峠一家とは? わかりやすく解説

峠一家(アオバ自転車店・峠輪業)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/30 00:50 UTC 版)

並木橋通りアオバ自転車店」の記事における「峠一家(アオバ自転車店・峠輪業)」の解説

峠 アオバ(とうげ アオバアオバ自転車店看板娘並木小学校に通う小学4年生。非常に明る商売人気質の性格。ただし頭の中の97%自転車という父以上の強烈な自転車バカ」で、自転車のことになると我を忘れてしまう。さらに両親譲り朴念仁ぶりを発揮しクラスメート幼なじみトシヒコ想い気付かない。しばしば「サイクルエンジェル」を自称するアオバ自転車店店名彼女の名前由来しており、彼女の誕生同時に前身である「峠輪業」から改名しスタートした。これは偶然、アオバ誕生当時建て替えていた新店舗の落成同時だったためである。主に「プジョー NS40」に乗っている。第1期8巻3‐4話「あと30センチアレバ自転車店」で描かれ中学3年生本人家業を継ぐために男子ばかりの並木工高への進学志している。 峠 工一(とうげ こういちアオバ父親アオバ自転車店店主並木高校卒業後、その前身である「峠輪業」の3代目として家業を継ぐ。非常に穏やかで優しい性格であるが、幼い頃より家業技術仕込まれ育った筋金入りの「自転車バカ」で、さらにはバイク自動車などのおよそ「車」と名のつく乗り物なら何でも乗りこなしてしまうという特技を持つなど、運動神経悪くはないがスケート初めてやった時に転んだことが理由ウインタースポーツには苦手意識がある。 父は登山好きで嵩じて出会った母と結婚したが、3歳の頃に両親ともに滑落事故により亡くなる。結婚するまで祖父との2人暮らしおじいちゃん子として育ったため、自転車以外のことについてはあまり気が回らない朴念仁」でもある。年齢について具体的な描写は無いが、ワカバとは高校時代出会い交際期間を経て20歳代で結婚している。 峠(山咲ワカバ(とうげ〈やまざきワカバアオバ母親アオバ自転車店女将さん。「山咲」は旧姓実家山咲家いわゆる由緒ある大金持ち」であり、彼女は次女で「おっとりとした深窓お嬢様」だった。幼い頃から体が弱く外に出ることがなかったが、自転車出会うことで元気を取り戻すきっかけ得た。その自転車購入先が峠輪業であり、これが縁で高校生の頃の工一と出会う。「元気な赤ちゃん産みます」と工一に結婚プロポーズをしている。物語序盤では体の弱さから自転車店から40kmほど遠方療養所入院しておりほとんど登場せずにいたが、第1期9巻9話にて無事に療養生活を終えアオバ自転車店に戻ることになった。今ではホコリが苦手とされる以外、自転車山道挑むくらいに健康に心配はなくなっているらしく、辣腕おかみぶりを発揮している。性格的には工一と「似たもの同士といえる実年齢より若く見え美人なため「並木商店街マドンナ」として商店街中の男達慕われ、彼女に危害が及びそうになる商店街中の男達が即集まり袋叩きにしそうになるほど。「プジョー NS40」をアオバ譲ってからは「プジョー COM Step・in(改)」に乗っている。第3期16巻4話普通自動車免許限定なし)を取得し、峠輪業初代社用車小峰輪業時代ハジメの店の元社用車だった「ホンダ・T360」 を乗り継ぐ峠 創作(とうげ そうさく) 峠輪業創業者。工一の祖父で、アオバ曾祖父アオバからは「ひじいちゃん」と呼ばれている。『ようこそ!』4巻第5話に「昭和14年時に12歳」という表記があり、昭和2年生まれである。ただし作品性質上、年代作品発表に伴いずれ込む可能性がある。 元は貧しい家の生まれ機械細工ものが好きな少年だったが、尋常小学校同級生だった小峰サユリの家に立ち寄ったことをきっかけとして自転車出会いサユリの父によって自転車職人としての素質見出される。実はこの時まで自転車乗ったことがなく、サユリと共に練習しながら「まずはバランスを取ることを練習したほうが良い」とペダル外して練習する方式編み出した。これはサユリの父により「創作方式」と命名される戦中学徒動員により軍需工場で働くも東京大空襲戦禍遭いその中でサユリ父の死目の当たりにする同時に、彼より「新し自転車時代」への願い託される戦後丁稚奉公時代経て昭和26年結婚同時にアオバ自転車店」の前身となる「峠輪業」を設立し独立以降自転車一筋生きてきた自転車職人だったが、アオバ誕生(=アオバ自転車店開店)を機に引退。夢だったキャンピング車による全国一周自転車放浪旅に出発した。のちに世界一周放浪出ている。昭和自転車創成期生き証人自転車の運転の腕はかなりのもので、フル装備キャンピングカー雨天の峠の下り道を猛スピードで走るほど。 第2期20巻6話にて無事日本に帰国。再び自転車職人として現場復帰する。 峠(小峰サユリ(とうげ〈こみね〉 サユリ創作の妻。工一の祖母で、アオバ曾祖母アオバは「ひばあちゃん」と呼んでいる)。物語開始時点で故人第3期4巻5話以降創作回想話に登場。なお、第3期1巻1話出てきた峠・小峰家家系図名前の表記がある。 創作小学校時代からの同級生にして実質的な幼馴染戦前地元店を構える自転車屋「小峰輪業」の長女だった。校舎掃除をさぼるのに男尊女卑持ち出す男子に、「(その男子が兵隊志望だったこともあり)学校掃除出来ない者が軍隊やっていけるのか」と、言うべきことや言いたいことをキッパリと言い切ってしまう気丈な性格持ち主。また戦時中自転車屋として「生活の役に立つ道具携わる者」の誇りを持つがゆえに戦争軍機具体的に戦艦戦闘機など)に対して一家そろって批判否定的なスタンス持っていた。 戦中両親離れ弟妹連れて親戚本家)がいる長野県へと疎開しており、のちに空襲両親失って後は弟妹とともに疎開先の親戚引き取られる戦後創作から父の最期聞かされ失意に沈むも、同時に父の自転車未来へ願い聞かされたことと、それに向かわんとする創作の姿に希望抱き立ち直る創作丁稚修行中には互いに文通励まし合い、後に創作独立同時に彼の求婚受けて結婚創作独立に際して当初小峰輪業」の復活考えていたが、それを押し止め新しく「峠輪業」を開業して新し時代」へと歩を進めるように促した(「小峰輪業」はのちに弟のハジメ長野開いていた時の店名として使われていた模様)。 「AOBAブランド前身である「TOUGE」の第1号車は、彼女のために作られミキスト型のスポーツ向け自転車「TOUGE SAYURISPORTS」(トウゲ サユリスポーツ)である。これはサユリの父が昭和14年設計行い空襲免れるため缶箱に入れられ小峰輪業作業場床下埋められていたその図面元に創作制作調整行った自転車峠 工作、スミレ(とうげ こうさくスミレ創作息子とその妻。工一の両親物語開始時点で故人工作息子同様に創作から自転車づくりを叩き込まれ16歳習作とはいえフレーム自作する腕前をもっていた。高校卒業と同時に峠輪業就職翌年にはスミレ結婚したスミレ近所豆腐屋の娘で工作とは幼馴染夫婦揃って登山趣味だったが、工一が3歳になる前に登山中の事故亡くなった

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