壁画の劣化、今後の課題とは? わかりやすく解説

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壁画の劣化、今後の課題

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/02 08:32 UTC 版)

高松塚古墳」の記事における「壁画の劣化、今後の課題」の解説

発掘調査以降壁画現状のまま現地保存することになり、文化庁石室内の温度湿度調整防カビ理などの保存管理、そして1981年以降1回定期点検行ってきた。しかし、2002年から2003年にかけて撮影され写真調べた結果雨水浸入カビの発生などにより壁画退色変色顕著になっていることが2004年明らかにされた。 高松塚古墳壁画カビによる劣化一般に知られるようになったのは、文化庁2004年6月出版した国宝高松塚古墳壁画』により現状明らかになり、新聞大々的報道されてからである。1972年壁画発見当時石室内には南壁盗掘孔から流れ込んだ土砂堆積しており、東壁の男子群像の右半分など、土砂地下水影響画面汚染されている部分もあったが、壁画大部分には鮮明な色彩残されていた。これらの壁画切石直接描いたものではなく切石の上に数ミリ厚さ塗られ漆喰の上描かれているが、漆喰自体脆弱化しており、剥落危険性懸念されていた。また、1,300年近く土中にあり、閉鎖され環境保存されてきた石室開口され、人が入り込むことによって温湿度などの環境変化カビなどの生物による壁画劣化懸念された。劣化をいかに食い止め壁画後世伝えていくかについては、発見当初からさまざまに検討されていた。 石室大人2人かがんだ姿勢でようやく入れ程度広さしかなく、スペースの点だけを考えても、現地での一般公開は到底不可であった石室内は相対湿度100%近い高湿環境であり、修理調査のために人が短時間石室内に入っただけでも温度の上昇と湿度低下もたらした壁画保存方法については内外専門家からさまざまな意見出され石室から壁画剥がして別途保存する方法含めさまざまな案が検討されたが、最終的に石室解体せず、壁画現地保存することに決したその後石室南側前室部分1974年から空調設備備えた保存施設の建設始まり1976年3月完成をみた。この保存施設前室準備室機械室からなり石室内部温湿度モニターしつつ、前室内の温湿度をそれに合わせて調整するのである留意すべき点は、この保存施設は、古墳石室内の温湿度直接的に制御するものではなく石室内の自然の温湿度変化合わせて前室温湿度調整しているという点である。つまり、点検修理等のために石室に人が入る際に、外部温湿度影響受けないように、保存施設内の温湿度をあらかじめ石室内と同様の条件調整する役目をもっている。壁画保存修理工事1976年9月から第1次第2次第3次分けて実施され1985年をもって第3次修理終了している。この間1980年カビ大量発生をみるが、この時は薬品等を用いた除去策が功を奏した次にカビ大量発生をみたのは2001年である。同年2月石室保存施設との間の取合部(とりあいぶ)と呼ばれる部分天井崩落防止作業行った際、作業員防護服着用せずに入室したことが、結果的に大量カビ発生つながった指摘されている。「取合部」とは、保存施設石室の境の、土がむき出しになっている部分である。壁画劣化はこの時に突如始まったものではなく徐々に進行していたものであるが、文化庁カビ発生壁画劣化事実公表していなかったため、国民不信を招くこととなった。 その約1年後2002年1月28日西壁損傷事故起きた。この日、修復当たっていた担当者一人誤って空気清浄機倒し西壁男子群像の下の余白に傷をつけた。同日別の担当者室内灯に接触し西壁男子像の胸の部分漆喰剥落した。この2つ事故のうち、前者は絵のない余白部分についた傷であり、後者壁画発見当時から流入土砂汚損されオリジナル彩色残らない部分であったため、石室外の土を溶いたもので修理がなされ、文化庁では「通常の修理」の範囲内であるとして、これらの事故公表していなかった。 2003年3月国宝高松塚古墳壁画緊急保存対策検討会が設置され、翌2004年6月には「緊急」を「恒久」に変えた国宝高松塚古墳壁画恒久保存対策検討会が発足した。同じ2004年6月には『国宝高松塚古墳』(文化庁監修中央公論美術出版刊)が発刊され壁画劣化、特に西壁「白虎」著し劣化が明らかとなった2004年6月20日付け朝日新聞大阪本社版朝刊「白虎」劣化大々的報じたことで壁画劣化問題一般国民関心を引くこととなった壁画劣化防止策保存方法について種々の検討続けられた。特別史跡古墳)と国宝壁画)のいずれを守るのか議論が行われた。将来向けて壁画修復保存あり方については、古墳墳丘全体保存施設で覆う方法壁画取り出して他の施設恒久保存する方法など、あらゆる可能性追求されたが、最終的に壁画描かれている石室をいったん解体移動して修復し修復完了後に元に戻すという方式採用され2005年6月27日国宝高松塚古墳壁画恒久保存対策検討会において、この方法を採用することが決定された。一部には、キトラ古墳同様に壁画剥ぎ取って古墳外で保存すべきだという意見もあるが、計画では修復後に現地に戻すことになっている石室解体し壁画描かれ切石取り出すということは見方によっては、特別史跡である墳丘破壊である。これを受けて同年10月25日日本考古学協会は「特別史跡高松塚古墳保全保護求め声明」を出し史跡現地保存されるべきであると主張した同年8月4日飛鳥保存財団は「現地修復要望書」を文化庁保存対策検討会に提出明日香村議会同年8月11日壁画現地保存対策要望決議し文化庁提出するなど、関係者の間には現地での保存修復を望む声も依然高かった2001年から2002年にかけて起きたカビ大量発生西壁損傷事故について第三者による調査委員会高松塚古墳取合天井崩落止め工事及び石室西壁損傷事故に関する調査委員会座長:石沢良昭上智大学学長)において再調査された。同委員会2006年6月19日報告書を国へ提出。そこでは、文化庁縦割りセクショナリズム弊害情報公開への意識低さなどが指摘されている。高松塚古墳場合特別史跡である古墳自体文化庁記念物課、国宝である壁画美術工芸課(2001年1月より「美術学芸課」と改称)の管轄であり、両者連携が十分ではなかったとされている。2001年2月天井崩落防止工事に伴うカビ大量発生については、作業員滅菌した防護服着用していなかったことが原因とされている。この工事記念物課が発注したが、現場管理美術学芸課にまかせきりで、記念物課の職員工事一切立ち会わなかった。東京文化財研究所には工事実施すること自体知らされていなかった。また、防護服着用などを定めた保存修理マニュアル」の存在現場周知されておらず、結果的にカビ大量発生招いた。しかも、カビ発生事実公表されたのはそれから2年後のことであった2002年1月には前述のとおり西壁の2箇所損傷生じているが、文化庁はこの事実公表せず、傷が目立たないように補彩していた。補彩は上記西壁の2箇所以外に東壁、北壁天井にも行われていたがこれについても公表されなかった。また、西壁損傷事故2年前の2000年3月21日撮影された(損傷前の)壁画写真を「最新写真」と偽って新聞社提供していたことも明らかになった。 この事態受けて文化庁により「国宝高松塚古墳壁画恒久保存対策」を目的とした古墳発掘調査始まり埋もれていた周溝などが発見され古墳の本来の形状明らかにされつつある。また、墳丘からは過去の地震によると思われる亀裂多数発見されており、雨水進入経路になった考えられている。 墳丘発掘調査石室解体修理2006年10月2日開始された。2007年1月には古墳全体を覆う断熱覆屋完成内部温湿度1090%に保たれた。同年3月12日には国営飛鳥歴史公園内に修理施設完成した石室はいったん解体搬出した後、この修理施設移され修復が行われることになった4月5日には4天井石のうちの1枚クレーン吊り上げられ、専用車両で修理施設へと移された。以後、4天井石と8の壁石は1枚ずつ移動され5月10日11日には「西壁石3」と呼ばれる、「飛鳥美人」が描かれた石が移動された。最後12目の壁石(西壁石1)が移動されたのは6月26日のことである。 修理中の2008年11月25日顔料分析中、東壁女子群像顔料部分機材損傷する事故起こしている。 その後保存施設撤去と共に発掘調査に基づく形状復元工事が行われ、2009年10月24日から一般公開された。墳丘角度が急であるため、植垣と柵で囲まれており、立ち入りできないよになっている2020年3月26日12年かけた壁画修復が終わる。

※この「壁画の劣化、今後の課題」の解説は、「高松塚古墳」の解説の一部です。
「壁画の劣化、今後の課題」を含む「高松塚古墳」の記事については、「高松塚古墳」の概要を参照ください。

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