうたが奏でられる。途中で現われる小さな半音階パッセージは突風だろうか。雪と風は次第に激しさを増し、最後は消え入るように終わってゆく。
超絶技巧練習曲
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/21 08:57 UTC 版)
超絶技巧練習曲(ちょうぜつぎこうれんしゅうきょく、フランス語:Études d'exécution transcendante, サール番号:S.139, ラーベ番号:R.2b)は、ハンガリーのピアニスト、フランツ・リストの作曲した、ピアノのための12の練習曲である。2度にわたる改訂が行われている。原題は「卓抜した演奏のための練習曲集」というほどの意味である[1]。
改訂の歴史
- 1826年(15歳) - フランス(op.6)、ドイツ(op.1)で初稿を出版。「すべての長短調のための48の練習曲」(実際には12曲)というタイトルであった。サール番号はS.136。
- 1837年(26歳) - パリ、ミラノ、ウィーンにて第2稿「24の大練習曲 Op.6」(実際には12曲)が出版される。献呈は彼の師でもあるカール・チェルニーに。サール番号はS.137。
- 1840年 - 「マゼッパ」を改作。
- 1852年(41歳) - 第3稿が出版される。今日もっとも頻繁に演奏されているのはこの稿である。この曲集についても第2稿同様にカール・チェルニーに献呈された。
構成
すべて異なる調で書かれている。2曲組で同じ調号の長調と短調(平行調)とし、2曲ごとに調号の♭がひとつずつ増えていく。この事とタイトルから、初版と第2版とでは全ての調性を網羅しようとしていたが結局断念して12曲に落ち着いたと考えられる。初版と第2、3版では曲順が異なる。第1番と第9番を除き、第2版と第3版とは小節数が異なる(ただし、第1番と第9番も若干音形が異なるものの、第2版と第3版とは本質的に差はない)。
以下は第2、3版の構成である。特記したもの以外は第1版の曲を改作したもの。テンポの変更も記す。
- ハ長調『前奏曲』(Preludio) - Presto
- イ短調 - Molto vivace a capriccio → Molto vivace
- ヘ長調『風景』(Paysage) - Poco adagio
- ニ短調『マゼッパ』(Mazeppa) - Allegro patetico → Allegro
- 変ロ長調『鬼火』(Feux follets) - Equalmente → Allegretto
- ト短調『幻影』(Vision) - Largo patetico → Lento
- 変ホ長調『英雄』(Eroica) - Allegro deciso → Allegro
- ハ短調『荒々しき狩』(Wilde Jagd) - Presto strepitoso → Presto furioso
- 変イ長調『回想』(Ricordanza) - Andantino
- ヘ短調 - Presto molto agitato → Allegro agitato molto
- 変ニ長調『夕べの調べ』(Harmonies du soir) - Lento assai → Andantino
- 第1版の第7曲を移調・改作。
- 変ロ短調『雪あらし』(Chasse-neige) - Andantino → Andante con moto
第2版にはタイトルはまだついておらず、『マゼッパ』の題がついたのは1840年の改作からである。また第2版のみつけられる愛称ではあるが、シューマンが特に第6番、第7番、第8番の3曲を以下のように評した。
嵐の練習曲、恐怖の練習曲で、これを弾きこなせる者は世界中探してもせいぜい10人くらいしかあるまい。へたな演奏家が弾いたら、物笑いの種になる事だろう。
まれにだが、第3版の第10番ヘ短調を俗称で『熱情』と呼ぶことがある。
以下は初版の構成である[2]。
- ハ長調 - Allegro con fuoco
- イ短調 - Allegro non molto
- ヘ長調 - Allegro sempre legato
- ニ短調 - Allegretto
- 変ロ長調 - Moderato
- ト短調 - Molto agitato
- 変ホ長調 - Allegretto con molta espressione
- 第2版以降、移調して11番に移動。
- ハ短調 - Allegro con spirito
- 変イ長調 - Allegro grazioso
- ヘ短調 - Moderato
- 変ニ長調 - Allegro grazioso
- 第2版以降削除。
- 変ロ短調 - Allegro non troppo
特に演奏困難な第2稿
第2稿の「24の大練習曲」については良く演奏される第3稿に比べるとはるかに難度が高い。しかし、演奏効果は第3稿の方が高いという見識が一般的なので、第2稿がコンサートで演奏される事はほとんど無いに等しい。ピアニストクラウディオ・アラウ、ピアノ教師ゲンリフ・ネイガウスの2人ともが「演奏不可能」との見解で一致している。
ロベルト・シューマンの音楽エッセイ集『音楽と音楽家』には、1837年時点での「24の大練習曲集」についてのエッセイが収められており、内容は以下のようになっている。
前にも言った通り、この曲は巨匠による演奏で聴かなければならない。できる事ならば、フランツ・リスト自身による演奏がいいだろう。しかし、たとえリストが弾いても、あらゆる限界を超えたところや、得られる効果が、犠牲にされた美しさに対して、充分の償いとなっていないようなところでは、耳障りな箇所がたくさんあるだろうと思う。しかし何はともあれ、来るべき冬の彼の到着は、心から待ち遠しい。
つまり、第2稿はリスト本人の技術をもってしても、十分な表現力をこめた演奏は非常に困難ではないかとシューマンが考える程の難易度という事である。 但し、このエッセイはシューマンがリストによる演奏を聴く前に書かれたものである。
主な録音
前述のように演奏・録音されるのはもっぱら第3稿である。ショパンの練習曲ほどではないが演奏される機会が多く、ピアノの演奏会用練習曲では代表的な存在である。知名度が突出した曲がないことや、全12曲でCD1枚に収まる長さ(65~70分程度)のため、全曲録音される場合が多い。
アレキサンダー・ボロウスキー、ラザール・ベルマン、クラウディオ・アラウ、ジョルジュ・シフラなどが知られる。また若いピアニストがヴィルトゥオーソ性を示すためにレパートリーに選ぶことが多く、近年ではフレディ・ケンプ、小菅優、アリス=紗良・オット、ボリス・ベレゾフスキーなどが録音している。
演奏困難な第2稿の全曲録音は、レスリー・ハワードのリスト全曲集に含まれるものが代表的。ジャニス・ウェバーもCDを出していたが、絶版[3]。マッシモ・ゴンが全曲演奏を達成[4]し、イディル・ビレットは69歳で全曲録音に成功[5]している。このように、必ずしも演奏不可能、というわけではなくなった。このほか、ジン・ウェンビンがアジア人で初の全曲録音を達成している[6]。シモーネ・ジェナレッリ[7]は初稿と第2稿の双方をデジタル配信している。
最も平易な初稿を好むピアニストも若干名おり、イディル・ビレット、シモーネ・ジェナレッリ[8]、ウィリアム・ウォルフラムは全曲を吹き込んでいる。オリヴィア・シャム、大井和郎が抜粋を録音している。
映像では、David Ezra Okonşar(スタジオ録画。廃盤)とRussell Sherman(ライブ演奏)がそれぞれ全曲演奏のDVDを出している。
脚注
- ^ 田之頭一知「リスト《超絶技巧練習曲》におけるタイトルの役割 ―詩的理念との関係をめぐって―」『芸術 大阪芸術大学紀要』29, 2006.12
- ^ a b リスト(作曲)『リスト:12の練習曲(作品1番)』小林秀雄 校訂、全音楽譜出版社〈Zen-on piano library〉、2006年2月。ISBN 9784111140206 。2013年5月31日閲覧。
- ^ Liszt:Transcendental Studies CDは品切れだが、ダウンロード配信という形で存続。
- ^ 超絶技巧練習曲集 S139/R2b ml.naxos.jp; ライブラリーではR2bとなっているが誤りである。
- ^ 12の大練習曲 S137/R2a ml.naxos.jp
- ^ リスト:ピアノ曲全集 45 - 12の大練習曲(ジン・ウェンビン) ml.naxos.jp
- ^ Liszt: Grandes Etudes - Jennarelli: Prism Variations www.amazon.com 2012年7月19日配信 2018年5月17日閲覧
- ^ Étude en douze exercices, No. 1 in C Major, S. 136: Allegro con fuoco 2014年11月17日配信 2018年5月17日閲覧
関連項目
- 練習曲 (ショパン)
- 超絶技巧百番練習曲
- パガニーニによる大練習曲 - その「初版」が超絶技巧練習曲第2稿とほぼ同時期に作曲された曲で、演奏困難な曲集として有名(ホロヴィッツが演奏不可能と評した)。
- セルゲイ・リャプノフ - 本作を補完する目的で「超絶技巧練習曲集」作品11を作曲した。本作同様全12曲からなるが、本作にはないシャープ系の調性が用いられている。終曲はハンガリー狂詩曲の様式による。
外部リンク
固有名詞の分類
- 超絶技巧練習曲のページへのリンク