峠付近
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/16 05:41 UTC 版)
峠地蔵尊 豊明市指定有形文化財(1977年(昭和52年)4月1日指定)。山頂近くの聖應寺飛地境内となっている平地には地蔵堂があり、ここに3体の石仏が安置されている。このうち左の1体が俗に「身代わり地蔵」「延命地蔵」などと呼ばれる頭部が欠落した胴体のみの石造地蔵菩薩像で、高さ115センチメートル、幅49センチメートル、厚み28センチメートル、背面に「大同二」(807年)という年号が刻まれている。ただし1781年(天明元年)頃の記録によると、当時は「大同二二月日」という6文字が認められたものの文字の摩耗がいちじるしく判読しがたいほどであったようで、現在残る「大同二」の刻みが非常に深いことから、これは後年再刻された可能性が高いとされる。熱田大明神の神勅を賜った空海によって建立されたとする伝承があるほか、平安時代末期頃には山賊熊坂長範が二村山を根城にしており、夜な夜な旅人を襲っていたが、ある夜も暗闇の中から腰刀を振りかざして飛び出し一刀両断に斬り殺した旅人が、実はその地に古くから安置されていた地蔵であったという言い伝えもあり、ここに地蔵尊の身代わり伝説が生まれている。長いあいだ露仏として風雨にさらされていたと思われるが、いつの時代にか小堂に納められるようになり、1740年(元文5年)に落雷によって小堂が焼失したときに首が落ちたともいわれ、その首は曹洞宗島田地蔵寺(名古屋市天白区島田3丁目)の本尊の腹の中に納められているという。毎年8月24日(新暦)の盂蘭盆に行われる地蔵祭りでは、提灯の灯火と堂前に五色の仏旗が掲げられ、供膳・供物・五菓が供えられた地蔵尊前では般若心経・地蔵根本陀羅尼・地蔵歎華を読経回向、引き続く施餓鬼会にて焼香・供養が行われる。 なお、鎌倉街道を西に下り現在の藤田医科大学の敷地を過ぎた付近にある「濁池」は、地蔵尊を切り捨てた熊坂長範が刀についた血を洗って以来濁ってしまったというのが池の名称の由来となっている。ただし実際の濁池はその名に反して、市内の他のため池に比べて透明度が高いという。 峠地蔵堂 聖應寺飛地境内にある複数の地蔵尊を納めた堂であり、3体の像を安置したものと、南隣に1体の像を安置した小堂がある。地蔵堂の正面から見て左の地蔵尊が峠地蔵尊、中央の大柄な立像は「元文三年七月廿四日」(1738年)の銘を持ち、右の坐像には「明和三年七月」(1776年)の銘がある。小堂に納められているのは立像で、「享保七年正月吉日」(1722年)とある。昭和時代中期にさしかかる頃まで間口2間奥行3間の朽ちかけた姿であったが、1961年(昭和36年)に聖應寺第23世大法得禅和尚により ブロック建ての堂が完成し、現在に至っている。 勅使池彰功碑 1910年(明治43年)に建立された高さ235センチメートル、幅115センチメートル、厚み12センチメートルの碑文で、二村山北東に位置するため池「勅使池」の沿革が漢文で記されている。0.229平方キロメートルの面積を持つ勅使池は豊明市内で最も大きなため池であり、伝承では1528年(大永8年)、後奈良天皇の綸旨を携えて浄土宗玉松山祐福寺を訪れた左近衛中将経広という勅使の指揮下に築造されたという。 源頼朝の歌碑 よそに見しをさゝ(小笹)が上の白露をたもとにかくる二村の山 — 源頼朝、『続古今和歌集』 1190年(建久元年)あるいは1195年(建久6年)、上洛の途上にあった源頼朝が詠んだとされる歌である。1265年(文永2年)に成立したとされる勅撰和歌集である『続古今和歌集』に収録されている。同碑は、1985年(昭和60年)2月に「名勝地歌碑建立委員会」によって建立されたものである。 井上士朗の句碑 み佛は大同二年すゝきかな — 士朗、『枇杷園句集』 井上士朗は江戸時代後期に活躍した名古屋の俳人で、加藤暁台から俳諧を学び、また名古屋城下では名医としても知られた。1985年(昭和60年)2月、「名勝地歌碑建立委員会」により建立される。 サクラ 二村山峠地蔵櫻 聖應禅寺しだれ櫻 峠地蔵堂。峠地蔵尊をはじめ、3体の地蔵尊が祀られている。(2012年(平成24年)5月) 峠地蔵堂の室内。向かって左の像が峠地蔵尊である。(2012年(平成24年)5月) 向かって中央の立像。(2012年(平成24年)5月) 向かって右の坐像。(2012年(平成24年)5月) 峠地蔵堂の脇にある小堂。(2012年(平成24年)5月) 小堂に祀られている地蔵尊。(2012年(平成24年)5月) 勅使池彰功碑。(2012年(平成24年)6月) 源頼朝の歌碑。(2012年(平成24年)5月) 井上士朗の句碑。画像では茂みに隠れて見えにくくなっている。(2012年(平成24年)5月)
※この「峠付近」の解説は、「二村山」の解説の一部です。
「峠付近」を含む「二村山」の記事については、「二村山」の概要を参照ください。
- 峠付近のページへのリンク