王仁 王仁の概要

王仁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/05/16 06:57 UTC 版)

王仁(『前賢故実』より)

経歴

王仁に関しての記述が存在する史書は『古事記』『日本書紀』『続日本紀』のみである。それぞれの記述は以下のようになっている。

日本書紀

王仁に関するもっとも詳細な記述は日本書紀のものであり、それによれば、百済からの使者阿直岐(あちき)を介して、来朝したという。

『日本書紀』 巻第十(応神紀)
原文 現代語訳
十五年秋八月壬戌丁卯、百濟王遣阿直岐、貢良馬二匹。即養於輕阪上廄。因以阿直岐令掌飼。故號其養馬之處曰廄阪也。阿直岐亦能讀經典。及太子菟道稚郎子師焉。於是天皇問阿直岐曰、如勝汝博士亦有耶。對曰、有王仁者。是秀也。時遣上毛野君祖荒田別・巫別於百濟、仍徵王仁也。其阿直岐者阿直岐史之始祖也。

十六年春二月、王仁來之。則太子菟道稚郎子師之、習諸典籍於王仁莫不通達。所謂王仁者 是書首等始祖也。

十五年(404年)秋八月、壬戌朔の丁卯(6日)に、百済王は阿直岐を遣わして、良馬二匹を貢いだ。そこで、軽(現在の奈良県橿原市大軽町の辺り)の坂の上の厩で飼わせた。そうして阿直岐に任せて飼わせた。それゆえ、その馬を飼った所を名付けて厩坂という。阿直岐はまた、経典をよく読んだ。それで、太子菟道稚郎子は、阿直岐を師とされた。ここに、〔応神〕天皇は阿直岐に問うて言われた。「もしや、お前に勝る学者は他にいるのか」。答えて言った。「王仁という人がいます。すぐれた人です」。そこで上毛野君(かみつけのきみ)の先祖である荒田別(あらたわけ)と巫別(かんなぎわけ)を百済に遣わせ、王仁を召しださせた。その阿直岐は、阿直岐史(あちきのふびと)の始祖である。

十六年春二月、王仁は参った。そこで菟道稚郎子は王仁を師とされ、もろもろの典籍を王仁から習われ、精通していないものは何もないようになった。いわゆる王仁は、書首(ふみのおびと)らの始祖である。

古事記

『古事記』(中巻・応神天皇二十年己酉)
原文 現代語訳
又、科賜百濟國、若有賢人者、貢上。故受命以貢上人名、和邇吉師。即論語十卷・千字文一卷、并十一卷、付是人即貢進。〔此和邇吉師者、文首等祖〕 天皇はまた百済国に「もし賢人がいるのであれば、献上せよ」と仰せになった。それで、その命を受けて〔百済が〕献上した人の名は和邇吉師(わにきし)という。『論語』十巻と『千字文』一巻、合わせて十一巻を、この人に附けて献上した。〔この和邇吉師が、文首(ふみのおびと)の始祖である〕

和邇吉師によって『論語』『千字文』すなわち儒教と漢字が伝えられたとされている。『論語』は註解書を含めて10巻と考えればおかしくはないが、『千字文』は和邇吉師の生存時はまだ編集されておらず、この記述から和邇吉師の実在には疑問符がつけられることも少なくない[2]帰化した複数の帰化人学者が、『古事記』編纂の際にひとりの存在にまとめられたのではないかとされる説もある。

続日本紀

続日本紀』によると、子孫である左大史・正六位上の文忌寸(ふみのいみき)最弟(もおと)らが先祖の王仁は皇帝の末裔と桓武天皇に奏上したという記述がある。

『続日本紀』巻第四十 桓武天皇 延暦十年(791年)四月戊戌[3]
原文 訓読
○戊戌、左大史正六位上文忌寸最弟・播磨少目正八位上武生連真象等言、文忌寸等、元有二家。東文称直、西文号首。相比行事、其来遠焉。今、東文挙家、既登宿禰、西文漏恩、猶沈忌寸。最弟等、幸逢明時、不曲察、歴代之後、申理尤由。伏望、同賜栄号、永貽孫謀。有勅、責其本系。最弟等言、漢高帝之後曰鸞。々之後、王狗、転至百済。百済久素王時、聖朝遣使、徴召文人。久素王、即以狗孫王仁貢焉。是文・武生等之祖也。於是、最弟及真象等八人、賜姓宿禰 戊戌八日左大史さだいし正六位上ふみ忌寸最弟もおと播磨はりまの少目せうさうくわん正八位上武生たけふ真象まかたまうさく、「ふみ忌寸ら、もと二家有り。東文やまとのふみは直としようし、西文かふちのふみは首とがうす。相比あひならびてわざおこなふこと、そのきたれることとほし。いま東文やまとのふみいへこぞりてすでに宿禰にのぼり、西文かふちのふみめぐみれてなほ忌寸にしづめり。最弟もおとさきはひ明時めいじひて、つばひらかることをかがふらずは、のちことわりまうすとも由尤よしなからむ。してのぞまくは、おなじく栄号えいがうを賜はりてなが孫謀そんぼうのこさむことを」とまうす。みことのり有りて、その本系もとつすぢめしめたまふ。最弟もおとまうさく、「かん高帝かうていのちらんふ。らんのち王狗わうくうつりて百済くだらいたれり。百済くだら久素王くそわうとき聖朝せいでう使つかひつかはして、文人ぶんじんまねきたまへり。久素王くそわうすなはうまご王仁わにたてまつりき。これふみ武生たけふらがおやなり」とまうす。ここに、最弟もおと真象まかたら八人に姓宿禰すくねたまふ。

これに従えば、漢高帝の子孫「鸞」なる人物の子孫の「王狗」が百済に渡来し、その孫の王仁が渡来して文氏、武生氏らの祖先となったことになる。この伝承は後の『新撰姓氏録』の記述にもみえる。

王仁は高句麗に滅ぼされた楽浪郡出身の漢人系の学者とされ[1]、百済に渡来した漢人の家系に連なり、漢高帝の末裔であるとされる。

新撰姓氏録

新撰姓氏録』には、「諸藩」の「漢」の区分に王仁の子孫の諸氏に関しての記述がある。文宿禰(左京)に「出漢高皇帝之後鸞王也」、文忌寸(左京)に「文宿禰同祖、宇爾古首之後也」、武生宿禰(左京)に「文宿禰同祖、王仁孫阿浪古首之後也」、櫻野首(左京)に「武生宿禰同祖、阿浪古首之後也」、栗栖首(右京)と古志連(河内国と和泉国)にはそれぞれ「文宿禰同祖、王仁之後也」とある。

『新撰姓氏録』の「諸藩」の「漢」の区分より
原文 現代語訳
文宿禰(左京)
出漢高皇帝之後鸞王也 祖先は漢の帝室に出自を持つ「鸞王」である。
文忌寸(左京)
文宿禰同祖、宇爾古首之後也 現代語訳
武生宿禰(左京)
文宿禰同祖、王仁孫阿浪古首之後也 現代語訳
櫻野首(左京)
武生宿禰同祖、阿浪古首之後也 現代語訳
栗栖首(右京)と古志連(河内国と和泉国)
文宿禰同祖、王仁之後也 現代語訳

祖先が漢の帝室に出自を持つ「鸞王」である点などが、『続日本紀』と対応している。また、孫の名として「阿浪古首」が記されている。

古語拾遺

古語拾遺』では

『古語拾遺』一卷 加序より[4]
原文 現代語訳
至於輕嶋豐明朝 百濟王貢博士王仁 是河内文首始祖也 (中略) 至於後磐余稚櫻朝 三韓貢獻 奕世無絶 齋藏之傍 更建内藏 分收官物 仍 令阿知使主與百濟博士王仁 計其出納 始更定藏部 軽島豊明朝(応神天皇)の時に百済王が博士王仁を貢ぎ、王仁は河内の文首の祖となり、後磐余稚桜朝(仁徳天皇)の時に斎蔵に内蔵の蔵部を定め、出納を百済博士王仁にさせた。

とする。

各説

実在を疑問視する説もある[5]

楽浪王氏との関連

楽浪の時代を通じて強力な勢力をもった楽浪王氏は(中国山東省)の出自といわれ、紀元前170年代に斉の内乱を逃れて楽浪の山中に入植したものという。王仁も313年の楽浪郡滅亡の際に百済へと亡命した楽浪王氏の一員ではないかと考えられ、楽浪郡の滅亡後に百済へ亡命した後、4世紀後半には日本へ移民したと思われる。


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  1. ^ a b 志田諄一『王仁[リンク切れ] - Yahoo!百科事典
  2. ^ 野平 2002, pp. 96-98
  3. ^ 青木ほか 1998, pp. 496-499
  4. ^ 古語拾遺 一卷 加序  從五位下齋部宿禰廣成 撰” (中国語). 古代史獺祭 (2007年7月9日). 2012年2月26日閲覧。
  5. ^ 野平 2002, pp. 95-98
  6. ^ 水垣久 (2012年1月22日). “古今和歌集 仮名序 紀貫之” (日本語). やまとうた. 2012年2月26日閲覧。
  7. ^ 府指定関係 史跡 伝王仁墓 藤阪東町2” (日本語). 大阪府枚方市役所. 2012年2月26日閲覧。
  8. ^ 伝王仁墓という名称から明らかなように「」であり、学術的に保証した記述でないことに注意。
  9. ^ “王仁博士の遺徳をたたえ献花 王仁墓で顕彰の集い・韓日人士ら参列” (日本語). 民団新聞 (在日本大韓民国民団). (1999年11月10日). http://www.mindan.org/shinbun/991110/topic/topic_j.htm 2012年2月26日閲覧。 
  10. ^ “王仁博士の功績たたえ千字文の記念碑建立” (日本語). 民団新聞 (在日本大韓民国民団). (1998年5月15日). http://www.mindan.org/shinbun/980515/topic/topic_b.htm 2012年2月26日閲覧。 
  11. ^ 井沢 & 呉 2006, pp. 148-173
  12. ^ 韓国起源説朝鮮の歴史観
  13. ^ 王仁博士遺跡地” (日本語). 霊岩郡. 2012年2月26日閲覧。
  14. ^ 巫女の証言で祈祷伝説がありとの情報。
  15. ^ 1978年(昭和53年)10月、金昌洙『博士王仁 日本に植えつけた韓国文化』の日本語版を出版。


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