無線電信法とは? わかりやすく解説

無線電信法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/16 08:54 UTC 版)

アマチュア無線の周波数帯」の記事における「無線電信法」の解説

できごと1915年(大正4年) 無線電信法が制定された。1915年大正4年11月1日に無線電信法、私設無線電信通信従事者資格検定規則私設無線電信規則施行された。企業個人無線実験施設が無線電信法第2条第5号定められ逓信大臣許可により運用できることになったいわゆるアマチュア局相当する実験施設許可するために最低限必要となる規則法的に整えられた。 1921年(大正10年) 中波300m(1MHz)付近真空管無線電話実験する不法施設現れた。1923年大正12年)になると、これらの不法施設の数はおよそ500局に増加したが、そのほとんどが波長200-400m(750-1,500kHz)で5W以下の無線電話だった。 1925年(大正14年) 短波無線電信を使う新し不法施設現れはじめた1926年(大正15年) 6月短波グループにより日本アマチュア無線連盟JARL)が設立され、その宣言世界打電したが、許可得たものではなかった。 1927年(昭和2年) 第3回国際無線電信会議ワシントン会議)で アマチュア無線周波数が、1.715-2.0Mc(共用)、3.5-4.0Mc(共用)、7.0-7.3Mc、14.0-14.4Mc、28.0-30.0Mc、56.0-60.0Mcの6バンド承認された。 1928年(昭和3年) 逓信省素人アマチュア無線家のこと)の私設無線施設に38m(7900kc)の指定開始した以降、21.13m(14200kc)、9.68m(31000kc)、5.17m(58000kc)などが指定されるようになった1929年(昭和4年) 1月1日ワシントン会議の諸規則発効した新設局に1775kcの倍数周波数許可するようになった 9月12日逓信省「信第833号」により素人を含む私設無線施設には1775kc、3550kc、7100kc、14200kc、28400kHz、56800kcの6波の中から指定するものとされた。 他の周波数指定される余地はあった。 1933年(昭和8年) 昭和8年12月29日逓信省令第60私設無線電信電話規則制定された。私設無線施設に関する規定明文化された。 1934年(昭和9年) 8月12日陸軍海軍逓信三省電波統制協定制定され私設無線施設に6波を指定することがそのまま取り入れられた。 1939年(昭和14年) 7月27日逓信省告示第2176号により私設無線施設は6波のみに制限された。 1941年(昭和16年) 12月8日太平洋戦争開戦大東亜戦争)により、私設無線施設の運用禁止された。周波数指定取り消されということではない。 注「無線局」という文言は無線電信法令に規定されておらず、「私設無線電信電話実験局」は通称であった

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無線電信法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/06 02:24 UTC 版)

無線技術士」の記事における「無線電信法」の解説

無線技術士前身は、1940年昭和15年制定逓信省電気通信技術者検定規則による電気通信技術者である。 電信法や無線電信法においては電気通信政府管掌するものとされ、官設無線操作するのは官員国家公務員に相当)であり特に資格要しなかった。なお無線電信法第2条法人個人による私設無線開設例外的に認め、その操作には私設無線電信通信従事者資格要求された。 その後第一次世界大戦関東大震災による財政逼迫で、国際通信の運営国際電気通信株式会社にまかせ、また1924年大正13年)から社団法人日本放送協会(現NHK)がラジオ放送始めた両者設備運用する技術者任用時に逓信省認定個々受けていたが、戦時体制下国家資格として創設されたのが電気通信技術者である。いわば政府代って電気通信管理するための資格である。 現行の無線従事者とは異なり無線通信士検定規則に基づく無線通信士とは別個の資格であり、電気通信事業法下における電気通信主任技術者原型ともいえる。 年できごと1940年昭和15年3月 電気通信技術者検定規則電気通信技術者第一級 電気通信技術者第二級 電気通信技術者第三級無線電気通信技術者第三級有線) の4種制定された。資格終身有効であったまた、無線通信士第一級電気通信技術者第三級無線)とみなされた。 国際電気通信株式会社に対して配置要求された。 12月 社団法人日本放送協会に対して配置要求された。 また無線電信法第2条第5項の実験用私設無線電信無線電話施設戦後になり私設無線電信電話実験局とも通称された。現代実験試験局実用化試験局アマチュア局あわせたものに相当する。)の操作には、それまで無線通信士資格検定規則第1条により無線通信士第三級上の資格求められていた。ところがこの年12月より突然、無線通信士第二級以上又は電気通信技術者第三級無線)以上を要求される事態となったが、まもなく太平洋戦争開戦実験用私設無線電信無線電話施設の運用禁じられたため、結局のところ『無線通信士資格検定規則第1条、および『私設無線電信無線電話規則第36条規則改正はなされないまま終戦後まで放置された。 1941年昭和16年太平洋戦争開戦以後人員物資窮迫するに伴い受験年齢制限撤廃実務経験範囲拡大などの戦時特例が行われた。 1946年昭和21年戦時特例廃止された。 1947年昭和22年試験実施されなかった。以後廃止時まで実施されなかった。これ以降取得実務経験学校卒業等による。 1949年昭和24年電気通信技術者制度廃止された。

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無線電信法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/10 23:47 UTC 版)

無線通信士」の記事における「無線電信法」の解説

1915年大正4年)、「政府無線管掌する」という大原則保ったまま、例外として私設無線施設開設認める無線電信法を、電信法から独立させた。 民間海運会社費用無線局開設保守させ、それを運用できる私設無線電信従事者資格私設無線電信通信従事者資格検定規則定めたのである。そして私設無線電信従事者民間海運会社雇用させるだけでなく、私設無線電信従事者養成民間委ねた。これは民間企業私立学校個人開設する無線施設の運用資格である。 年できごと1915年(大正4年) 無線電信法第2条第1号から第6号定め私設無線施設民間企業私立学校個人開設するもの)に対し私設無線電信通信従事者資格検定規則第1条で以下の3資格定めた詳細は無線電信法を参照私設無線電信通信従事者 第一級 私設無線電信通信従事者 第二級 私設無線電信通信従事者 第三級 資格終身有効であった中でも第三級資格は無線電信法第2条第5号施設無線機メーカー私立無線学校個人無線実験目的とする施設)に従事することを想定したものだが、無線電信法と同時に施行され私設無線電信規則第15条逓信大臣認めた場合第三級資格免除することが定められた。戦前いわゆるアマチュア無線運用にはこの免除規定適用され続けた1924年(大正13年) 私設無線電信通信従事者漁船級が制定され4種となった1926年(大正15年) 無線実験(法2条第5号施設)に必要とされる第三級資格取得免除権限逓信大臣から地方逓信局長に移譲された。 1931年(昭和6年) 無線通信士検定規則制定され無線通信士法制化された。従前私設無線電信通信従事者は、次のとおり無線通信士みなされた。私設無線電信通信従事者第一級無線通信士第一級 私設無線電信通信従事者第二級無線通信士第二級 私設無線電信通信従事者漁船級 → 無線通信士第三級 私設無線電信通信従事者第三級無線通信士聴守員級資格保有者は、規則施行後半年以内書き替え要するものとされた。 聴守員級は送信操作はできず、受信操作のみしかできなかった。 無線実験施設には無線通信士第三級求められたが、やはり私設無線規則第15条免除規定適用され続けた無線通信士電話級が制定された。 1934年(昭和9年) 私設無線規則廃止され無線実験施設求められていた無線通信士第三級免除規定が、新たに施行され私設無線電信無線電話規則第36条移った新し私設無線電信無線電話規則第3条で、無線電信法第2条第5号施設対し実験用私設無線電信無線電話」という語が与えられた。これが戦前いわゆるアマチュア局正式名称である。 1938年(昭和13年) 無線通信士航空級が制定された。 1940年(昭和15年) 電気通信技術者検定規則制定され無線通信士第一級電気通信技術者第三級無線)にみなされた。長引く日中戦争による戦時体制下だった12月、「実験用私設無線電信無線電話」(俗にいう私設無線電信電話実験局戦後広まった通称)には、資格免除規定適用停止するだけではなく無線通信士第二級以上又は電気通信技術者第三級無線)以上の資格を突然、要求するようになった。しかし結局正規規則改正なされる前に太平洋戦争開戦し個人実験用私設無線電信無線電話いわゆるアマチュア無線)は禁止され、この改正実行されないまま終戦迎えた1941年(昭和16年) 太平洋戦争開戦以後人員物資窮迫するに伴い受験年齢制限撤廃実務経験範囲拡大などの戦時特例が行われた。 1946年(昭和21年) 戦時特例廃止された。 1949年(昭和24年) 無線通信士航空級が廃止され無線通信士電話級とみなされた。

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無線電信法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/16 02:37 UTC 版)

アマチュア局」の記事における「無線電信法」の解説

1915年大正4年11月1日に無線電信法、私設無線電信通信従事者資格検定規則私設無線電信規則施行された。企業個人無線実験施設が無線電信法第2条第5号定められ逓信大臣許可により運用できることになったいわゆるアマチュア局相当する実験施設法的に認められた。同時に施行され私設無線電信通信従事者資格検定規則で、この法第2条第5号無線実験施設操作するには、私設無線電信通信従事者第三級資格が必要とされた。 しかし法第2条第5号無線実験施設については、モールス技能身に付けていない無線技術者でも実験できるように、通信従事者資格取得免除する規定私設無線電信規則中に設けられた。 1922年大正11年) 無線電信法第2条第5号による私設無線電話施設初め個人許可された。 1923年大正12年) 無線電信法第2条第5号による私設無線電信無線電話施設初め個人許可された。免許の有効期間1年で、引き続き運用するためには再免許の手続き要した。 無線電信法第2条第5号による無線電信無線電話施設とは、実験試験局実用化試験局アマチュア局あわせたものに相当する。なお、無線電信法令には「無線局」という文言無く私設無線電信無線電話実験局」とは太平洋戦争後に広まった通称である。 1926年大正15年) 無線電信法第2条第5号による実験施設運用するための通信従事者資格免除権限が、逓信大臣から所轄逓信局長へ委譲された。私設無線電信通信従事者第三級上の資格持たないものは、所轄逓信局私設無線電信規則第15条資格免除を受けるための能力試験受けた1929年昭和4年)「無線電信無線電話実験施設ニ関スル件」で学校講習所素人個人)が開設する実験施設周波数出力について逓信省許可方針(1.775, 3.550, 7.100, 14.200, 28.400, 56.800Mcで10W以下)が地方逓信局長に示された。 1934年昭和9年1月1日施行され私設無線電信無線電話規則第3条で「法第2条第5号実験施設」に対し実験用私設無線電信無線電話」という語を与えた。これがいわゆる戦前アマチュア局法制上の正式名称である。 1941年昭和16年12月8日太平洋戦争勃発に伴い実験用私設無線電信無線電話施設の運用禁止された。

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