音楽家、ザビートルズトリビューター、エマーソンレイクアンドパーマー研究家としてとは? わかりやすく解説

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音楽家、ザ・ビートルズ・トリビューター、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(EL&P)研究家として

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/30 04:32 UTC 版)

パウロ鈴木。」の記事における「音楽家、ザ・ビートルズ・トリビューター、エマーソン・レイク・アンド・パーマーEL&P研究家として」の解説

9歳時にTV CM東芝家具調ステレオボストン」)を通じてビートルズの「レット・イット・ビー」を、11歳1972年10月8日)の時にヤング・ミュージック・ショー』(NHK)にてエマーソン・レイク・アンド・パーマー聴き深い感銘を受け、音楽家志す学生時代難波弘之結成したセンス・オブ・ワンダー結成ライブ・ツアー体験し現在のバンドGOMAWORLDの原型であるGOMAゴマ/護摩結成思い立つGOMA当時ブームであったヤマハ主催のバンド・コンテストの中部圏地区版MID LAND '82」にて特別賞獲得1986年劇団MOVEアンビエント作品初め提供しプロ音楽家としての活動開始1988年名古屋スター・クラブ六本木キャヴァーン・クラブ支店)にてデビューしプロのザ・ビートルズ・トリビューターとしての活動開始1990年、「音楽アトリエ」と自ら呼ぶ、英国風ライブバー「ラバーソウル」を神奈川県横浜市企画開業した国内外数多く音楽家たちの活動場所として現在も継続している。「最良機材揃えたライブハウス」や「アンプ配置こだわり抜いたため、音もいいと評判」など、幾度となく書籍紹介されている。 1992年ザ・ビートルズ誕生の地リバプールにあるビートルズ・ストーリーポール・マッカートニー50歳の誕生日記念するパーティーラバーソウル主催し現地新聞取り上げられる1992年ザ・ビートルズのカバー・バンドであるザ・ビートルースに加入1996年8月23日石川県行われたビートルズ音楽祭にザ・ビートルースとして出場し準優勝獲得。この音楽祭は、ザ・ビートルズプロデューサーであったジョージ・マーティン審査員務めたカバーするのが困難なア・デイ・イン・ザ・ライフ」を再現したザ・ビートルースの演奏ジョージ・マーティン夫妻大喜びさせ、ジョージ・マーティンから直々に受賞したこれを機にザ・ビートルースとして2枚アルバム(『マジカル・ドリーミー・ツアー』1997年、『エニシング・ニュー』1999年)をリリースし国内海外などで、話題アルバムとなった2000年ジャズ専門誌Out There』(プランニングハウス, 2000年1月2月合併号, p.17)の「ビートルースおおいに語る」で、ザ・ビートルースのロングインタビューが掲載された。 2001年4月14日、『ちょっとカルチャー 今も続くビートルズ熱』(NHKラジオ)でパウロ鈴木。インタビューとザ・ビートルースのセカンド・アルバム『エニシング・ニュー』から「マジカル・ミステリー・ツアー」と「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が放送された。 2001年頃からビートルズ研究家広田寛治薦めにより、ザ・ビートルズに関する執筆活動開始自身演奏家であることを生かしたザ・ビートルズ演奏解説楽器解説など、独自の視点から研究を現在も行っている。2002年からジョン・レノン・ミュージアムにて開催されていたバンド・コンテストの常任審査委員を、閉館2010年まで務め、ビートルズ・フォロワー育成努めた2003年ジョン・レノン・ミュージアムにてジョン・レノン追悼イベントWe Love ジョン・レノン フリーライブ企画国内の有名ビートルズ・フォロワーに加えてニューヨークから元アップル・アーティストのデビッド・ピール(David Peel)を招くことを想い立ちスタッフと共に実現したライブという音楽形態自由な楽しみ方提示した。この時のゲストは、松尾清憲パール兄弟廣田龍人であった2004年から2007年まで日本代表するポール・マッカートニー・プレイヤーとしての高い評価から、au着うたサービスで、ビートルズカバーしたパウロ鈴木。の歌と演奏配信された。 2005年、ザ・ビートルースとして、CDジャーナル主催「1966~その後ビートルズ~」に出演2005年8月25日宮永正隆主催するトークライブビートルズ大学」にて講義ビートルズ大学教授という肩書きを得る。。 2006年から東京タワー展望台にあるClub333 特設ステージ定期的に出演日本一高い場所でのザ・ビートルズ・カバー演奏である。 2006年9月18日鶴見区区制80周年横浜開港150周年プレイベント「すげーぜ・つるみ2006」にビートルースが出演鶴見区多文化代表として沖縄民謡韓国民謡、ブラジル民謡などの楽団共演。「鶴見拠点を置く、世界一ビートルズコピーバンド」と紹介される2006年12月9日ジョン・レノン・ミュージアム6時間にわたるジョン・レノン追悼ライブ「メモリアル・デイズ・ライブ」を主催難波弘之王様伊豆田洋之細井豊内海利勝ex キャロル)、カバーソウルらを招聘し、共演。この日はジョン・レノン命日1980年12月8日日本時間12月9日))であった2007年、グレゴリースズキという芸名で、『プログレッシブ・ロック入門』(河出書房新社 2007年)にて難波弘之協力のもと、プログレ史とEL&Pについて執筆収録記事髙嶋政宏難波弘之対談の場所として、ラバーソウル使われた。 2007年3月17日英国政府観光庁主催した1年にわたる企画英国幸福論」の一環で、パウロ鈴木。としてライブ出演し、ザ・ビートルズカバー演奏2008年2月17日、「英国幸福論フィナーレでザ・ビートルースとしてライブ出演し、ザ・ビートルズカバー演奏2008年2月24日、『サンデー・スペシャル・プログラム 英国幸福論 イン丸ビルTOKYO FMフィナーレライブ演奏放送された。他の出演者は、サーカス加藤和彦土屋昌巳Le Coupleであった2008年2月29日英国政府観光庁庁舎にて執り行われた、「英国幸福論関係者への感謝祭パーティーパウロ鈴木。招待された。 2008年4月13日ナゴヤドームにて開催された「アクティブシニアフェア」にザ・ビートルースとして出演。この時の共演者は、ビリーバンバンであった2008年7月12日ジョン・レノン・ミュージアムで「英国ナショナル・トラストザ・ビートルズ2つの家」 イベント出演ナショナル・トラスト管理しているリバプールにあるジョン・レノン育った家(251 Menlove Avenue)とポール・マッカートニー育った家(20 Forthlin Road)を紹介するイベント後段で、ザ・ビートルズカバー演奏した2008年12月8日BBC World Newsで、パウロ鈴木。演奏放送された。 『大人ロック2009年夏号で、内海利勝ex キャロル)にインタビューした記事掲載される。(68ページ2010年1月、『パフォー!』(NHK)のプログレ復興企画にてGOMAがBest4入りした。 2010年10月難波弘之協力のもと、「パウロ鈴木。& GOMAWORLD with 難波弘之」を結成2013年3月21日EL&Pメンバーであったキース・エマーソン自伝キース・エマーソン自伝』のプロモーション・ビデオにてキース・エマーソン本人共演ジャム・セッション収録撮影する未発表のままである2014年8月30日、『THE BEATLES 10』(ラジオ日本)に司会カンケ依頼により出演ポール・マッカートニーベース奏法45分にわたり講義した2015年パウロ鈴木。所有するポール・マッカートニーと同じ型式ヴァイオリンベースヘフナー・500-1」が書籍紹介された。 2015年3月、『THE BEATLES 10』(ラジオ日本)のエンディングテーマ「ビー・テンダー」でベース担当する2015年4月21日パウロ鈴木。& GOMAWORLD with 難波弘之として『GOMA WORKS / ゴマ・ワークス』(2015年, ラバーソウルレコード)をリリース。帯には、"Brilliant play backwards and forwards. Sukrat! Sukrat!"(前進でも後進でも素晴らしい!スクラットじゃ!)とキース・エマーソンコメント寄せた。「あの熱い想いる!濃密な固まり感は、ワケ知ってる人でなければ、けして出せない、この感じ」とサエキけんぞう本作コメント寄せた2015年7月、『THE BEATLES 10』(ラジオ日本)の10周年記念して非売品CDリリースされた。パウロ鈴木。ベース参加した「ビー・テンダー」が収録されている。 2016年11月パウロ鈴木。& GOMAWORLD with 難波弘之としてMini Japan Tour敢行11月20日横浜ハートソウル11月23日大阪SOMA11月25日名古屋ell.FITSALL11月26大阪THERD STONEにてトークライブ共演者漫画家浦沢直樹)を行った2016年12月26日この年亡くなったキース・エマーソンへの追悼として、『GOMA WORKS Vol.2』(2016年, ラバーソウルレコード)をリリース2017年3月、『THE DIG Special Edition エマーソン、レイク&パーマー』の特集記事で、難波弘之対談EL&Pへの難波弘之の熱い思い引き出水先案内人役割勤めた2018年3月キース・エマーソン/グレッグ・レイク 2大巨匠に捧ぐ 「平和と月の裏庭」 GOMA WORKS Vol.3』(2018年, ラバーソウルレコード)をリリース2018年11月、『キース・エマーソン捧ぐ GOMA WORKS Vol.1&2 remix+6』(2018年, ラバーソウルレコード)。デビューアルバム第2作目2枚組ボーナストラック追加して再リリース2019年4月7日、『おしゃれイズム』(日本テレビ放送網)で「ジョージ・マーティン認められバンドベーシスト」として紹介される自身経営するライブハウスラバーソウル」へ俳優安田顕藤木直人訪れ、ともにビートルズ談義を行う。この際ビートルズに関するお宝として、「1980年留置所ポール・マッカートニー看守のために書いたサイン」等を紹介した2020年3月、『東京ビートルズ地図』の首都圏ビートルズ味わえお店として、ラバーソウルレコードが掲載された(12ページ2020年12月8日パウロ鈴木。& GOMAWORLD with 難波弘之として『GOMA WORKS Vol.4 / ゴマ・ワークス~ビーチ・ラブ』(2020年, ラバーソウルレコード)をリリース2021年5月22日パウロ鈴木。音楽担当した映画「ほうきに願いを」(監督・脚本五藤利弘)が栃木県鹿沼市にてお披露目公開2021年8月27日パウロ鈴木。GUEST:難波弘之 w/秀幸 天野マリアとして『ゴマ・ワークスVol.5 ~映画「ほうきに願いを」~ サウンドトラック&アンビエント・マスターズ』(2021年, ラバーソウルレコード)をリリース本作が、映画音楽デビュー作品である。 2021年11月、”Zoom Japan”(仏)マガジンパウロ鈴木取り上げられた。インタビューアーは、Gianni Simone氏。 2021年12月10日パウロ鈴木。& GOMAWORLD with 難波弘之として『GOMA WORKS Vol.6/ クリマス・アルバム』(2021年, ラバーソウルレコード)をリリースNHK横浜放送局より「はま☆きら!」FM出演しポール・マッカートニーベース奏法について実演講義。「サンタやって来るヤァヤァヤァ!」がオンエアーもされた。

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