「高貴な野蛮人」という用語の起源とは? わかりやすく解説

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「高貴な野蛮人」という用語の起源

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/10 05:43 UTC 版)

高貴な野蛮人」の記事における「「高貴な野蛮人」という用語の起源」の解説

英語における「高貴な野蛮人Noble Savage)」の語の初出は、ジョン・ドライデン英雄劇『グラナダ征服』(1672年)である。 自然が初め生み出した人間のように、私は自由だ服従の法が始まる前、野生高貴な野蛮noble savage)が走り回っていた頃。 ドライデン戯曲上記セリフを言う主人公は、このシーンでは「自分王子臣下ではないが故に王子死に至らしめる権利を持つことを拒否すると言う意味のことを言っている。ウォルター・スコットはこれらの詩行を『モントローズ伝説』(1819年)第22章見出しとして引用した。なお、ここでいうSavage」は「野蛮」というより「野獣」という意味で捉えたほうがよいため、この詩文における「noble savage」という語句は、「他の野獣人間らを超越した野獣」を意味する詩的表現だと考えるべきである。 音楽民族学者の Ter Ellingsonは、ドライデンフランス人探検家マーク・レスカーボットが1609年記したカナダ旅行記から「高貴な野蛮」という表現を見つけ出したと考えている。その本には「The Savages is Truly Nobleと言う皮肉的見出しの章があり、その意味簡単に言うと「彼らは狩猟権利享受していた、フランスではその特権世襲貴族だけに与えられていたのに」と言うのである。レスカーボットが狩猟という貴族娯楽対すモンテーニュ批判知ってたかどうかは不明であるが、一部研究者はレスカーボットがモンテーニュ詳しかった考えている。レスカーボットがモンテーニュ精通してたかどうかについては、Ter Ellingsonの著作『The Myth of the Noble Savage』において検討されている。 ドライデン時代において、「savage」という言葉現在のような野蛮な意味が含まれているとは限らなかった。そうではなく形容詞として、例えば「野生の花」などと言う場合に、「wild野生)」と同じ意味で使われ場合もある。したがってドライデン1697年著作から引用すると「the savage cherry grows野生成長する)」 オードリー・スメドレー(アメリカの学者)の説によると、「英国における「野蛮人」の概念は、領土拡張主義におけるアイルランド人牧畜民との対立依拠しており、そしてより広い視点見た場合には、ヨーロッパ大陸から隔絶されていることによる近隣ヨーロッパ諸人種に対す侮蔑依拠していました」。そしてエリンソンは「民族誌的な文献当たればそのような論点支持する気持ちがかなり大きくなるでしょう」とする 英語で「高貴な野蛮人noble savage)」と呼ばれているストックキャラクターは、フランス語においては単に「le bon sauvage」、すなわち「良き未開人」であり、英語のような矛盾語法的な語感はない。「le bon sauvage」の語を生み出したのはモンテーニュであると一般に信じられており、特に彼の随想録』(1580)に収録された『Of Coaches(鍛練について)』および『Of Cannibals(人食い人種について)』(1580年)に由来するという伝説がある。「自然の中の紳士」として理想化され描写されるこのキャラクターは、例えば「善良な乳搾り女」、「主人より賢い召し使い」(サンチョ・パンサフィガロ筆頭に、フィクション作品中に無数にある)、などと同じく、「卑しい人物が高い徳を備えている」という普遍的なテーマストックキャラクターであり、これは18世紀隆盛した感傷主義一つ表れであった。特に演劇において道徳的な真実表現するためにこのようなストックキャラクター使用することは古典時代由来しテオプラストスの『人さまざま』にまでさかのぼることができるが、古典時代キャラクター類型描いた有名な作品である『人さまざま』はジャン・ド・ラ・ブリュイエールによって17世紀当時現代フランス語翻訳され17世紀から18世紀にかけて大いもてはやされた。この流れ19世紀写実主義リアリズム芸術運動出現によって途絶えることとなるが、冒険小説西部劇、そしてSF小説などの特定のジャンルにおいてはかなり長く続いた。「自然の中の紳士と言う存在はこれらの小説の中でヨーロッパ人血を引くのか異国人間なのかはともかくとして、「賢きエジプト人」、「ペルシア人」、「謎の中国人」などと言った登場人物たちに交じって登場する。「しかし今や、『良き未開人』の傍で、『賢きエジプト人』がおのれの立場主張してます。」これらのキャラクター類型いくつかについては、ポール・アザールの『ヨーロッパ精神危機』において論じられている。 『ギルガメッシュ叙事詩』においても、動物一緒に暮らす野生だが善良な男、エンキドゥ登場し、『良き未開人』のキャラクターはこの時代から常に存在した。もう1つの例としては、無知だ高貴な中世騎士パルジファル挙げられる聖書登場する羊飼いの少年ダビデはこのカテゴリーに入る。社会から隔絶した者と美徳関連とりわけ都会から隔絶した者と美徳関連は、宗教文学ではおなじみテーマであった12世紀アンダルス出身イブン・トゥファイル記したイスラーム哲学小説もしくは思考実験) 「ヤクザーンの子ハイイ」は、宗教世俗分水嶺に跨っている。この哲学小説ニューイングランド清教徒神学者コットン・マザー知られていたという点で興味深いのである。この哲学小説1686年および1708年に(ラテン語から)英語に翻訳されたものであるが、これはインド洋無人島カモシカによって人間との接触なしに育てられ野生児ハイイ物語である。 ハイイ自身理性利用のみを通じて人間社会現れる前にその知識全ての段階通過しその時点で彼は自然神学信仰者であることが明らかになる。この自然神学とは、キリスト教神学者としてのコットン・マザー原始キリスト教同一視したのであるヘイイ造形は「自然の人間」かつ「賢きペルシア人」でもあるが、高貴な野蛮人ではない。 以下の一節は、アレキサンダー・ポープ『人間論』1734年)の有名な言葉で、18世紀アメリカインディアン描写したのである見よ貧しきインディアンを!無知な精神雲間に神を見、あるいは風の中に声を聞く彼の心より誇る科学は、太陽運行遠さ天の川遠さ決し教えず。然れどもただ、彼の頼む自然は被さるの裏側、慎ましき天国与えたり木々に囲まるる安全な世界汚水に浮かぶ幸せな島、奴隷が再び自らの故国を見る場所、彼らを苦しめ悪魔はおらぬ、金に渇えたクリスチャンもおらぬ!彼の自然の欲求が満たさるるように。彼は天使の羽根求めず熾天使の火を求めず、されど、同じ天に入ることを求む彼の忠実な伴われて。 上記の詩を1734年書いたポープにとって、インディアンと言うものは純粋に抽象的な存在であった。「貧しい(poor)」とは、無学かつキリスト教知らない存在としてのインディアンの姿を言い表したものであるが、同時に、自然の近く住んでいるが故に幸せであるインディアンの姿を皮肉的に示したものであった。この物の見方は、「人はどこに居る人でもいつ何時でも悔い改めなければならない」(使徒行伝 17章30節に由来)という典型的な啓蒙時代思想反映していると同時に自然神学における理神論思想をも反映していた(ポープドライデンはともにカトリックだった)。ポープの「Lo the Poor Indian」というフレーズは、Drydenの「高貴な野蛮人」と同じくらい有名になり、そして19世紀入り、より多く人々インディアン接して直接的な知識持ち、さらに紛争起こすうになると、同様の皮肉的効果狙って嘲笑的使われるようになった

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