地理的表示ブランドの登録をめぐる問題
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「八丁味噌」の記事における「地理的表示ブランドの登録をめぐる問題」の解説
産品の名称(地理的表示、GI)を知的財産として登録し、保護する制度である「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」が2014年6月25日に制定された。この「地理的表示保護制度」の登録をめぐり、岡崎市の老舗2社が外されたことが現在大きな波紋を呼んでいる。 2015年 2015年6月1日、同法が施行される。同年、カクキューとまるや八丁味噌の2社で構成される「八丁味噌協同組合」(以下、岡崎2社)と、名古屋市中区栄に事務所を置く「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」(以下、県組合)の2つの団体が地理的表示登録(GI登録)を申請した。申請内容は以下のとおり。 申請者申請日生産地の範囲名称八丁味噌協同組合 2015年6月1日 岡崎市八帖町 八丁味噌、HATCHO MISO 愛知県味噌溜醤油工業協同組合 2015年6月24日 愛知県 八丁味噌 GIを管轄する農林水産省の文書によれば、県組合を構成する43社のうち、八丁味噌を製造しているのは「盛田」(名古屋市中区)、「イチビキ」(同市熱田区)、「中利」(半田市)、「佐藤醸造」(あま市)、「ナカモ」(清須市)、「野田味噌商店」(豊田市)の計6社とされる。 2016年 農林水産省は、「岡崎市八帖町以外でも『八丁味噌』は製造されている」「昭和初期には『八丁味噌』の文字を含む商標が県組合会員の企業により登録されていた」などの理由により、岡崎2社に対し、「岡崎市八帖町」と限定している生産地を「愛知県」に変更できないかと打診した。 2017年 「登録された製法は、県内で豆味噌を造れば全て八丁味噌を名乗れる内容で、今の枠組みには参加できない」と不満をあらわした岡崎2社は農水省と折り合えないと判断。同省は岡崎2社に取り下げを2017年6月12日にするよう要請。6月14日、岡崎2社は申請を取り下げた。GIのガイドラインには「産地に関わる利害関係者の合意形成が必要」とあることから、岡崎2社は、同省は県組合の申請を拒絶すべきとの意見書も提出した。カクキューの早川久右衛門社長は「申請を取り下げれば、愛知県味噌溜醤油工業協同組合の申請も認められないと思った」と述べた。6月15日、県組合のGI申請が公示される。 同年12月15日、農水省は「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」を八丁味噌の生産者団体としてGIに登録した。ここに至り、同省は、「八丁味噌は、いわゆる『名古屋めし』の代表的な調味料として定着し、愛知県の特産品として広く認知されているものである」との県組合の主張を認定した。 同年12月に妥結した欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)では、八丁味噌を含め輸出をにらむ全国48品目が保護される。しかし登録から外れた岡崎2社は、EPA発効後、EU加盟国で八丁味噌を名乗れないこととなった。また国内でもマークを使えない結果となった。農水省はEUに「ステンレスおけで人工的に加温し、3カ月で即席熟成させたものも八丁味噌である」と公表。 2018年 2018年1月26日、NHKなどの報道により、岡崎2社がGIの登録から外れたことが明らかとなった。生産量の半分超を占めるとされる岡崎2社は「県内に生産地域を広げ製法の基準を緩くすれば、品質を保てず顧客をだますことになる」と主張。国へ不服申し立てする構えを見せた。農水省は取材に「不幸な結果となったが、海外の偽物から守るため登録を優先した」と説明した。 同年1月30日、斎藤健農林水産大臣は会見を行い、認定した枠組みに追加申請すれば同2社も地理的表示保護制度の対象になるとの認識を示した。 同年3月14日、岡崎2社は不服審査請求を同省に申し立てた。同日、愛知12区選出の重徳和彦衆議院議員は取材に応じ、「2社が県組合に加入すれば八丁味噌を名乗ることはできると農水省は言うが、本末転倒だ。地域の特性を活かし、伝統的な生産方法によって特別な品質を維持する名産品を保護するという制度の趣旨に反している」と述べた。 同年3月16日、政府は閣議で、岡崎2社が県組合に加入するか、生産者団体として追加申請して認められればGI表示ができるとの答弁書を決定した。 同年3月22日、岡崎市議会は本会議で、利害関係者の合意形成を国が指導、調整するように求める意見書案を全会一致で可決。続いて3月27日、内田康宏市長と加藤義幸議長は農林水産省を訪れ、礒崎陽輔副大臣に議会で可決された意見書を提出した。内田は記者団に「2社の追加登録しか方法がない」と見解を述べた。 ヨーロッパの中でもGIの歴史が長いフランスでは、対象産品の科学的な調査をし、他地域では簡単にまねできない製法などの独自性があるかを専門機関が審査する。ところが日本には専門の調査機関がないことから、複数の生産者間で製法などに異論があった場合は、当事者間で調整するよりほかはない。この点が現行制度の不備だと識者関係者は指摘する。愛知学院大学の関根佳恵准教授は八丁味噌登録問題につき、「実質的に世界中どこでもつくれる産品にGI認定したと認めたのは驚き。GIの根幹にあるテロワール(Terroir)を無視している」と批判し、「農水省は本気で国内農業の振興につなげるつもりなら、原材料の規定を追加で設けるべきだ」と提案した。 全国味噌工業協同組合連合会の統計によれば、2017年の味噌の出荷量は約41万トン。そのうち大豆と塩、水のみを原料とする八丁味噌に関しては、岡崎2社は1,000トン、県組合は600~700トンの生産実績があるという。 2019年 2019年2月、GI法が改正。「先使用権」が制限され、GI対象の組合製品でないと、岡崎2社の製品は2026年には八丁味噌と名乗れないことになった。言い換えれば、2026年以降、八丁味噌という名称を商品に使用したい場合は「GI認定を受けていない」という表示をつければ販売できるということになった。 同年8月、岡崎2社は、行政不服審査法に基づき総務省に設置される第三者機関「行政不服審査会」に対し、主張書面を提出。 同年9月27日、行政不服審査会は、農水省の決定に対し「現時点では妥当でない」との答申書を出した。同省が下した「八丁味噌は『名古屋めし』の代表的な調味料として愛知県内に定着している」との認定について、「これを裏付ける具体的資料は見当たらない」と述べた。 2020年 農林水産省は、専門的な見地から調査検討を行うため、「『八丁味噌』の地理的表示登録に関する第三者委員会」を設置。委員会の構成メンバーは、茨城大学教授の荒木雅也、弁護士の池本誠司、大阪市立大学教授の小林哲、慶應義塾大学専任講師のデサンモーリス・グレッグ、東京農業大学教授の前橋健二の5人。 2020年3月25日から12月8日にかけて、第三者委員会の審議が4回開かれた。 2021年 2021年3月12日、登録取り消しを求めた行政不服審査請求について、農林水産省の第三者委員会は岡崎2社の請求を退ける報告書をまとめた。同委員会は県組合側の販売実績や、県の特産品として定着していることなどを理由に登録の合法性を認めた。「八丁味噌は『名古屋めし』の代表的調味料」との見解についても、妥当だと述べた。それとともに「老舗(2社)側の製法は景観も含めた伝統的文化として後世に引き継がれるべきで、老舗側もGI登録に加わったうえで『元祖八丁味噌』を名乗るなど、差別化する手はあるのではないか」と提言した。 同年3月19日、農林水産省は請求を棄却する裁決を出した。岡崎2社は2026年以降、法的に八丁味噌の名称を使えなくなるため、提訴する意思を示した。同日、衆議院議員の重徳和彦は野上浩太郎農相と面会し「元祖だけが3年以上もGIを外れている状態はおかしい」と抗議。さらに3月22日に岡崎市役所を訪れ、中根康浩市長に対し請求棄却について経過を伝え意見交換した。 同年9月17日、「まるや八丁味噌」が、GIに登録された「八丁味噌」をめぐり、農林水産省に登録取り消しを求めて東京地裁に提訴した。「カクキュー」は提訴していない。県組合の担当者はこうした事態に対し、「2社が八丁味噌を独占するのはおかしい。蔵つきの菌といっても、岡崎2社でも菌は違う。県組合と岡崎2社が違うように、岡崎2社同士でも味覚や成分分析の結果は違う。麹を作るのは自動だ。(我々との違いは)木桶に入れて石を積むのが伝統製法であることくらいだ」と述べている。 2022年 2022年6月28日、「まるや八丁味噌」がGI登録の取り消しを求めた訴訟で、東京地裁は、行政事件訴訟法で定める6カ月の提訴期間を過ぎていたとして、訴えを却下した。判決は「八丁味噌の製造地域は昭和初期には県全域に及び、社会でも認知されていた」と認定。さらに中島基至裁判長は判決文で「まるや八丁味噌は制度上、2026年までは『八丁味噌』の名称を使用することが可能で、その後も、地域ブランドに登録されたものとは異なることがわかるような記載をすれば『八丁味噌』の表示が使えるため、救済の必要性もない」と述べた。7月4日、まるや八丁味噌は控訴する方針を明らかにした。
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