培地組成
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/07/07 07:56 UTC 版)
ハイポネックス基本培地(狩野、1976年) 微粉ハイポネックス 3 g ショ糖 35 g 寒天 15 g 水 1000ml pH 5.0前後に調整 注1:寒天は酸性領域で加熱すると加水分解し、固化が阻害される。発表時の処方ではpHが低いため寒天が多めに添加されているが、中性に近いpH領域では寒天8g程度でも問題なく固化する。好適なpHは植物によって異なるので、pHに応じて寒天の量を調整することが望ましい。(一般には、培地はある程度柔らかいほうが生育は良好になる。) 注2:温帯地域産の地生蘭など、一部の植物ではハイポネックスおよびショ糖の濃度を、基本の2分の1から3分の1にした希釈培地のほうが順調に発育する。 デンドロビウム無菌播種用(狩野、1976年) 微粉ハイポネックス 3 g リンゴジュース 100ml ショ糖(総糖濃度で、ジュース中の糖分も含め) 35 g 寒天 15 g 水 900ml pH 5.0 前後に調整 注3:着生蘭の多くは実生生育初期にナイアシンの生合成系が欠如しており、ナイアシンが培地に含まれていないと発育が抑制される。その他の有機物の必要性は研究者によって結果が一致していないが、果汁などの天然素材を添加することで著しい生育促進効果が得られる事例は、多くの生産現場において経験的に確認されている。 ただし天然素材は有効成分および含有量が一定でなく、使用材料の差異によって生育差が生じることは避けられない。また同一種でも、個体差や発育段階の違い、あるいは未熟種子と完熟種子では最適な添加物・培地濃度が異なるため、上記の処方内容は絶対的な指標とはなりえない。 またナゴランではリンゴジュースより柑橘類のジュースのほうが生育良好であるなど、培養対象によって好適な添加物が異なることが報告されている。培養対象と添加物の組み合わせによっては、添加物を入れることでむしろ生育が阻害される場合もある。 注4:果汁は酸性なので、混入すると寒天の固化を阻害する。そのためアルカリを加えてpHを調整する必要があるが、調整に使用する薬品成分も培地中に追加されてしまう点に留意する。果汁の代わりに、pHに影響を与えにくい ジャガイモ角切り、 バナナ果肉角切りなどを培養容器に入れ、煮溶かした培地を注ぎ入れてから滅菌するなどの手法がとられる場合もある。 コチョウラン(Phalaenopsis属)用(市橋、2006年) 微粉ハイポネックス 2 g 硝酸アンモニウム 1 g ジャガイモしぼり汁 100g ペプトン 2 g ショ糖 20 g ゲルライト 3 g 水 900ml pH 5.6~6.1 に調整(原注:品種によって好適pHは異なる) 注5:この処方では固化剤として寒天でなくゲルライト(ゲランガム)が使用されている。ゲルライトは寒天に比べて透明度が高いため培養対象の観察に適し、不純物が少ないことから培養においても好結果が得られる場合が多いとされる。ただしゲルライトのゲル強度は培地中の2価イオン濃度に比例する(大橋ら、1986)ので、無機塩濃度の低い希釈培地は固化できない。また培養対象が無機塩を吸収すると培地は液化する。ハイポネックス培地では部分的に固化しやすく均一に混じりにくい傾向もある。 注6:コチョウランの場合、微粉ハイポネックス培地では地下部はよく発達するが、地上部の発育が良くない。培地中のアンモニア態窒素、およびアミノ酸等の有機態窒素の比率を高めることで地上部がより発達し、地下部の伸長は抑制される。(以上市橋原注) なお、培地中の「硝酸態窒素:アンモニア態窒素:アミノ酸等の有機態窒素」の最適混合比・最適濃度は植物によって大きく異なる。アンモニウムイオンは根の伸長を阻害するため、(細菌による分解吸収・土壌吸着などの無い無菌培養下では)培養対象の好適濃度を超えていると、地下部の発達が極端に抑制されたり、枯死する場合もある。 注7:根を形成する以前の幼若なコチョウランでは、ジャガイモを添加する場合には活性炭を加えないほうが生育が良い。ジャガイモの代わりにバナナ(100 g/l)を使用した培地では生育が不良となるが、活性炭を同時添加するとジャガイモ以上の発育促進効果が得られる。 スズムシソウ無菌播種用(及川、1988年) 微粉ハイポネックス 1. 5 g ショ糖 15 g 寒天 7 g バクトトリプトン 0. 5 g バナナ 30 g ジャガイモ 30 g 活性炭粉末 1 g 水(たして全量で) 1000 ml pH 5.6~6.4 に調整 (及川原注:上記にMurashige and Skoog培地用の微量要素、およびフミン酸 50 mg/l も添加するとよい) 注8:微量要素は、通常は天然素材に含まれる量だけで必要量が満たされる。MS培地用の微量要素は比較的高濃度のため、低濃度の培地に所定量を追加すると、むしろ生育阻害をおこすことがある。 注9:上記処方では寒天7gとなっているが、市販の製菓用寒天などには凝固力がやや劣る商品もあり、8g以上添加しないと固化しない場合がある。 注10:元処方ではバナナ、ジャガイモをつぶして混入しているようだが、その場合は培地の粘性が上昇して加熱滅菌中に激しく泡立ち、培養容器の通気フィルターを目詰まりさせて容器が破裂することがある。 これを避けるためバナナ、ジャガイモを角切りにして混入した場合に、生育差が生じるか否かについては報告されていない。 注11:ビタミン、アミノ酸類、バナナ、ジャガイモなどの有機素材は培地組成との組み合わせによって、あるいは培養する植物種によっては添加により生育を阻害することがある。一例としてサギソウでは有機添加物を加えると生育阻害を生じる系統が多いので、単純な基本培地を使用したほうが失敗が少ない。なお、サギソウでは基本培地の糖濃度のみ10g/lに制限すると、新球根の肥大が良好になるという報告もある。 注12:複雑な天然有機物を添加した培地では、前述のように活性炭を添加した場合と添加しない場合で、他の成分が同一でも著しい生育差が生じる場合がある。同一種でも品種や系統によって差異が認められるので、培養データの無い品種では組み合わせを変えた培地で比較検討してみることが望ましい。 ツレサギソウ属 無菌播種用(山本、2010年) 微粉ハイポネックス 1~1. 5 g ショ糖 10~15 g 粉末寒天 8 g 混合アミノ酸粉末(ビタミンB群、ナイアシン添加) 300 mg ジャガイモ5mm角切り 1個/培地5ml(滅菌前に培養瓶に投入) 活性炭粉末 1 g 水 1000ml pH 6.0 に調整 注13(山本原注):一般には培地用のアミノ酸源としてペプトン類が使用されることが多いが、この処方では市販の(ネット通販で容易に入手できる)スポーツ選手用のビタミン入りアミノ酸サプリメントで代用している。市販品には代謝に利用されにくいアミノ酸だけを配合した商品や、塩分、糖分などが含まれている場合もあるので、成分表を確認してから使用する必要がある。なお、初発表時に使用していた粉末アミノ酸サプリメントは発売休止になっており、現在はアミノ酸サプリメント錠剤(ビタミンB群含有)を乳鉢で粉末にし、薬局で取り寄せたナイアシンを添加して使用している。 注14:培地へのアミノ酸添加の効果については報告例が数多くあるが、対象種によって、あるいは同一種であっても促進的か阻害的か、研究者によって結果は必ずしも一致していない。傾向としては一種類のアミノ酸の単一添加よりも、カゼイン加水分解物などのアミノ酸複合物のほうが効果的とされている例が多い。単一添加では他のアミノ酸の合成がフィードバック的に抑制されたり、生育段階により異なる種類のアミノ酸が必要になる可能性もある。 欧州産地生蘭・無菌播種用(山本、2012年) ハイポネックス ハイグレード・開花促進(窒素0-リン酸6―カリ4) 0.3ml ショ糖 10g 粉末寒天 8g 混合アミノ酸粉末(ビタミンB群、ナイアシン添加) 300mg ビール酵母粉末 500mg ジャガイモ5mm角切り 1個/培地5ml(滅菌前に培養瓶に投入) 活性炭粉末 1g 水 1000ml pH 7.5 に調整 注15(山本原注):ヨーロッパ産のOrchis属、Ophrys属などの地生蘭の無菌播種では、培地に硝酸態窒素が含まれていると発芽率が低下する。そこで窒素肥料を含まない液体肥料に、窒素源としてアミノ酸、およびその同化に必要となるビタミン類を加えて作成した処方である。緑化・発葉後には硝酸還元酵素の活性が上昇し、ある程度の硝酸態窒素が存在しているほうが生育が良くなるとされており、移植培地では「ハイグレード・開花促進」の一部を「ハイグレード・洋ラン」(窒素6-リン酸6―カリ6)に置き換えたほうが生育が良好になる傾向が認められた。しかし育成培地におけるアンモニウムイオン・硝酸イオン・アミノ酸の最適比については十分に検討できていない。植物体が生長してくるにつれ栄養分の吸収速度が上昇し、培地濃度が低下しやすくなるので、生育と共に無機塩および糖濃度を若干上昇させた培地に移植していく。 注16(山本原注):成株がアルカリ土壌を好むため、培地も酸性域にすることを避けているが、最適pHについては検討していない。 中性~アルカリ領域では鉄イオンが不溶性のFe(OH)3を形成し、鉄欠乏をひきおこすため培地は基本的には酸性にするべきとされている。 エチレンジアミン四酢酸などでキレート化された鉄が配合されている場合は鉄欠乏はおきにくいが、pH6.85以上では一部の鉄イオンに不溶化が生じる。
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