阿知使主
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/11 17:58 UTC 版)
阿知使主(あちのおみ、3世紀 - 4世紀頃、または5世紀前半[1])は、応神天皇時代の渡来人で[2]、東漢氏の祖と言われる。記紀共に仁徳天皇時代の記事はなく、応神天皇(紀のみ)と履中天皇時代の活躍を伝えている。 阿智直、阿智使主、阿知王[3]、阿知吉師ともいう[1]。
- ^ a b c 朝日日本歴史人物事典、kotobank「'阿知使主」鈴木靖民筆
- ^ 上田正昭、津田秀夫、永原慶二、藤井松一、藤原彰、『コンサイス日本人名辞典 第5版』、株式会社三省堂、2009年 41頁。
- ^ 『続日本紀』延暦四年(785)六月条
- ^ a b 伊藤信博「桓武期の政策に関する一分析(1)p.9.
- ^ a b 竹内理三『古代から中世へ』上、1978年,p12-13
- ^ a b c d e f g h 竹内理三『古代から中世へ』上、1978年,p10-11
- ^ 太田亮「姓氏家系大辞典」
- ^ a b c d e f g h 竹内理三『古代から中世へ』上、1978年,p12
- ^ 「くにまぎ(国覓)」とは、国土開発の意味。竹内理三『古代から中世へ』上、1978年,p15。日本国語大辞典
- ^ 新撰姓氏録摂津国諸蕃、日本国語大辞典
- ^ 朝日日本歴史人物事典,kotobank,「倭漢荒田井比羅夫」
- ^ 竹内理三『古代から中世へ』上、1978年,p16
- ^ 阿智神社
阿知使主と同じ種類の言葉
渡来人に関連する言葉 | 漢人 王仁 阿直岐 阿知使主 陳元贇 |
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