「高貴なる戦士の墓」SN-03-T-01号墓
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「セネガンビアの環状列石」の記事における「「高貴なる戦士の墓」SN-03-T-01号墓」の解説
SN-03-T-01号墓は、Sine Ngayèneの墓域の中央部にあって二重の環状列石から数十メートル程の位置にある。黄色味がかった灰色の砂を含んだ粘土層が盛り上がった形状をしていて直径は10.5mである。発掘調査を墳丘を四分割して南東区と北西区を掘り下げ、中央部に4m×4mのサブトレンチを設定して行った。墓の覆土には沖積土を思わせる色調はみられず、中央部が一世帯分の墓になっていること、全体的に1m80cmよりは掘り下げていないことが判明した。南北の軸で半裁したところ、南へ3mほど寄った状態は重要な意味があるのかもしれない。南北方向に60cm、東西方向に40cmの範囲で焼かれて熱を受けていた。 同じように南北に半裁されていた面をみると、遺体に伴って土器片が濃密に集中していた。墳墓の中心にあって深さ2mの位置にある墓は、頭蓋骨が発掘区として設定した東西、南北の軸の交点にあたる場所から発見された。もっとも古い時期にあたる被葬者の遺体で、仰臥伸展葬の状態で埋葬されていた。上半身は東西方向を向いていて、両足は西南西-東北東の方向へ向いていた。骨盤、胸部のあばら骨、背骨の個々の骨は、保存状態が悪かった。頭蓋骨はいくぶんか高い位置におかれ顔は西を向いて左に傾けられていた。両足は平行にまっすぐ伸ばされ、両腕は両方のわき腹に対して軽く曲げられている。 副葬品の主なものは、繊細で優美な銅ないし銅の合金を用いた円錐を底面であわせ全体として横からはひし形に見えるペンダントのついた首輪、骨盤のそばの位置で、右肩から胸を交差してするさやに収められていたであろう短剣があった。それぞれ0.25m~0.45mあって、全体で8つある鉄製の槍先は、左の肩の高さにあわせて上半身に並行にならべられた。左の大腿骨のそばには、指揮官の地位にある高位の人物が用いる「指揮杖」の先端部分を入れたと思われる鉄製の筒が骨と同じ長さで置かれていた。そのほか銅製のベルトと思われる輪のようなもの、両足のくるぶしに着けられた鉄製の鈴である。このような豪華な副葬品は墓の被葬者が権威ある地位にある戦士階級に属する人物であることを示している。
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