司馬達等とは? わかりやすく解説

しば‐たつと【司馬達等】


しばたちと 【司馬達等】

シバタツト・シバタットとも。中国の人。五二二(継体天皇一六)年に来日大和坂田原に仏像安置し、鞍作村主の氏を賜り、娘や弟子出家させ、仏殿建てるなど、仏教文化貢献した止利仏師は孫。(生没年不詳)→ 止利仏師

司馬達等

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/11 07:22 UTC 版)

司馬 達等(しば だっと・しば たちと・しば の たちと・しめ たちと、生没年不詳)は、飛鳥時代の人物。氏姓は鞍部村主(くらつくりのすぐり)あるいは鞍師首。

出自

日本書紀雄略天皇条に記載される鞍部堅貴の一族[1]

経歴

日本に仏教が公に伝わる(仏教公伝)以前から仏教を信仰していたとされる。『扶桑略記』によると、522年継体天皇16年)2月に日本に渡来し、大和国高市郡坂田原に草堂を結び、本尊を安置し帰依礼拝したという。

584年敏達天皇13年)播磨国高麗からの渡来僧で還俗していた恵便に、娘の嶋(善信尼)とその弟子2人を出家させたという。崇仏派の蘇我馬子が邸宅内に仏殿を建立し、請来した弥勒仏を安置した際には、仏舎利を献上し、また法会を開催したとされる。585年に排仏派の物部守屋は達等を面罵し、善信尼ら3人の法衣を剥奪して監禁したとされる。

脚注

  1. ^ 太田亮『姓氏家系大辞典』角川書店、1963年



司馬達等

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/30 01:41 UTC 版)

日出処の天子」の記事における「司馬達等」の解説

司馬一族総領渡来人であり非常に博識である。技術の高さを厩戸毛人認められ寺院建立一切任されるトリ祖父

※この「司馬達等」の解説は、「日出処の天子」の解説の一部です。
「司馬達等」を含む「日出処の天子」の記事については、「日出処の天子」の概要を参照ください。

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