歴代首相と公邸との関わり
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内閣総理大臣 現職岸田文雄第2次岸田内閣就任日:2021年11月10日 歴代の首相と内閣歴代内閣総理大臣内閣(歴代) 首相が使用する施設や機材首相官邸首相公邸政府専用機内閣総理大臣専用車 首相を補佐する人々内閣官房長官(歴代)内閣総理大臣補佐官内閣総理大臣秘書官(内閣官房) 内閣を組織する人々副総理国務大臣、副大臣内閣官房副長官大臣政務官内閣官房副長官補内閣法制局長官内閣法制次長 首相関連の用語首班指名選挙内閣総理大臣臨時代理内閣総理大臣臨時兼任班列と無任所大臣内閣総理大臣の辞令内閣総理大臣夫人 首相関連の表彰内閣総理大臣杯内閣総理大臣顕彰国民栄誉賞 表 話 編 歴 首相在任居住出来事田中義一 1927-1929 公邸 1929年(昭和4年):旧官邸と旧公邸が竣工、首相が公邸住まいになる。 濱口雄幸 1929-1931 公邸 1930年(昭和5年):東京駅で濱口が狙撃されて重傷、四ヵ月にわたって公邸に引き籠り療養に専念する。 若槻禮次郎 1931 公邸 犬養毅 1931-1932 公邸 1932年(昭和7年):五・一五事件。犬養が青年将校により官邸で射殺される。葬儀は官邸大ホールで行われる(旧官邸では唯一の例)。 齋藤實 1932-1934 公邸 岡田啓介 1934-1936 公邸 1936年(昭和11年):二・二六事件。官邸にて岡田の義弟・松尾伝蔵が首相と誤認されて青年将校により射殺される。また、公邸も反乱兵によって荒らされる。 廣田弘毅 1936-1937 私邸 林銑十郎 1937 私邸 近衞文麿 1937-1939 私邸 1937年(昭和12年):杉並区荻窪の近衞の私邸「荻外荘」が政治の舞台になる。 平沼騏一郎 1939 私邸 阿部信行 1939-1940 私邸 米内光政 1940 私邸 近衞文麿 1940-1941 私邸 1940年(昭和15年):「荻外荘」が再び政治の舞台となる。 東條英機 1941-1944 私邸 小磯國昭 1944-1945 私邸 鈴木貫太郎 1945 私邸 1945年(昭和20年):終戦の日の官邸襲撃事件が起り、鈴木の自宅も襲撃される。 東久邇宮稔彦王 1945 私邸 幣原喜重郎 1945-1946 私邸 吉田茂 1946-1947 (公邸) 1947年(昭和22年):芝白金台の旧朝香宮邸を外務大臣公邸とし、総理兼外相の吉田がこれを首相公邸として使用する。 片山哲 1947-1948 私邸 芦田均 1948 私邸 1948年:片山内閣に外相として入閣し、首相になってからも吉田と同じように外相を兼任した芦田は、吉田とは違って外相公邸には近づこうともしなかった。 吉田茂 1948-1954 (公邸) 1948年(昭和23年):吉田が外相公邸を再び首相公邸として使用。1950年(昭和25年):旧朝香宮邸を迎賓館として整備するため民間に払い下げる。以後吉田は自宅に住まう。 私邸 鳩山一郎 1954-1956 私邸 1954年(昭和29年):文京区音羽の鳩山の自邸「音羽御殿」が政治の舞台になる。 石橋湛山 1956-1957 私邸 岸信介 1957-1960 私邸 1960年(昭和35年):60年安保で官邸がデモ隊に包囲され岸がカンヅメに。6月23日新安保条約の批准書が旧外相公邸で交換され発効する。 池田勇人 1960-1964 私邸 1963年(昭和38年):公邸改修工事開始。 佐藤榮作 1964-1972 私邸 1968年(昭和43年):公邸改修工事完了、佐藤が公邸に移り住み、首相として32年ぶりの公邸住まいになる。1970年(昭和45年):70年安保で官邸がデモ隊に包囲され佐藤がカンヅメに。 公邸 田中角榮 1972-1974 私邸 文京区目白台の田中の自邸「目白御殿」が政治の舞台になる。 三木武夫 1974-1976 公邸 1974年(昭和49年):「クリーン三木」を掲げて官邸入りした三木は、前任者との違いをアピールするため迷わず公邸住まいを選ぶ。 福田赳夫 1976-1978 私邸 大平正芳 1978-1980 私邸 鈴木善幸 1980-1982 私邸 中曾根康弘 1982-1987 公邸 1982年(昭和57年):中曾根は官邸機能強化への地ならしとして任期中の5年間を通じて公邸で暮らす。1987年(昭和62年):官邸の建て替えを閣議決定。 竹下登 1987-1989 私邸 宇野宗佑 1989 公邸 海部俊樹 1989-1991 公邸 ホテルオークラのスイートルームを自宅代わりに使用 宮澤喜一 1991-1993 私邸 細川護煕 1993-1994 公邸 羽田孜 1994 公邸 羽田内閣は、内閣不信任決議案が可決される公算が大きくなったことから総辞職。羽田はこの日の朝公邸を出ると二度そこには戻らず、代わりに数日後戻ってきた総理は村山だった。 村山富市 1994-1996 公邸 橋本龍太郎 1996-1998 公邸 小渕恵三 1998-2000 公邸 1999年(平成11年):新官邸の建設が始まる。2000年(平成12年):小渕が脳梗塞を発症して公邸で倒れて執務不能となり、順天堂大学医学部附属順天堂医院に搬送される。 森喜朗 2000-2001 公邸 小泉純一郎 2001-2006 公邸 2002年(平成14年):新官邸が完成。小泉が旧官邸を出て、仮公邸となった品川区東五反田の内閣法制局長官公邸に移り住む。2003年(平成15年):旧官邸の移動改装工事が始まる。2005年(平成17年):新公邸が完成、小泉が移り住む。 仮公邸 公邸 安倍晋三 2006-2007 公邸 福田康夫 2007-2008 公邸 麻生太郎 2008-2009 公邸 当初は衆議院総選挙後の入居を公言していたが、2009年(平成21年)1月19日に自宅から公邸へ引っ越している。 鳩山由紀夫 2009-2010 公邸 公邸内の改修などもあり、政権発足43日目の2009年(平成21年)10月28日に引越し。 菅直人 2010-2011 公邸 2010年(平成22年)6月19日に引越し。政権発足後12日目の引越しは比較的短期間である。 野田佳彦 2011-2012 公邸 2011年(平成23年)10月1日に引越し。 安倍晋三 2012-2020 私邸 2013年(平成25年)1月14日に政権発足後初めて公邸に入る。同月末に、入居のための改装工事が行われた。第2次内閣以降は入居せず、国会会期中など短期の公邸滞在を除き、渋谷区富ヶ谷の別宅から通勤していた。夜の会食等で公邸を利用し、そのまま宿泊する場合も多かった。 菅義偉 2020-2021 議員宿舎 当初は公邸への入居を検討中としていたが、2021年(令和3年)1月25日の衆議院予算委員会で公邸に入居しないことを明言し、港区赤坂の衆議院議員宿舎から通勤していた。 岸田文雄 2021- 公邸 就任から約2ヶ月の間は港区赤坂の衆議院議員宿舎から通勤していたが、2021年(令和3年)12月11日に公邸へ入居した。
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