生体内の水輸送
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 09:06 UTC 版)
光合成のために、植物は大気からCO2を取り入れることを必要とする。しかしながら、これはコストを伴う。気孔が開いてCO2を取り入れている間、水分は蒸発する。水分はCO2を吸収するよりも速く失われるので、水分を補充する必要があった。植物は湿った土壌から光合成が実行される場所へ水分を輸送するシステムを発達させた。初期の植物は細胞壁を通して水を吸い上げていた。そして気孔を進化させることで、水分のコントロール(およびCO2の獲得)の能力を得た。水分輸送のための組織はすぐに進化し、hydroids, 仮導管、内皮に支えられた二次木部、最終的に導管が出現した。 初期の植物が陸上に進出してきたシルル紀~デボン紀はCO2レベルが高く、そのため水分の問題はそれほど深刻ではなかった。大気中のCO2が、植物の活動によって減少していくと、CO2を獲得するためさらに多くの水が失われることとなって、より洗練された水分輸送システムが進化した。水分輸送システムと同様に、防水性の表皮(クチクラ)も進化し、植物は常時水分層に接していない状態でも生存が可能になった。変温動物から恒温動物への変化のように、変水性 (poikilohydry)植物から恒水性 (homoiohydry)植物への変化によって、あらたなる場所への進出の可能性が出てきた。そして植物が直面した問題は、できるだけ効率的に水分輸送を行うことと、輸送組織がしぼんだり空になったりするのを避けることの、バランスを取ることだった。 シルル紀の期間はCO2は容易に利用可能であり、その取得のために水分を消費する必要はあまりなかった。石炭紀の終期になると、CO2のレベルは現在の値に近いぐらいまで低くなり、CO2を得るために消費される水分は約17倍になった。しかし、このようなCO2が豊富にあった時代でも水は貴重であり、乾燥を防ぐために植物の各パーツへ、湿った土壌から水を輸送しなければならなかった。これら早い時期の水分輸送は、水に本来備わっている凝集力/張力機構を利用していた。水は、より乾燥している部分に拡散する傾向を持っており、またそのプロセスは、細い構造で毛細管現象が起きるとより強まる。植物の細胞壁の間のような(または仮導管のような)細い通路では、水分の流れはゴムのように振る舞う。一方の端で水分が蒸発すると、それに続く水の分子が、水路に沿って引き上げられる。このため、初期の植物は蒸散作用だけで水分を運搬する力を得ていた。しかし、専用の導管を持たない場合には、凝集力・張力による機構は2cm以上水を運搬することはできないので、初期の植物はそれ以下のサイズに抑えられていた。このプロセスは、それ自身を存続させるために、一方の端に常に水が供給されていることを要求する。空になるのを防ぐために、植物は防水性の表皮を発達させた。初期の表皮は、気孔が無いが、そのかわり植物の全体を覆っていなかった。ガス交換ができるようにするためである。しかし、ときどき乾燥が起こることを避けることはできなかった。初期の植物は、細胞壁の中に多量の水を蓄えることで、これに対処した。そして、水が供給される時まで生命活動を「保留」にすることによって、つらい時期を耐え抜いた。 小さなサイズの制約、また、柔組織が水分輸送を担っていることに起因する、常に湿度を必要とするという制約から逃れるために、植物はもっと効率的な水分輸送システムを必要とした。シルル紀初期から、リグニン(もしくは似た化合物)が沈着した、特殊な細胞が発達していて、萎むのを予防している。リグニン沈着のプロセスは、細胞の死と同時に起こる。内部を空にして、その中を水が流れるようにするのだ。これらの太く、枯れた、空の細胞は、細胞間で水を通す方法より100万倍も通しやすくした。そして長い距離の水分輸送と、高いCO2拡散の能力を与えた。 本来の場所に水分輸送管を持つ最初の巨視的化石は、前期デボン紀の前維管束植物アグラオフィトン Aglaophytonとホルネオフィトン Horneophytonである。これらは、現代のコケ植物が持っているハイドロイド構造に極めてよく似た構造を持っている。水分輸送の効率を高めるために、植物はさらに、細胞内の抵抗を少なくする方向に進化を続けた。管の壁を帯でまきつけるのは、シルル紀初期から現れるが、水の流れをよくする簡便な方法である。帯で巻き付けられた管は、壁に小穴模様のある管と同様、リグニン化されていた。そして、それが単細胞の導管を形成するとき、維管束植物になったと考えられる。これら、「次世代」の水輸送細胞は、ハイドロイドよりも堅い構造を持っており、高い水圧に対処できるようになっている。維管束は、ツノゴケ類の中で発達し、それからすべての維管束植物が発生した可能性もある(しかし複数回発生した可能性もある) 水分輸送は調節を必要とする。動的なコントロールは気孔によって行われる。ガス交換の量を調整することで、呼吸によって失われる水の量を制限することができる。水の供給は一定ではないので、これは重要である。また実際に気孔は維管束よりも早く出現し、維管束植物ではないツノゴケ類にも存在する。 内皮はおそらくシルル紀~デボン紀の間に進化した。しかしこの構造の最初の化石証拠は石炭紀になる。根にあるこの構造は、水輸送組織をカバーして、イオン交換を調整する。(また、望ましくない病原体などが水輸送組織に入り込むのを防止する)。内皮はまた、蒸散作用が水を動かすほど十分でない場合にも、圧力をかけて水を上方に押し出すことができる。 植物がひとたびこのレベルにまで水分輸送をコントロールできるようになると、本当の恒水性植物であって、表面の湿気に依存せずに根様の器官から外界の水を抽出することができ、そして非常に大きいサイズに生長することが可能になる。環境から独立できた結果として、乾燥時にも生き続けられるという能力の方は、それを保ち続けるのは困難だったので、失った。 デボン紀の間に、木部の最大直径が増大していった。ただし最小直径はほとんど同じだった。中期デボン紀では、いくつかの植物の系統で、仮導管直径は安定期に入った。仮導管の直径が太ければ、水は早く流れるようになる。しかし全体としての輸送率はまた、木質部と一緒になった断面積全体の面積にも依存する。さらに導管の厚さの増加は、植物の軸の太さ、植物の高さと相関しているように思われる。それはまた、葉の出現と気孔の密度の増加にも密接に関係している。どちらも水分の必要性を増大させる。 頑丈な壁を持った太い仮導管は、より高い輸送のための水圧を可能にする。だが、直径が太ければ、空洞現象の問題が大きくなってくる。空洞現象は、管の中に空気の泡が発生したときに起こり、水分子の繋がりを断ち、凝集力/張力機構による水の吸い上げを阻害する。仮導管にひとたび空洞が発生すると、それを取り除くことはできず、活動ができなくなる(一部の被子植物はそれが可能になる機構を発達させた[要出典])。そこで、空洞発生を避けることが植物にとって重要になる。このため、仮導管壁のピットは、空気が入って泡が発生するのを避けるために、非常に小さい直径になっている。凍結-解凍は、空洞発生の大きな原因である。仮導管壁へのダメージは、ほとんど例外なく空気漏れをもたらし、空洞発生が起こる。それで、多くの仮導管が平行して動作することが重要になる。 空洞発生を避けることは難しい。しかし、それが起こった場合、植物はそれを収拾する機構をいくつか持っている。小さなピットが隣接する導管をつなぎ、液体だけを通して気体は通さないようにする。ただし皮肉にも、塞栓の拡がりを押さえるそのピットが、その大きな原因になっている。これらのピットのある表面は、木部を通る水よりも30%流量が少なくなる。針葉樹は、ジュラ紀までには、巧妙な改良を発達させた。弁のような構造を、空洞発生の部分を隔離するのに使った。縁にある円環状の構造があって、円環の中央に小さなものが浮いている。一方向が減圧すると、小さなものが円環にはまって、そこ以降の流れを遮る。他の植物は、単純に空洞を受け入れる。たとえば、オークは毎春に太い導管を生長させる。それらはみな冬を越せない。カエデは根の圧力を利用して、根から樹液を上方に押し出し、気泡を絞り出す。 高さを増すために、新たな形質が追加された。リグニン化された壁である。機能停止になった仮導管は、通常木質で形成された、強くて木質の枝を形作るために残存する。しかしながら、初期の植物では、仮導管はあまりにも機械的強度が不足しており、枝の外周にある頑丈な厚壁組織に囲まれて、中央の位置に留まっていた。仮導管が構造的役割を担うことになった時でも、それは厚壁組織にサポートされていた。 仮導管は細胞壁で終わっており、これは流れに非常に大きな抵抗をもたらす。導管の要素は終端壁に穴を開けている。それらは列に並んで、一つのつながった管のように働く。デボン紀からの基本状態である終端壁の機能は、おそらく塞栓を避けるためにある。塞栓は、仮導管中に発生した空気の泡である。これは凍結や、溶解しているガスが析出した結果として発生する。一旦塞栓が発生すると、通常取り除くことができない(ただし下記を見よ)。それに侵された細胞は水を持ち上げることができず、役立たずになってしまう。 前維管束植物の仮導管の終端壁が除かれると、水力学的導通性において、初期の維管束植物クックソニアと同様になる。 仮導管は、それが単細胞から構成されているため、サイズに制約があり、長さが制限される。また有効直径も80 μmまでに制限される。導通率は直径の4乗に比例するため、直径の増加は莫大な利益をもたらす。導管は、多数の細胞からなっており、その終端が結合している。この限界を克服し、直径500 μm、長さ10 mにもなる大きな管を形作ることを可能にした。 導管が最初に進化したのは、乾燥しCO2レベルの低いペルム紀末期だった。トクサ類、シダ類、イワヒバ類で独自に進化し、のちの白亜紀中期に、被子植物とグネツム綱で進化した。導管は木の同じ断面積で言えば、なんと仮導管の約100倍も水を運ぶ。これにより植物は、枝にもっと構造性の繊維を含めることができるし、また、木ほどの太さには育たないが水は運ぶことができるため、つる性植物という生態的地位を開拓することができた。このような利点はあるが、導管が空洞発生を避けるために強化される必要があるのに対し、仮導管主体の樹木は、より軽く、また構成しやすい。
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