びぜん‐やき【備前焼】
備前焼(びぜんやき)
備前焼
<びぜんやき>
区分
重要無形文化財
保持者
伊勢﨑 惇
<いせさき あつし>
(雅号 伊勢﨑 淳)
<いせさき じゅん>
(岡山県)
解説
備前焼は、現在の岡山県備前市伊部一帯を中心に、12世紀後半、平安時代末頃から今日に至るまで、連綿と伝えられてきた伝統的な陶芸技法である。備前焼は、釉薬を用いない焼き締めによる焼成方法に特色があり、桃山時代には、茶の湯の流行の中で、豪放で雅趣に富んだ花入や水指などの名品を数多く生み出した。今日の備前焼は、土そのものの味わいと窯変による効果を生かす伝統的な技法をもとに、現代の感覚に沿った制作が活発に行われ、独特の芸術性を備えた陶芸技法として高く評価されるものである。
備前焼
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備前焼 |
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びぜんやき |
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陶磁器 |
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食器、酒器、茶器、花器、置物 |
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備前焼の歴史は古く、平安時代にすでに作られていました。日本六古窯の一つに数えられ、千年の歴史を持つ陶器(厳密には「せっ器(「せっ」は火へんに石)」)として全国的に有名です。室町時代末期頃からその素朴さが、茶人たちに愛され、茶道具が多く作られるようになりました。 江戸時代に入ると藩の保護もあり、全国に広まりました。昭和の初期「備前焼の中興の祖」と言われた金重陶陽や藤原啓、山本陶秀が人間国宝の指定を受ける等、順調な歩みを続けました。 |
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岡山県 |
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昭和57年11月1日 |
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素朴で重厚な作風、土味の持つあたたかさ、使い勝手のよさに特徴がありますが、最大の特徴は窯変(ようへん)にあると言えます。焼く時の窯の中の状態によって、焼き物の色や表面が変化する自然の産物である窯変のために、備前焼は全く同じ作品がニつと作れない自然の芸術となっているのです。 |
備前焼
名称: | 備前焼 |
ふりがな: | びぜんやき |
芸能工芸区分: | 工芸技術 |
種別: | 陶芸 |
認定区分: | 各個認定 |
指定年月日: | 2004.09.02(平成16.09.02) |
解除年月日: | |
指定要件: | |
備考: | |
解説文: | 備前焼は、現在の岡山県備前市伊部【いんべ】一帯を中心に、一二世紀後半、平安時代末ころから今日に至るまで、連綿と伝えられてきた伝統的な陶芸技法である。備前焼は、釉薬を用いない焼き締めによる焼成方法に特色があり、その陶土は、室町時代末期以降、この地方特有の鉄分の多い、可塑性に富む田土【たつち】が主な原料として使われるようになった。 中世古窯の一つとされる備前窯は、主に壺、甕【かめ】、擂鉢【すりばち】などの日用雑器を焼造してきたが、桃山時代には、茶の湯の流行の中で、豪放で雅趣に富んだ花入や水指などの名品を数多く生み出し、わが国における代表的茶陶産地となった。その後、時代の推移の中で衰退の時期があったりするが、昭和の初めころ、桃山時代のいわゆる古備前の作調を評価し、それを拠りどころとする芸術的作風が興り、その後それが備前焼の主流となった。 今日の備前焼は、土そのものの味わいと窯変による効果を生かす伝統的な技法をもとに、現代の感覚に沿った制作が活発に行われ、独特の芸術性を備えた陶芸技法として高く評価されるものである。 |
備前焼
岡山県備前市(備前国伊部)一帯で焼かれる炻器。備前焼は釉を用いない、自然の土味とさまざまな窯変を生かし堅く焼締められた炻器である。備前焼窯変の主なものには、火襷(器物に藁を巻付けて酸化焼成すると、藁のアルカリ分と素地中の鉄分が反応し緋色の筋が現れる)、牡丹餅(焼成時、器物表面に底が円や楕円の器物を載せておくとその部分に火色の色変りの景色ができる。初めは偶然の現象だったが、今日は、薄い粘土製のものを載せて加飾するのが普通)、胡麻(焼成中に、窯の自然灰が降りかかって器物の肌を荒らし、胡麻状にする現象。榎肌(薪が燃焼する時、特に火度高く火勢の強い所で自然灰が付着し、素地中の鉄分の加減で器物の肌が榎の木肌のように荒れ青黄色に発色することがある。
備前焼
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/02 13:27 UTC 版)

備前焼(びぜんやき)は、岡山県備前市周辺を産地とする陶磁器。日本六古窯の一つに数えられる。備前市伊部地区で盛んであることから「伊部焼(いんべやき)」との別名も持つ。同地区で数多く見られる煉瓦造りの四角い煙突は備前焼の窯のものである。
歴史

備前市南部から瀬戸内市、岡山市内には古墳時代から平安時代にかけての須恵器窯跡が点在し「邑久古窯跡群」と呼ばれている。この須恵器が現在の備前焼に発展したといわれている。「邑久古窯跡群」で最初に築かれた窯は瀬戸内市長船町の木鍋山窯跡(6世紀中頃)で、7世紀後半~8世紀初頭になると瀬戸内市牛窓町の寒風古窯跡群周辺から瀬戸内市邑久町尻海周辺に窯が築かれる。
8世紀になると備前市佐山に窯が築かれ始め12世紀になると伊部地区に窯が本格的に築かれ始め独自の発展へと進んでいった。
鎌倉時代初期には還元焔焼成による焼き締め陶が焼かれる。鎌倉時代後期には酸化焔焼成による現在の茶褐色の陶器が焼かれる。当時の主力は水瓶や擂鉢など実用本位のものであり、「落としても壊れない」と評判が良かった。この当時の作品は「古備前」と呼ばれ珍重される。
室町時代から桃山時代にかけて茶道の発展とともに茶陶としての人気が高まるが、江戸時代には茶道の衰退とともに衰える(安価で大量生産が可能な磁器の登場も原因)。備前焼は再び水瓶や擂鉢、酒徳利など実用品の生産に戻っている。この当時のものは近郷の旧家にかなりの数が残されている。
明治大正に入ってもその傾向は変わらなかったが、昭和に入り金重陶陽らが桃山陶への回帰をはかり芸術性を高めて人気を復興させる。陶陽は重要無形文化財「備前焼」の保持者(人間国宝)に認定され、弟子達の中からも人間国宝を輩出し、備前焼の人気は不動のものとなった。
第二次世界大戦時には、金属不足のため、備前焼による手榴弾が試作されたこともあるが、実戦投入はされなかった(四式陶製手榴弾)。
1982年11月1日に経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定された[1]。2017年4月29日、備前焼は越前焼(福井県越前町)、瀬戸焼(愛知県瀬戸市)、常滑焼(愛知県常滑市)、信楽焼(滋賀県甲賀市)、丹波立杭焼(兵庫県丹波篠山市)とともに、日本六古窯として日本遺産に認定された(日本六古窯 公式Webサイト)。
特徴
釉薬を一切使わず「酸化焔焼成」によって堅く締められた赤みの強い味わいや、「窯変」によって生み出される一つとして同じものがない模様が特徴。現在は茶器、酒器、皿などが多く生産されている。「使い込むほどに味が出る」と言われ、派手さはないが飽きがこないのが特色である。
備前焼の魅力である茶褐色の地肌は「田土(ひよせ)」と呼ばれるたんぼの底(5m以上掘る場合もある)から掘り起こした土と、山土と黒土を混ぜ合わせた鉄分を多く含む土とを焼くことによって現れる。土の配合の比率や、各々の土を数年程度寝かす期間など、出土する場所によっても成分が違ってくる。よって、作るには熟練の技が問われてくる。なお、人間国宝の一人である金重陶陽は10年寝かせた土を使っていたとされる。
窯変の種類
- 胡麻(ごま) - 窯焚の最中に、松割木の灰が吹き付けられ、高い熱により、釉化してできる模様。
- 桟切り(さんぎり) - 松割木が燃尽きた灰に作品が覆われ、空気の流通が妨げられることで燻し焼きになった際にできる模様。
- 緋襷(ひだすき) - 作品を重ねて窯詰めする際に藁を巻いて作品同士が癒着しないようにしたのが始まりとされる、藁を巻き鞘などに詰め直接火の当たらない場所で焼くことによって、生地全体は薄茶色、藁のあった部分は緋色になる模様。薄茶色と緋色のコントラストが端麗で人気も高い。
- 牡丹餅(ぼたもち) - 焼成時に作品の上に丸めた土や小さな作品などを置くことで焼きムラができ、該当部分が白くなる。その形が牡丹餅のようになることからこの名がつけられた。
- 青備前(あおびぜん) - 窯中の酸素が当たらない場所で焼かれることにより、還元が起こり、鮮やかな青灰色になる。酸素が少量であるほど、青色に近づいてゆく。青備前は、釜の中で還元状態になる場所が少なく、生産が困難なため、大変珍重されている。また、初代藤原楽山が考案した塩青焼という塩を用いた手法でも、独特の青備前がつくりだされる。
- 黒備前(くろびぜん) - 伊部手と呼ばれる技法によって、成形後に鉄分を多く含んだ土を表面に塗り上げてから焼成することにより、土が溶けやすくなり、釉薬のような働きをする。残っている当時の作品は少ない。近年、再現する技法が研究され、備前焼窯元の六姓の一つ森家の大窯や、著名な備前陶芸家の間でも焼かれている。黒っぽいだけで黒備前と名付けられたものもあるが、本来の姿ではない。
- 白備前(しろびぜん) -18世紀初頭に作成された鉄分の少ない土を高温焼成することにより、白色にする備前焼の一つ。あまり作られない時期があったことや、製法が作家によって異なるため非常に希少であり、古い年代のものは骨董品としても重宝される。
- 伏せ焼(ふせやき)
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備前火襷(緋襷)徳利 安土桃山時代 箱根美術館蔵
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備前牡丹餅平鉢 メトロポリタン美術館蔵(バーク・コレクション)
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耳付水指 銘 龍田川(みみつきみずさし めいたつたがわ) 桃山 - 江戸時代 東京国立博物館蔵
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矢筈口水指 安土桃山時代 MOA美術館蔵
文化財、関連施設
- 備前市
- 瀬戸内市
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伊部南大窯跡
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備前焼伝統産業会館
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岡山県備前陶芸美術館
代表作
- 四耳壺 福安元年(文安元年・1444年)銘(赤磐市・千光寺蔵)重要文化財
- 筒型花生 弘治3年(1557年)銘(個人蔵)重要文化財
- 矢筈口水指 銘破れ家(北陸大学蔵)重要文化財
- 緋襷(ひだすき)水差(畠山記念館蔵)重要文化財
- 水指(青海)(徳川美術館蔵)重要文化財
主な作家
人間国宝
重要無形文化財「備前焼」の保持者(人間国宝)
岡山県指定重要無形文化財
人気作家
備前焼まつり
毎年10月の第3土・日曜日に伊部駅周辺で「備前焼まつり」が開催される。祭りでは、備前市の作家などで構成される陶友会の作品が2割引で販売される。また、様々な作家がこの時期に合わせて作品を制作するため、多くの作品を鑑賞·購入することができる。
脚注
関連項目
外部リンク
備前焼(岡山県備前市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/13 15:08 UTC 版)
日本六古窯のひとつであり、中世より窖窯によって壺、甕、擂鉢、硯などの焼き物づくりが始められた。近世では茶器も多くつくられた。釉薬を使用せず焼締めのみにより製造される。江戸時代前期以前のものは「古備前」と呼ばれ珍重されている。
※この「備前焼(岡山県備前市)」の解説は、「登り窯」の解説の一部です。
「備前焼(岡山県備前市)」を含む「登り窯」の記事については、「登り窯」の概要を参照ください。
「備前焼」の例文・使い方・用例・文例
- 備前焼きという陶器
備前燒と同じ種類の言葉
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