"Method"と特許
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/17 06:31 UTC 版)
「IMRAD」の記事における「"Method"と特許」の解説
方法の開示自体を目的とした(少なくとも建前上の目的とした)文書としては、特許文献がある。 論文の"Method"と特許の関係は、法的な意味では極めて複雑であるが、本節では、主に特許文献と"Method"について、単に実験方法の開示手段という観点から比較する。なお、特許の構成の詳細そのものについては、に解説を委ねる。 論文におけるMethodの目的は、実験方法を開示することによって、実験結果の妥当性などを主張することであるが、特許では、実験方法を開示することによって、他人が自分のアイデアを真似したか否かを(法的に)判定することが目的である。 論文の“Method”の項目が、装置構成そのものの説明、実験手順の説明及びその妥当性や装置構成の詳細、測定原理の妥当性については、軽く触れるにとどめるのと対極的に特許文献は、そのほとんどを装置構成の特徴付けに費やす。 特許文献の構成について、大まかに説明する。 新しい装置や道具に関する発明に関しては、実施例において、 構造、構成の説明 動作、操作手順の説明 効果(従来に比べよくなった点、新たにできるようになった点) を説明する。 新しい反応プロセス、工業化学的産物等に関する発明に関しては、実施例において、 実験器具のリストアップと、仕様の説明 実験に用いた試薬のリストアップ 実験手順の説明 効果(従来に比べよくなった点、新たにできるようになった点) を説明する。 このように、特許文献においては、装置の構成や、実験手順等、論文においてはMethodの部分に記載されるべき事柄に極めて多くの分量を割いている。また、図面は装置の構造や構成を説明することに注力されるため、ある程度機械図面(論文では殆ど見かけない)に関する知識がないと内容が理解しきれない場合もある(例えば西村に記載程度の知識が必要)。 また、特許文献では、実施例に記載の内容を抽象化して、「アイデア」を「他の人が真似したか否かを判定すること」を目的とした請求項が作成される。請求項には、実施例に記載の内容を実現する上で必要な要素のうち、新しい事柄(装置の新しい特徴、手順の新しい特徴、旧来からあるものの間の新しい組み合わせ(例: 鉛筆の後ろに消しゴムを付けた)等)をまとめる。 ただし、特許文献においては、実施例の定量的実効性はあまり重要視されていないという傾向がある。つまり、「効果」の部分は、「非常に改善した」などといった、定性的な言い方となる傾向があり、定量化を明確に行っていない場合や、データそのものが模式的(XXの結果を模式的に示す等と記載されている場合もある)な場合もある。また、本当に実施したかどうか怪しいとされる実施例もある。 特に、実施可能性の理論的な判断に比べ、実施が非常に難しい場合(例えば人工衛星の新機能等)は、実施例とはいっても、実施していなくても権利化に支障がない場合もある。総じて、実施可能性の理論的な判断と、それを裏付ける模擬的な実験、理論検討、精度の低いシミュレーション等のみで、論文の常識で考えられるよりも大きな「問」に対する「解」を提示できるのが特許の特徴である。 そのようなことになっている理由は、「特許出願前に、何らかの情報を外部に公開してしまった場合、例えそれがアイデアだけであったとしても公知とされる(自分のアイデアであろうがなかろうが)」可能性が極めて高いことがある。研究開発には巨額の投資が必要であるが、外部から投資を呼びこむための情報開示により、知的財産権が無効化されないようにといった、権利上の問題がある。実際「Aという装置を作るから投資をしてください」というに投資の呼びかけを公表する前に、特許(模擬実験や理論検討、シミュレーション等を根拠とすることが多い)を抑えていないと、公募のアナウンス自体が公知例となり、新製品の開発が成功しても特許が無効化される可能性がきわめて高い。 総じて、特許の世界には「正しくなく、産業応用ができないものに関しては、特許として実際の価値はなく、従って他人の権利を侵害しないから無意味な文章であり、誰も気にしない」という特許の世界の暗黙の了解が存在する。また、請求項は、現実には不可能な項目をカバーしていてもよいため、非現実的な項目が含まれている場合もある。例えば、「対角線の長さが数十ミリメートルで、断面形状が正多角形であることを特徴とする鉛筆」という請求項があった場合には、当然断面形状が二万角形の鉛筆も前期の請求項でカバーされるが、そのような鉛筆は現状の技術では作ることが出来ない。特許文献を研究の参考とする場合、あるいはMethodに引用する場合には、この点に注意すべきである。 特許には、審査官による審査という過程があるが、審査の目的は、あくまで法的な観点(新規性の有無、法律文書としての体裁)であり、審査は、科学的な意味での妥当性そのものを保障するものではない。また、審査の拒絶も、審査官とのコミュニケーション手段であるため、ほとんどの特許が一旦は拒絶される。これは、学術的、技術的に重要な特許であっても同様である。さらに、「他社に権利を抑えられたくない(単に公知にしておけばよい)」ものや、製品化に失敗したものについては、学術的な価値によらず審査請求をしない場合もある(費用節約のため)ため、審査の有無、拒絶の有無は、学術的な観点から見た場合は参考程度と考えた方が良い。 特許と論文とでは、目的が大きく異なり、妥当性の判断基準も大きく異なることから、特許と論文の「二重投稿」は、二重カウントとはしない方向に舵が切られつつある。論文を特許よりも先に提出した場合、後に特許として権利化する場合に支障となる可能性が出てくる。一応、日本国内での出願に限れば論文発表後、学会発表後に特許を出したとしても、新規性の喪失に対して一定の救済策が望めるケースもあることにはあるが、国外も含めた権利取得(PCT出願等)を視野に入れた場合、論文投稿、学会発表以前に特許を出願しておかなければ著しく損を被る可能性が高いため、特許を取得する必要がある可能性があれば、特許を出してから論文を出すべきであるというのが、知的財産の観点からの常識である。 下表に、有名手法に関する特許であり、論文公開の直前直後に関連特許が出願されているものの一例を挙げる。特許には各国への移行による出願がなされることがあるため、日本へ移行した文献があれば、同一発明に対する英文の明細書と和文の明細書を並べて見られるため、ある種の「対訳」を見ることができよう。なお、他の重要発明の一覧を見たい場合には、例えば国立国会図書館の特集記事や、特許庁作成の技術分野別特許マップを参照されたい。 表4: 有名な手法に関する特許の一例 項番内容特許番号 (US/EP)特許番号 (JP)分野関連論文参考資料1 ポリメラーゼ連鎖反応 US4683195 特許2622327 分子生物学 関連論文は、例えば以下の通り。Mullis, K. B.; Faloona FA.;(1985). "Specific synthesis of DNA in vitro via a polymerase-catalyzed chain reaction." Methods Enzymol. 155 : 335-50. PMID 3431465. Saiki, R. K.; Scharf, S.; Faloona, F.; Mullis, K. B.; Horn, G. T.; Erlich, H. A.; Arnheim, N. (1985). "Enzymatic amplification of beta-globin genomic sequences and restriction site analysis for diagnosis of sickle cell anemia." Science 230 (4732): 1350-1354. PMID 2999980. 以下の調査資料を参照のこと。 2 走査型トンネル顕微鏡 US4343993 なし 物性物理学 関連論文は、例えば以下の通り。G. Binnig, H. Rohrer, Ch. Gerber, and E. Weibel, Appl. Phys. Lett., Vol. 40, Issue 2, pp. 178–180 (1982) G. Binnig, H. Rohrer, Ch. Gerber, and E. Weibel, Phys. Rev. Lett. 49, 57 - 61 (1982) G. Binnig, H. Rohrer, Ch. Gerber, and E. Weibel, Phys. Rev. Lett. 50, 120 - 123 (1983) 以下の調査資料を参照のこと。 3 CT US4115698 特公昭55-023616 放射線、画像処理 関連論文は、例えば以下の通り。Hounsfield GN; Computerised transverse axial scanning (tomography) I. Description of system. Br J Radiol 46: 1016-1022, 1973. A. M. Cormack; "Representation of a function by its line integrals, with some radiological applications" J. Appl. Phys. 34, 2722-2727 (1963) (同時にノーベル賞を受賞した他のグループの論文) 以下の調査資料を参照のこと。 4 ブーム法 US5234809 , EP0389063 特開2001-78790 分子生物学 関連論文は、例えば以下の通り。 R Boom, C J Sol, M M Salimans, C L Jansen, P M Wertheim-van Dillen and J van der Noordaa;"Rapid and simple method for purification of nucleic acids."J. Clin. Microbiol. March 1990 vol. 28 no. 3 495-503 以下の調査資料を参照のこと。 5 青色ダイオード US5433169 特許2628404号(いわゆる404特許) 半導体工学 関連論文は、例えば以下の通り。 S. Nakamura, Y. Harada, and M. Senoh, Appl. Phys. Lett. 58, 2021 斉藤に、上記論文の部分訳と解説が記載されている。 以下の調査資料を参照のこと。 6 IPS細胞 US8048999 特願2007-550210 細胞生物学 関連論文は、例えば以下の通り。 マウスiPS細胞関する論文 ヒトiPS細胞に関する論文 【参考】上記2論文の対訳が、以下の書籍に記載されている。 西川伸一(翻訳)、ニシカワ&アソシエイツ(翻訳)「山中iPS細胞・ノーベル賞受賞論文を読もう―山中iPS2つの論文(マウスとヒト)の英和対訳と解説及び将来の実用化展望」一灯舎(2012年12月) 日本学士院賞受賞理由 に上記2研究を含む研究の概略が記載されている。 以下の調査資料を参照のこと。 より、ターゲットを絞った特許の検索は、日本の場合は特許庁のHPから、米国特許の場合は米国特許商標庁あるいはグーグルパテントから調べられる。Review of scientific instrumentsのような、装置専門の雑誌に詳細が記載されている場合もある。また、装置メーカー等の発行するカタログやマニュアルに詳しい説明が書かれている場合もある。現状、装置構成自体を最も詳しく説明している文献は、特許文献である。参考までに、特許文献の大まかなストラクチャーを述べると、「Aという目的を達成するためにBという装置を発明した。装置Bは、構成要素C1, C2, ... ,Cnを、図Dに示すように配置 / 組立したものである。この装置Bに対し、Eを行うと、現象Fが生じる。現象Fにより目的Aが達成される。」となる。特許とMethodの関係については、後述の「特許とMethod」の項目で詳述する。
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