戦術 戦いの原則

戦術

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/06 21:02 UTC 版)

戦いの原則

戦いの原則についてはその存在について肯定的な意見と否定的な意見があるが、古来より多くの戦術家によって考案されてきた[13]

『孫子』

孫子』においては多くの戦いの原則が考案されている。孫子においては戦略と戦術が明確に区分されていないが、戦術的な原則を取り上げれば、以下のようなものがある[14]

  • 戦いは敵の意図に正対することで不敗の態勢を築き、虚を突く事によって勝利する
  • 先に戦場に到着することによって、戦いの主導権を握る
  • 地形の掌握と有効な活用
  • 敵情を把握するために、情報活動は必要不可欠

ジョミニ

19世紀の軍事学者アントワーヌ=アンリ・ジョミニは当時行われていた戦いの原則の存在をめぐる論争において、肯定の立場に立っていた。そのために彼の著書『戦争概論』においてはいくつかの原則が示されている[15]

  • 戦略的な判断に基づいて、主力を勝敗を左右する重大な地点である決勝点に機動し、敵の後方連絡線を圧迫する
  • 大規模な味方をもって小規模な敵と戦闘するように機動する
  • 戦術的な判断に基づいて、主力を決勝点または撃破する要点へ志向させる
  • 全ての味方に同時的に戦果を生み出すように効率的に運用する

クラウゼヴィッツ

また同時代の軍事学者カール・フォン・クラウゼヴィッツは戦いの原則の存在をめぐる論争において、否定の立場にたっていた。しかし彼の著書『戦争論』は現代でも評価されている優れた軍事理論の古典であり、戦いの原理につながる理論や概念を論じている。ここでは戦術における戦いの原理に関連する理論・考察の一部と現代でも用いられるクラウゼヴィッツの論じた概念について簡単に述べる[16]

  • 防御は攻撃よりも強い形態である
  • 勝利は敵の物的・精神的な戦闘力の破壊であり、これは追撃の段階で急速かつ強固に達成される
  • 迂回機動は味方の後方連絡線が優勢である場合に成り立つ
  • あらゆる攻撃は前進することによって弱化する(攻勢極限点
  • 勝利によって得られる成果はある一点を過ぎると逓増から逓減に変わる(勝敗分岐点
  • 戦場において一般的に情報の不確実性・混乱が生じる(戦場の霧
  • 戦場において一般的に計画と実施の齟齬が生じる(摩擦

フラー

英国陸軍軍人のジョン・フレデリック・チャールズ・フラーはこれまでの軍事研究と戦史研究を通じて、陸戦の原則を以下のように要約した。この原則は若干の差異はあるものの各国陸軍の教範類にも影響を与えている[17]

  • 目標の原則 - 目標の明確化と一貫性
  • 統一の原則 - 部隊の指揮統制の一元性を保持する
  • 主導の原則 - 先動・先制によって戦闘の主導権を確保する
  • 集中の原則 - 敵弱点への味方戦力を一点集中する
  • 奇襲の原則 - 意外性を伴う行動をする
  • 機動の原則 - 機動を先制する
  • 経済の原則 - 戦力を徹底して節約する
  • 簡明の原則 - 目標・計画・行動の簡明さを保つ
  • 警戒の原則 - 敵への準備・即応対処を準備する

しかしアメリカ軍では物量の原則(飽和攻撃)、イギリス軍では運用の原則、ソビエト連邦軍では殲滅の原則が加えられている場合もあり、一様ではない。


  1. ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)141頁
  2. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)
  3. ^ 松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)42頁
  4. ^ 松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)72頁
  5. ^ 松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)147 - 148
  6. ^ 松村劭『新・戦争学』(文藝春秋、平成12年)146 - 160
  7. ^ 眞邉正行『防衛用語辞典』(国書刊行会、平成12年)
  8. ^ 眞邉正行『防衛用語辞典』(国書刊行会、平成12年)、松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)83 - 84頁
  9. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年) 18 - 19頁
  10. ^ 眞邉正行『防衛用語辞典』(国書刊行会、平成12年)
  11. ^ 眞邉正行『防衛用語辞典』(国書刊行会、平成12年)
  12. ^ 防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 陸海軍年表 付 兵語・用語の解説』朝雲出版社
  13. ^ フランク・B・ギブニー編『ブリタニカ国際百科事典 1 - 20』(ティービーエス・ブリタニカ、1972年)などを参考に、戦術の原則について記述し、またしばしば引用される戦術研究として『孫子』、ジョミニの『戦争概論』、クラウゼヴィッツの『戦争論』そして現代陸軍教範にも採用されているフラーの研究をまとめた。その他の軍事学者軍人が導き出した原理についてはそれぞれの項目を参照してもらいたい。
  14. ^ 金谷治訳注『新訂 孫子』(岩波書店、2006年)、栗栖弘臣『安全保障概論』(ブックビジネスアソシエイツ社、1997年)を参考に戦術論に限定し、その主要と思われるものを部分的に抽出した。
  15. ^ ジョミニ、佐藤徳太郎訳『戦争概論』(中央公論新社、2001年)、栗栖弘臣『安全保障概論』(ブックビジネスアソシエイツ社、1997年)247 - 253ページを参考にした。ジョミニの戦略・戦術の区分は現代の戦略・戦術の区分と一致しない点も数多く、ここでは作戦戦略・作戦術・戦術の一部が含まれていると思われる戦争の基本原理の項目を参考に、重複する部分を省き、使用されている言葉を戦術学と適合させて述べている。
  16. ^ クラウゼヴィッツ著、清水多吉訳『戦争論 上下』(中央公論新社、2001年)を参考文献とし、本項目が戦術であるために抽出した箇所も同参考文献29頁などから抽出している。
  17. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)12 - 17頁およびField Manual 100-5, Operations, Department of the Army, 1993.
  18. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)27頁
  19. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)27頁
  20. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)28頁
  21. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)39 - 44頁
  22. ^ 撃退は敵を後退させること。撃破は敵の戦闘力を一時的に不能になるまで減衰させること。撃滅は敵の戦闘力を恒常的に不能になるまで減衰させること。
  23. ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)170 - 171頁
  24. ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)170 - 171
  25. ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)170 - 171
  26. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)57 - 62頁
  27. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)57頁
  28. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)
  29. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年)126頁、栗栖弘臣『安全保障概論』(ブックビジネスアソシエイツ社、1997年)173 - 174頁
  30. ^ 松村劭『バトル・シミュレーション 戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』(文藝春秋、2005年) 114 - 121頁
  31. ^ 黒野耐『参謀本部と陸軍大学校』(講談社、2004年)70 - 71頁
  32. ^ ここでの戦略は厳密には作戦戦略を意味する。国家戦略や軍事戦略はこの定義ではない。
  33. ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)144頁
  34. ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)145頁
  35. ^ 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)141頁
  36. ^ 松村劭『戦争学』(文藝春秋、平成18年)36 - 42頁
  37. ^ 国防研究会編、石原完爾監修『戦術学要綱』(たまいらぼ、1985年)90 - 92頁






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