戦術 戦術の概要

戦術

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/28 06:08 UTC 版)

概要

戦術は作戦戦闘において戦力を運用する術策であり、軍事学の根幹的な学問でもある。その形態から事前に準備調整が行われる計画戦術と、応急的に行われる動きの中の戦術がある[3]。戦術の究極的な目的とは戦闘での勝利であり、戦略による指導の下で戦術は戦果を最大化しようとするために実行される。戦術の実施においては戦術単位である師団連隊大隊戦闘団などが運用される。陸海空軍において戦術はその戦闘の性格的な差異から同じ用語でもその内容が大きく異なる。海戦術では戦闘単位が艦艇であり、航空戦術では航空機であり、戦場となる地形も海戦術では海域であり、航空戦術では空中である。本項目では陸軍の戦術について主に述べる。

歴史

戦術は戦闘の発生と共に自然に形成されてきた。その発展の歴史は戦闘教義軍事技術の歴史と密接な関係を持っている。

西洋における古代戦術にはギリシアローマの二つの系譜がある。ギリシアにおいては重歩兵をもってファランクスという戦闘教義が開発され、マラトンの戦いでギリシア軍(アテナイプラタイア連合軍)に勝利をもたらした。これはマケドニアピリッポス2世アレクサンドロス3世(大王)に戦闘教義が受け継がれて改良が重ねられ、ガウガメラの戦いにおいてアレクサンドロス大王はペルシア軍を破った。

ローマにおいて徐々にレギオンという戦闘教義が開発されて柔軟な部隊の運用が可能となったが、カンナエの戦いにおいて、ローマ軍は約2倍の兵力を誇りながらハンニバルによって撃退された。このハンニバルの戦術は第一次世界大戦戦史研究によって戦術家の模範とされた[4]

中世においてはヨーロッパでは騎士による一騎討ちの儀式的な戦闘が行われていたが、東ローマ帝国においては外敵の脅威からカタフラクトという従来の歩兵を主力とした部隊から騎兵を主力とした部隊に主力を転換した。しかしながら重装騎兵部隊は機動力が低下し、戦術的な運用を制限することになった[5]。モンゴルではチンギス・カーンの指揮の下で弓・槍・刀剣で武装した大規模な騎兵部隊を機動的かつ機能的に運用する戦術が発揮されるようになり、サマルカンドの戦いでも勝利した。

近世にはスペインで、小銃の発明から銃兵とこれまでの歩兵部隊を組み合わせたテルシオという戦闘教義が開発され、のちに全ヨーロッパに広まった。このテルシオの研究と砲兵の登場によって歩兵・騎兵・砲兵を運用する三兵戦術が生まれる事となる。三十年戦争においてグスタフ・アドルフは戦闘教義だけでなく軍事技術の方面でも多くの功績を残し、戦術においてはブライテンフェルトの戦いで砲兵部隊を用いて世界で初めて間接照準射撃を行った。三十年戦争後には欧州各国で厭戦気分が広がり、戦術の発展も停滞した。フランス革命の後に台頭したナポレオン1世は巧みな砲兵の運用を行ったことで知られ、迅速な戦略機動と周到な誘致を以って敵を包囲・突破して撃破する戦術を数多く発揮した[6]

近代においては銃器の発射準備時間の短縮や火力の増大によって第一次世界大戦においては大規模な塹壕戦が行われることになり、各国軍では膠着した戦線を突破するための戦術的な試行錯誤が繰り返された。戦間期においての各国軍では軍縮によって一時的に研究は停滞したが、機動力の向上、武器兵器の火力増大に伴い、戦車急降下爆撃機自動車化した歩兵部隊を以って敵を突破するという電撃戦の思想をフラーが創造し、第二次世界大戦においてドイツ陸軍グデーリアン将軍によって実践された。

電撃戦の理論は現代になるまで研究が進められ、陸空の統合作戦の重要性が認められるようになり、エアランド・バトルという戦闘教義に発展している。イスラエル国防軍第三次中東戦争においてエアランド・ドクトリンで圧倒し、第四次中東戦争においても奇襲を受けたもののその後に攻撃転移と機動戦を展開してアラブ諸国軍の救援・奪還を阻止することに成功した[7]

基礎用語

  • 戦闘教義 - 汎用性の高い一定の合理的な戦い方。これを基礎として部隊の編制・装備・訓練は準備されている。
  • 作戦 - 部隊が行う戦闘行動を言う。作戦目標、作戦方針、作戦計画に基づいて実行される。
  • 攻勢・防勢 - 攻勢とは攻撃を主な戦闘行動とする作戦的な勢い、防勢とは防御を主な戦闘行動とする作戦的な勢いである。攻勢は敵を撃滅することが重要である。防勢は地形を利用し、逆襲の戦機を掴み敵を撃滅することが重要である[8]
  • 外線・内線 - 外線とは後方連絡線を離心的・拡散的に配置して部隊を分散している態勢であり、内線は後方連絡線を求心的・集中的に配置して部隊を集中している態勢である。特徴として外線は攻勢的であり、内線は防勢的である[9]
  • 部隊 - 2人以上の兵員から構成される集団。戦術においては師団旅団連隊大隊などを指す。機能から前衛部隊・火力部隊・機動部隊・兵站部隊に分類できる[10]
  • 部隊編制 - 部隊の基本的な種類であり、戦闘力を直接構成する兵科として歩兵・機甲・砲兵工兵などがある。
  • 戦闘力 - 部隊が有する戦闘での殺傷・破壊の能力。衝撃力(白兵力)・打撃力・防護性・機動力に細分化できるが、さらに兵站機能などを含む場合もある。
  • 兵站 - 戦闘維持の為に戦闘部隊の後方における補給輜重)・輸送整備衛生などの面での後方支援を行う、輜重兵衛生兵軍医などがある。
  • 前衛・側衛・後衛 - 縦隊において前衛は本隊の先頭に、側衛は両側面に、後衛は背後に配される機動部隊などであり、警戒などを行う。
  • 中央・右翼・左翼 - 横隊において中央は中心部に、右翼は右側に、左翼は左側に配される部隊であり、両翼はしばしば機動部隊が置かれる。加えて前衛が置かれる場合もある。
  • 正面・背後・翼側 - 防御においては、正面は敵攻撃の方向、背後はその逆方向、翼側はその両側面。
  • 延翼 - 右翼・左翼・両翼の横方向への延長。
  • 予備 - 一線で戦闘展開している部隊に直接加わらずに後方で待機し、戦機を捉えてから投入される戦力。
  • 後方連絡線 - 基地戦場の間の交通線であり、連絡線・補給線の機能をも持つ。部隊はこの線上で基本的に行動する。
  • 地形 - 高低起伏・地表面土質・水系植生・人工建築物などから構成され、部隊の行動に根本的に影響する。
  • 大事な土地 - その支配権の有無が戦術的に重大な影響をもたらす地形。交通路の収束点(交通の要衝。水域でのチョークポイント)・制高地港湾飛行場などが挙げられる。
  • 偽装・掩蔽 - 偽装は敵の発見の妨害、掩蔽は敵の射撃に対する防護。
  • 隘路 - 狭い道路で出入口が開けている路。
  • 接近経路 - 部隊が目標地点または緊要地形に至るまでの経路。経路の価値は交通容量や機動自由度などによって左右される。
  • 敵情 - 敵の部隊配置や戦力内容の情勢。
  • 航空優勢制海権 - 航空優勢は空域の支配権であり、制海権は水域の支配権である。特に航空優勢は航空作戦の成功などを左右し、地上作戦の遂行に大きく影響する。制海権は水陸両用作戦など沿岸部での戦闘において影響を及ぼす。
  • 陣地 - 築城によって戦闘において優位を得られるように改変した地形である。機能によって前進陣地・警戒陣地・偽陣地・予備陣地・拠点陣地などに分類される。
  • 築城 - 工事によって地形を戦闘で有利になるように陣地として改変することである。防御戦闘の基本的な準備である。
  • 展開 - 部隊の態勢を戦闘に先立って特定の戦闘陣に変換すること。
  • 発見 - の位置を把握すること。前衛部隊によって主に行われる。本隊に敵の位置を報告して後続する部隊の展開を支援する。
  • 拘束 - 戦闘によって敵の自由な行動を妨害すること。前衛部隊によって主に行われる。後続する部隊の戦闘展開を支援し、敵の戦闘展開を妨害する。
  • 制圧 - 火力攻撃などによって敵の部隊行動を攪乱・無力化させること。火力部隊によって主に行われる。接近に先立って敵部隊の戦闘力を減衰し、後の攻撃を助ける。
  • 機動 - 部隊を移動・運動させること。機動部隊によって主に行われる。敵に突破攻撃・包囲機動・迂回機動を仕掛ける。
  • 打撃 - 敵を火力・衝撃力によって攻撃すること。敵部隊の戦闘力を減殺する。
  • 誘致 - 敵を意図的にある地点にまで誘い出すこと[11]
  • 挟撃 - 敵を同時に二方面から攻撃すること。
  • 占領 - 地形の支配権を確保すること。陸上作戦では占領によって地上権を獲得する。
  • 情勢判断 - 情報収集活動などに基づいて情勢がどのようにあるのかを判断すること。指揮官指揮統制に全般的な影響を与える。
  • 決心 - 任務分析・情勢判断・敵の可能行動の列挙・行動方針の列挙を経て指揮官が下す最終的な決断[11]
  • 戦機 - 戦闘において勝敗を決する決定的な機[12]
  • 士気 - 兵員の任務に対する積極的な意欲。

  1. ^ a b 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)141頁
  2. ^ コトバンク”. コトバンク. 2024-3-38閲覧。
  3. ^ a b 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)
  4. ^ 松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)42頁
  5. ^ 松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)72頁
  6. ^ 松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)147 - 148
  7. ^ 松村劭『新・戦争学』(文藝春秋、平成12年)146 - 160
  8. ^ 眞邉正行『防衛用語辞典』(国書刊行会、平成12年)
  9. ^ 眞邉正行『防衛用語辞典』(国書刊行会、平成12年)、松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)83 - 84頁
  10. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年) 18 - 19頁
  11. ^ a b 眞邉正行『防衛用語辞典』(国書刊行会、平成12年)
  12. ^ 防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 陸海軍年表 付 兵語・用語の解説』朝雲出版社
  13. ^ フランク・B・ギブニー編『ブリタニカ国際百科事典 1 - 20』(ティービーエス・ブリタニカ、1972年)などを参考に、戦術の原則について記述し、またしばしば引用される戦術研究として『孫子』、ジョミニの『戦争概論』、クラウゼヴィッツの『戦争論』そして現代陸軍教範にも採用されているフラーの研究をまとめた。その他の軍事学者軍人が導き出した原理についてはそれぞれの項目を参照してもらいたい。
  14. ^ 金谷治訳注『新訂 孫子』(岩波書店、2006年)、栗栖弘臣『安全保障概論』(ブックビジネスアソシエイツ社、1997年)を参考に戦術論に限定し、その主要と思われるものを部分的に抽出した。
  15. ^ ジョミニ、佐藤徳太郎訳『戦争概論』(中央公論新社、2001年)、栗栖弘臣『安全保障概論』(ブックビジネスアソシエイツ社、1997年)247 - 253ページを参考にした。ジョミニの戦略・戦術の区分は現代の戦略・戦術の区分と一致しない点も数多く、ここでは作戦戦略・作戦術・戦術の一部が含まれていると思われる戦争の基本原理の項目を参考に、重複する部分を省き、使用されている言葉を戦術学と適合させて述べている。
  16. ^ クラウゼヴィッツ著、清水多吉訳『戦争論 上下』(中央公論新社、2001年)を参考文献とし、本項目が戦術であるために抽出した箇所も同参考文献29頁などから抽出している。
  17. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)12 - 17頁およびField Manual 100-5, Operations, Department of the Army, 1993.
  18. ^ a b 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)27頁
  19. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)28頁
  20. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)39 - 44頁
  21. ^ 撃退は敵を後退させること。撃破は敵の戦闘力を一時的に不能になるまで減衰させること。撃滅は敵の戦闘力を恒常的に不能になるまで減衰させること。
  22. ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)170 - 171頁
  23. ^ a b 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)170 - 171
  24. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)57 - 62頁
  25. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)57頁
  26. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)126頁、栗栖弘臣『安全保障概論』(ブックビジネスアソシエイツ社、1997年)173 - 174頁
  27. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年) 114 - 121頁
  28. ^ 黒野耐『参謀本部と陸軍大学校』(講談社、2004年)70 - 71頁
  29. ^ ここでの戦略は厳密には作戦戦略を意味する。国家戦略や軍事戦略はこの定義ではない。
  30. ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)144頁
  31. ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)145頁
  32. ^ 松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)36 - 42頁
  33. ^ 国防研究会編、石原完爾監修『戦術学要綱』(たまいらぼ、1985年)90 - 92頁






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