戦術
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/06 21:02 UTC 版)
戦闘陣
戦闘陣(Combat formation)とは戦闘部隊は組織的な連携を維持しながら作戦するための部隊の態勢である。基本的な戦闘陣には横隊と縦隊がある。横隊は戦闘正面を横に広く持つように部隊が展開する戦闘陣であり、火力を最大限に発揮するために基本的な攻撃・防御の際の戦闘陣として採られる。しかし部隊が幅広く展開すると機動速度が低下し、相互の連携が悪化しやすい。縦隊は戦闘正面をある程度限定した縦深性を持つ戦闘陣である。配置換えが容易であり、移動するための戦闘陣として採られる。
また、古代 - 近世にしばしば採られた戦闘陣として、劣勢の攻撃で採る斜行陣・鈎形陣、劣勢の防御で採る円陣などがある。斜行陣は片翼だけに戦力を集中的に配する戦闘陣である。鈎形陣は横隊の一翼に縦隊の部隊を配する戦闘陣である。円陣は全方位に対する警戒と防御を行う円形の戦闘陣である[21]。
部隊行動
攻撃
攻撃(Attack)は積極的に敵を求めてこれを撃退・撃破・撃滅[22]する戦闘行動である。準備時間によって応急攻撃・周密攻撃、形態によって戦果拡張・追撃、機動方式によって迂回・包囲・突破、時間によって昼間攻撃・夜間攻撃・黎明攻撃・薄暮攻撃などに区分される(攻撃を参照)[23]。攻撃はその役割から主攻と助攻があり、主攻は主力によって行われる攻撃であり、助攻は支隊によって行われる主力を支援するための攻撃である。攻撃の基本は突撃にある。突撃とは正面攻撃であり、敵戦力に接近して火力を以って攻撃して攪乱し、撃退・撃破・無力化することを目的として行う攻撃である。これに引き続いて突破機動が行われる。
防御
防御(Defense)は敵の攻撃を破砕して時間的猶予を得る戦闘行動である。攻撃に耐えるだけではなく、戦機を捉えて攻撃転移を行い、逆襲で敵を撃退させることが一般的である。形態によって陣地防御・機動防御がある。陣地防御は敵戦力が攻撃してくる前に地形を活用した部隊配備を行い、一部は築城を行い、銃座を設け、武器弾薬を準備しておき、敵戦力の攻撃を迎え撃つ防御である。また陣地防御において、位置的な優位を確保するために築城を行い、戦闘陣地を築くことは非常に重要である。陣地を構築すれば、兵士の身体を隠蔽、掩蔽し、より安全に戦闘を遂行することができる。さらに、同時にそれぞれの射撃地点を効果的に攻撃できるように、射撃区域を設定した上で設置しなければならない。機動防御とは固定的に部隊を配置するのではなく、敵戦力の不利な状況において適時適所に部隊を機動させて側面を攻撃し、動きの中で敵の攻撃を破砕する防御の基本である(防御を参照)[24]。
後退
後退とは現状を改善、もしくは状況の悪化を阻止することを目的として後方に移動、または敵戦力から離れることである。後退行動は遅滞、離脱、離隔に三分されている。遅滞は戦力が充足していない場合に敵戦力を誘導することであり、離脱は陣地を修正して部隊を再配置することであり、離隔は接敵していない部隊を後方へ移動させることである(後退を参照)[25]。
その他
主力と支隊は部隊の規模的な役割であり、支隊は主力から離れて別動隊として行動する。行軍(March)とは部隊が自らの機動力で移動することであり、しばしば矢印で記される。行軍はその警戒度にあわせて機動速度や部隊の隊形を変換する。宿営(Camp)とは人員がその場に留まって休養をとることであり、全方位に対する防御を準備して円陣を採る。延翼とは部隊の翼を広げて敵の包囲や迂回を防ぐことである。増援(Reinforcement)とは戦闘中の部隊に対して増援・救援・態勢逆転を行うことである[26]。伏撃とは敵戦力に対して待ち伏せを行う攻撃である。伏撃を行う場合は、敵を組織的に誘致する必要がある。これには陽動・陽攻などによって実施される。ただしこれは敵も自由意志と思考力を有するために実現はしばしば困難である。伏撃を成功させるためには秘密保全がなにより重大であり、敵に事前に察知されることのないようにしなければならない。伏撃を行った場合、速やかに敵戦力を集中的に攻撃し、壊滅的な損害を与え、逆襲の余裕を奪う(待ち伏せを参照)[27]。攻撃転移は防御から攻撃への部隊行動の転換、防御転移は攻撃から防御への部隊行動の転換を言う。
戦術と情報
情報収集
戦闘も情報戦の側面を強く持つ。情報戦とは情報を巡る戦いであり、戦闘においても情報戦は重要である。情報戦は米国国防大学によって指揮統制戦、電子戦、心理戦、ハッカー戦、諜報基盤戦、経済情報戦、サイバー戦に分類されているが、戦術的な局面においては特に指揮統制戦、電子戦、心理戦が重要である。戦場で主要な情報収集の手段となるのは、参謀本部から下りてくる情報と戦場における下級部隊からの報告になる。戦闘での必要となる情報は主に地形に関する情報と敵情に関する情報である。しかし地形についての情報が完全に掌握できるとは限らず、加えて敵情については戦端が開かれると敵情は極めて流動的なものとなり、敵情の把握は断片化していく。軍事学においてこれは戦場の霧という概念で説明されており、指揮官は不完全な情報で戦術を実行せざるをえない[28]。
情報処理
情報処理の過程では大別して情報整理・分析・総合・結論の過程を経る。
なお、短時間での判断が必要な局面では勘により処理・補足される事も多い。
まず最初の過程である情報整理の対象となる情報は与えられた任務、地域の特性、敵情などである。情報収集によって得られた情報を運用して相互に根拠付け・関連付けを行う。不完全な情報しか得られない場合にはしばしば設想が行われる。設想とは論理的な思考を助けるために一時的に設けられる根拠が伴った仮定であり、敵情が判明すれば徐々に取り払われる。
分析の過程においてはまず任務分析が行われる。任務分析とは与えられた任務の内容を吟味して達成すべき目標を明確化することである。さらに地域の特性の分析においては任務分析で判明した目標を達成するために必要な作戦地域の地形と緊要地形の情報が整理され注意される。さらに敵情の分析を行うことによって敵の可能行動を列挙して、その行動を敵が採用する可能性の有無や程度について検討を行う。この際に味方の戦力との比較を行って、味方の彼我関係における優位と劣位を認識し、味方の行動方針を列挙し、同時に行動方針に重大な影響を与える要因を明らかにする。
総合の過程においては分析の過程で得られた行動方針に影響する要因について、その優先順位が定められ、味方の行動方針を比較検討する。さらに行動方針に基づいて時間や空間などの要因について繰り返し思考の試行錯誤を繰り返す。
結論の過程においては得られた選択肢に基づいて最良の選択と思える案を決心し、予想される問題点とその対策を明確化し、具体的な作戦計画の概要を作成する[29]。
情報伝達
得られた決心に基づいて作成された作戦計画は参謀を通じて作戦部隊に伝達されることとなる。情報伝達は主に命令によって実施される。命令においては以下の原則が挙げられる。それは、実行可能である点、命令においては解釈を許さない形容詞などの曖昧な言葉が用いられない点、命令の背景にある状況認識の説明、作戦行動における特別に協力する部隊への配慮が行われている点、初めて出撃する部隊や消耗した部隊への配慮が行われている点、である。命令で任務を与える場合はそれを達成するために任務と責任と共に適切な権限を提供しなければならない[30]。
- ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)141頁
- ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)
- ^ 松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)42頁
- ^ 松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)72頁
- ^ 松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)147 - 148
- ^ 松村劭『新・戦争学』(文藝春秋、平成12年)146 - 160
- ^ 眞邉正行『防衛用語辞典』(国書刊行会、平成12年)
- ^ 眞邉正行『防衛用語辞典』(国書刊行会、平成12年)、松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)83 - 84頁
- ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年) 18 - 19頁
- ^ 眞邉正行『防衛用語辞典』(国書刊行会、平成12年)
- ^ 眞邉正行『防衛用語辞典』(国書刊行会、平成12年)
- ^ 防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 陸海軍年表 付 兵語・用語の解説』朝雲出版社
- ^ フランク・B・ギブニー編『ブリタニカ国際百科事典 1 - 20』(ティービーエス・ブリタニカ、1972年)などを参考に、戦術の原則について記述し、またしばしば引用される戦術研究として『孫子』、ジョミニの『戦争概論』、クラウゼヴィッツの『戦争論』そして現代陸軍教範にも採用されているフラーの研究をまとめた。その他の軍事学者・軍人が導き出した原理についてはそれぞれの項目を参照してもらいたい。
- ^ 金谷治訳注『新訂 孫子』(岩波書店、2006年)、栗栖弘臣『安全保障概論』(ブックビジネスアソシエイツ社、1997年)を参考に戦術論に限定し、その主要と思われるものを部分的に抽出した。
- ^ ジョミニ、佐藤徳太郎訳『戦争概論』(中央公論新社、2001年)、栗栖弘臣『安全保障概論』(ブックビジネスアソシエイツ社、1997年)247 - 253ページを参考にした。ジョミニの戦略・戦術の区分は現代の戦略・戦術の区分と一致しない点も数多く、ここでは作戦戦略・作戦術・戦術の一部が含まれていると思われる戦争の基本原理の項目を参考に、重複する部分を省き、使用されている言葉を戦術学と適合させて述べている。
- ^ クラウゼヴィッツ著、清水多吉訳『戦争論 上下』(中央公論新社、2001年)を参考文献とし、本項目が戦術であるために抽出した箇所も同参考文献29頁などから抽出している。
- ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)12 - 17頁およびField Manual 100-5, Operations, Department of the Army, 1993.
- ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)27頁
- ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)27頁
- ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)28頁
- ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)39 - 44頁
- ^ 撃退は敵を後退させること。撃破は敵の戦闘力を一時的に不能になるまで減衰させること。撃滅は敵の戦闘力を恒常的に不能になるまで減衰させること。
- ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)170 - 171頁
- ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)170 - 171
- ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)170 - 171
- ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)57 - 62頁
- ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)57頁
- ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)
- ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)126頁、栗栖弘臣『安全保障概論』(ブックビジネスアソシエイツ社、1997年)173 - 174頁
- ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年) 114 - 121頁
- ^ 黒野耐『参謀本部と陸軍大学校』(講談社、2004年)70 - 71頁
- ^ ここでの戦略は厳密には作戦戦略を意味する。国家戦略や軍事戦略はこの定義ではない。
- ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)144頁
- ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)145頁
- ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)141頁
- ^ 松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)36 - 42頁
- ^ 国防研究会編、石原完爾監修『戦術学要綱』(たまいらぼ、1985年)90 - 92頁
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