電子辞書
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/22 02:16 UTC 版)
電子辞書専用機(IC電子辞書)
CD-ROM辞書の発売に前後して、電子辞書の記憶媒体はCD-ROMからICメモリに移行していき[21]、記憶媒体と検索・表示装置が一体となったIC電子辞書が登場する。
沿革
世代分けについては一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会、モバイルシステム部会の「電子辞書の歴史について」に準拠した[22]。
第一世代(1979年 - 1985年):電卓型の電子単語帳
日本国内市場では、シャープが1979年11月に発売したポケット電訳機 (IQ-3000) が最初で[23][24][25][26]、当時としてはかなり高価な39,800円だった[要出典]。これは孫正義が学生時代に発明した自動翻訳機が元になっているともいわれる[27][28]。IQ-3000は、英和約2800語、和英約5000語を収録していた[26]が、技術的には電卓技術を応用したもので[29]、その16桁×1行のモノクロ液晶画面に表示できたのはアルファベットとカタカナのみだった[17][25]。内容も辞書というより単語集のようなものであり、単語帳機能付き電卓とでも呼ぶべき製品だった[17][25]。当時はICメモリと液晶ディスプレイの製造コストが高かったために、安価な小容量の搭載メモリと小型の液晶画面が採用されたことで[29]、辞書の収録語数は頭打ちになり、液晶画面の表示能力にも限界があった[25]。
1980年代に入ると、1980年4月にキヤノンが電子英単語「LA-1000」(英和1320語と日本語訳2180語を収録)を発売[30]。1981年10月にはカシオ計算機も電子英和辞典「TR-2000」(英単語・熟語を約2000語収録)を発売し[31]、市場に参入した[17]。しかし、一冊の辞書を完全収録するには、ICメモリの大容量化と低価格化を待たなければならなかった[21]。
第二世代(1986年 - 1989年):収録語数の増加と画面表示の改良
1980年代後半には、1987年3月に三洋電機が日本語を漢字仮名まじりで表示できる[17]IC辞書「電字林 PD-1」(英和約3万5000語を収録)を発売、同年7月にはセイコー電子工業がカード英和「DF-310」(英和約6000語と訳語約1万2000語を収録)を発売して[32]、電子辞書市場に参入した。この頃には、収録語数だけは紙の辞書と同程度(数万語単位)にまで追いついた[25]が、依然として単語帳の域を出ないままだった。
第三世代(1990年 - 1995年):フルコンテンツ辞書の登場
CD-ROM辞書の開発から派生した携帯型の電子辞書として、ソニーから電子ブックプレーヤーの「DATA Discman DD-1」が1990年7月に発売された(詳細はCD-ROM辞書参照)。そして、日本で最初の本格的なIC電子辞書は、研究社とセイコー電子工業が1992年1月に発売したIC辞書「TR-700」で、研究社の『新英和・和英中辞典』の二冊の文字情報をすべて収録し、フルコンテンツ辞書と呼ばれた[21][25][32]。これ以降、電子辞書の主流はIC電子辞書へと移り[21]、そのIC辞書も主に使い勝手や形状の差から、フルコンテンツ型の本格派電子辞書と、スタンダード型と呼ばれる安価な簡易型電子辞書に二極化していく[25]。
第四世代(1996年 - 1999年):フルコンテンツ型の市場拡大
ICメモリと液晶ディスプレイの低価格化が進み、大型の液晶画面と複数の辞書を収録したフルコンテンツ型の電子辞書が登場し、日本国内のIC電子辞書市場が大きく成長し始めた[25]。また、ソニーのDD-ICシリーズ[33]のような、名刺ケース並みの大きさのフルコンテンツ辞書も登場した[25]。電子辞書の需要が増し、買い求める客層も拡大したが、この頃の電子辞書市場で主流を占めていたのは安価なスタンダード型だった[25]。
第五世代(2000年 - 2002年):収録辞書の拡充と品揃えの多様化
半導体価格の下落が加速したことと、電子化済みの辞書データが出版社から提供されることも増えたことから、一台に多くの辞書データを収録することが可能となり、何冊もの辞書を収録した製品が登場した[25]。以後、各社は競って収録辞書数を増やしていくようになる[25]。また、高校生から高齢者、女性まで電子辞書の利用者層が多様化していくのに応じて、それぞれの購買層に合わせた製品開発が行われるようになった[25]。これによって、様々なフルコンテンツ型の電子辞書が発売されるようになり、電子辞書市場はますます拡大した[25]。それとともに、市場の主流もスタンダード型からフルコンテンツ型へと移行していった[25]。
第六世代(2003年 - 2006年):辞書の多機能化
他社製品と差別化を図るため、各社とも特色ある機能を持たせた製品が開発されるようになる[25]。具体的には、音声発音機能、拡張メモリーカードによるコンテンツの追加機能、カラー液晶の搭載(業界初は2002年発売のシャープ「PW-C5000」)、手書き入力システムの採用などである[25]。収録されるコンテンツも、専門辞書、大型辞書、各国語辞書、百科事典などの辞書・事典にとどまらず、学習書や趣味・実用書なども盛んに収録された[25]。また、日本国内だけでなく、海外市場を見据えた製品開発もみられるようになった一方で、スタンダード型の市場は衰退していった[25]。
第七世代(2006年 - ):単なる辞書を超えた電子辞書
2006年頃から2010年頃にかけてはモノクロ液晶からカラー液晶に移る過渡期だったと考えられる[25]。そのほか、液晶ディスプレイの高精細化、手書き入力パッドやタッチパネル液晶の導入、多言語発音機能とテキスト読み上げ (TTS) 機能の搭載、動画コンテンツの収録、英語学習支援機能の搭載、ワンセグ機能の搭載など、多彩な特色を持つ製品が次々に開発された[25]。
しかしながら、スマートフォンの登場と辞書アプリの普及、およびインターネットの無料辞書サイトの台頭などにより、2008年以降は販売台数が右肩下がりとなった[21]。一方で、そのような苦境にあっても、高校生・大学生向けの学習用電子辞書の需要は健在である[21][34]。
現状
現状では、専用の小型筐体にQWERTY配列の物理キーボードと液晶ディスプレイを搭載し、本体に内蔵されたROMに辞書データを収録した、携帯型のIC電子辞書(電子辞書専用機)が主流である。
2017年現在は、辞書コンテンツを200冊収録した製品もあり、文字情報だけでなく、音声、写真、図表などのデータを収録したものも一般的になっている。画面は、廉価版モデルや発売年が古いものではモノクロ液晶のものも見られるが、バックライト付きのカラー液晶を搭載したモデルが主流であり、タッチパネル上にタッチペンで手書き入力が可能な機種も少なくない。イヤホンやスピーカーから、あらかじめ収録された外国語のネイティブ音声が聞けるものや、音声合成によるテキスト読み上げ機能 (TTS) を搭載した機種もある。専用のメモリーカードスロットやRAMを搭載した機種は、別売りの追加データカードなどを使用して、辞書コンテンツの入れ替えや追加が可能である。電源方式には、乾電池式、充電池式、USB給電式などがある。
代表的なメーカー
日本国内
- カシオ計算機(EX-wordブランドは1996年7月発売の「XD-500」から[35])
- キヤノン(wordtankブランドは1988年発売の「ID-7000」から[35])
- シャープ(Papyrusブランドは2005年8月発売の「PW-A8400」から[36]、Brainブランドは2008年8月発売の「PW-AC880/AC830」から[37])
- セイコーインスツル(DAYFILERブランドは2013年1月発売の「DF-X8000/X9000」から[38])
- ソニー(IC電子辞書)
ソニーは市場シェアの低迷や競争力の低下に伴い、2006年に電子辞書事業から撤退した[39]。セイコーインスツル (SII) も、2015年3月末に電子辞書事業から一旦撤退したが[40]、2016年4月にiOS向けの辞書アプリ市場 (App Store) に参入したことを発表した[41]。また、2017年現在、キヤノンは電子辞書の販売を続けているが、2013年以降は新製品の発表がない。
2021年における日本の有力家電量販店の販売実績を基に算定されたメーカー別数量シェアは以下の通り[42]。日本における電子辞書市場は寡占市場の一つである[43]。
順位 | メーカー名 | 年間シェア |
---|---|---|
1 | カシオ計算機 | 55.8% |
2 | シャープ | 29.9% |
3 | キヤノン | 14.3% |
市場規模
日本市場のIC辞書は、出荷台数と出荷額が共に2007年の281万台 / 463億円をピークに下がり続けており、2017年には最盛期の半分以下(101万台 / 177億円)となっている[44]。市場規模が縮小した背景には、少子化や、スマートフォンの普及と辞書アプリの充実があると考えられている。成熟した日本のIC電子辞書市場は、今後も一定の需要が見込まれている、小・中・高校生向け端末の開発にシフトしつつある[45]。
2018年には学習指導要領の改訂により小学5年生から「外国語活動」の時間が創設されたため、中心となる低年齢向けの英語学習に対応した電子辞書の販売数が増加し2007年のピーク以来初めて出荷台数が増加した[46]。
海外
日本国外の主な電子辞書メーカーを以下に挙げる[47]。
- アメリカ合衆国
- Franklin Electronic Publishers(1981年創業の老舗メーカー)
- Ectaco(多言語対応の翻訳者指向のメーカー)
- 中国
- 香港
- GSL (Group Sense Ltd.)(「快譯通 (Instant-Dict)」ブランド)
- 台湾
- 韓国
- iRiver(多機能・高価格帯電子辞書メーカー)
日本勢の海外展開としては、カシオ計算機が中国、韓国、アメリカ合衆国、ドイツ、フランスなど、シャープがイギリス、イタリア、ドイツ、中国、韓国など、セイコーインスツル (SII) が英国では「SEIKO」ブランド、米国では「Franklin」ブランドで、それぞれ製品を販売している[47]。
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- 1 電子辞書とは
- 2 電子辞書の概要
- 3 CD-ROM辞書
- 4 電子辞書専用機(IC電子辞書)
- 5 オンライン辞書
- 6 辞書アプリ
- 7 電子書籍端末の辞書機能
- 8 外部リンク
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