三省堂 大辞林 |
やまと 【山と】
やまと 【山▽処】
やまと 【大和/倭】
(1)旧国名の一。奈良県全域に相当。五畿内の一。平安遷都以前は歴代の皇居のあった地方。もと「倭」と書いたが、元明天皇の時、「倭」に通じる「和」の字に「大」の字を付けた「大和」を用いることが定められた。
(2)〔(1)に都があったことから〕日本国の別名。やまとの国。おおやまと。和州。
(3)名詞の上に付いて、日本固有のもの、日本的なものである意を表す。
「―言葉」「―なでしこ」
(4)上下に框(かまち)がなく、板を大和打ちにした簡単な戸。
(5)旧日本海軍の戦艦。1941年(昭和16)竣工。戦艦としては世界最大で基準排水量64000トン、主砲四六センチ砲九門を搭載。45年、沖縄へ出撃の途中、アメリカ軍機の雷爆撃により沈没。同型艦に「武蔵」がある。
(2)〔(1)に都があったことから〕日本国の別名。やまとの国。おおやまと。和州。
(3)名詞の上に付いて、日本固有のもの、日本的なものである意を表す。
「―言葉」「―なでしこ」
(4)上下に框(かまち)がなく、板を大和打ちにした簡単な戸。
(5)旧日本海軍の戦艦。1941年(昭和16)竣工。戦艦としては世界最大で基準排水量64000トン、主砲四六センチ砲九門を搭載。45年、沖縄へ出撃の途中、アメリカ軍機の雷爆撃により沈没。同型艦に「武蔵」がある。
やまと 【大和】
(1)神奈川県中部、相模原台地東端の市。もと宿場町。近年、自動車・電機などの工業が立地。住宅地化も進む。米軍厚木航空基地がある。
(2)新潟県南東部、南魚沼郡の町。三国街道の宿場、裸押合祭で有名な毘沙門堂の門前町として発展。
(3)岐阜県中西部、郡上(ぐじよう)郡の町。長良川上流域に位置する。オオサンショウウオ生息地。
(4)山口県南東部、熊毛郡の町。伊藤博文の生地。
(5)佐賀県中東部、佐賀郡の町。佐賀市の北西に接し、古代肥前国の中心地。
(6)福岡県南西部、山門(やまと)郡の町。有明海に面し、クリーク地帯と干拓地からなる。
(2)新潟県南東部、南魚沼郡の町。三国街道の宿場、裸押合祭で有名な毘沙門堂の門前町として発展。
(3)岐阜県中西部、郡上(ぐじよう)郡の町。長良川上流域に位置する。オオサンショウウオ生息地。
(4)山口県南東部、熊毛郡の町。伊藤博文の生地。
(5)佐賀県中東部、佐賀郡の町。佐賀市の北西に接し、古代肥前国の中心地。
(6)福岡県南西部、山門(やまと)郡の町。有明海に面し、クリーク地帯と干拓地からなる。
フェリー(阪九フェリー) |
やまと/つくし

船内内訳表
| 等 級 | 部 屋 | 設 定 | 定員×室数 | |||
| 禁煙室 | レディース禁煙室 | 身体障害者専用室 | ||||
| 特等室 | 洋室 | ○ | × | × | 2名×4部屋 | |
| 1等洋室 | 洋室(ツイン) | ○ | ○ | ○ | 2名×32部屋 | |
| 1等和室 | 和室仕様 | ○ | × | × | 3名×12部屋 | |
| 2等指定A | 洋室(シングル) | ○ | × | × | 1名×36部屋 | |
| 2等指定B | 洋室(2段ベッド×2) | 全室 | ○ | × | 4名×30部屋 | |
| 2等室 | 和室仕様 | 全室 | ○ | × | 15部屋 | |
| ※ ○と記載された2等室のレディースルームの部屋数は当日の乗船人数によって変更致します。 | ||||||
| 計(定員) | 667名 | |||||
| 等 級 | 部屋 | 備 品 | |||||
| テレビ | バス・トイレ | 浴衣 | タオル・歯ブラシ | スリッパ | その他 | ||
| 特等室 | 洋室 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
| 1等洋室 | 洋室(ツイン) | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
| 1等和室 | 和室仕様 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
| 2等指定A | 洋室(シングル) | ○ | ○ | ○ | |||
| 2等指定B | 洋室(2段ベッド×2) | ○ | ○ | ○ | |||
| 2等室 | 和室仕様 | 更衣室 | |||||
航空軍事用語辞典++ |
【大和】
- 三等海防艦大和
葛城級二番艦。1887年竣工。
当時すでに最新鋭艦ではなく、日清戦争では第二線に退き、1912年に二等海防艦に変更される。そして日露戦争では戦闘艦として使用されなかった。
1922年に測量艦になって以降日本近海の測量を行い、日本海中心部付近に海底丘陵を発見。艦名にちなみ「大和堆」と名付けられた。
1935年に除籍されるも、1945年まで宿泊船として用いられた。
- 大和型戦艦
日本が生んだ史上最大の超ド級戦艦。
1番艦大和、2番艦武蔵が竣工している。(計画では四番艦まであっが、三番艦信濃は後に建造中空母に艦種変更、四番艦は起工するも船台を組んだところで建造中止、解体された。)
1934年末に開始された新戦艦建造計画で「A-140」として計画を開始された。
当初はディーゼルエンジンと蒸気タービンの併用が計画されていたが、大型艦用のディーゼル機関の開発が思うように進まず、タービン機関のみで建造が開始された。
「豊かな物量に物を言わせ数で押してくるアメリカ軍に対し、少数艦の圧倒的戦力で撃滅する」という思想が設計の根源にあり、そのためパナマ運河を通らなくてはならないと言う制約のため40センチ砲までしか搭載できないアメリカ戦艦に対し、46センチ砲を搭載した。
当然パナマ運河の通行は不可能だが、現実問題そのようなことは考えるだけばからしかっただろう。
その衝撃に耐えるため艦幅を広くし、さらに重要区画は対応防御の思想に基づいて自らの主砲にも耐えられる防御能力を有している。もっとも艦全体にそのような装甲を施すととんでもない重量になるため、極端な集中防御策が施されている。
その軽量化の工夫は主砲塔にも見られ、主砲を日本戦艦初の三連装砲にしているのは軽量化のためといわれている。この46センチ砲用に開発された九四式徹甲弾は、命中せず着水した場合でも水中を直進し、喫水線下にダメージを与えることができた。
速度も27ノットと当時の列強各国の新鋭戦艦と比べれば遅い部類に入るが、日本の戦艦の中では最速(当初巡洋戦艦として建造された金剛型は除く)となっている。
結果的に1941年の1番艦竣工と同時に大和型は基準排水量64000tと世界最大の戦艦になり、その後用兵思想が航空主兵主義に移り変わっために今日にいたるまで大和型を退ける戦艦は現れていない。
旗艦設備を備えていたこともあり、内装はかなり豪華だったようである。
水兵の寝床がハンモックでなくベッド、冷暖房にエレベーター完備であり、それに加えて柱島やトラック諸島から中々動かなかったことから、将兵達に「大和ホテル」「武蔵御殿」などと揶揄されることもあった。
もっとも、冷房に関しては本来、火薬庫内の装薬の自然発火を防ぐ為のものである。
そして主砲塔内や射撃式計算機のあった発令所内の、文字通り灼熱地獄から兵員を守り、ベッドに関しては過酷な戦艦勤務での疲労回復向上を目指したものであって、司令部要員の為の贅沢装備というわけではない。
エレベーターについても、世界最大の戦艦ゆえに必要とされたのは言うまでもない。
逆にその巨体であるがため甲板掃除は過酷であり、「大和坂」「武蔵坂」と言われるほどであった。
大和型は予算を含めてその存在は極秘とされ、圧倒的な火力と防御力から大きな期待がかけられていたが、前述のように大艦巨砲主義から航空主兵主義に用兵思想が変わったためにこれと言った活躍は無かった。
レイテ沖海戦では大和と武蔵が揃って参戦したが、武蔵が撃沈された。
残された大和は「菊水一号作戦」に参加し、沖縄へ向かう途中延べ数百機に及ぶ米艦載機の猛攻を受け、左舷を中心に合計魚雷10本・爆弾5発が命中、最終的には弾薬庫に引火して大爆発をおこし、14時23分に沈没した。
現在もその巨体を海底に横たえていることが海底調査で明らかになり、その際、数回の誘爆をおこして船体が二つに破断、バラバラに沈没したことも明らかになった。
なお、本艦は当時の情報秘匿面では稀な成功例であり、連合国側は敗戦までその詳細を掴んでおらず、有名なところでは主砲口径を最後まで16インチ(40.6cm)と信じていた。
徹底した情報秘匿により、地元民ですら「巨大な軍艦を作ってはいる」程度しか知らなかったという。
国民に至ってはその存在すら知らず、広く知られるようになるのは、敗戦後のことである。そのため、当時知られていたものでの人気戦艦といえば、連合艦隊旗艦も勤めた長門であった。
余談ではあるが、本艦は冷蔵庫を備えており、特に生鮮食料品は鮮度が良かったという。曰く「大和の飯は美味かった」とのこと。
大和という名前は、現在では一般的にも有名であり人気も高い。
そのこともあり、アニメでの宇宙戦艦のモデルにされたりもしている。
関連ページ:http://www2.ocn.ne.jp/~itoushin/yamato/
1937年11月4日 呉工廠にて起工
1940年8月8日 進水
1941年12月16日 竣工
1942年2月12日 連合艦隊旗艦となり、太平洋戦争に参加
5月29日〜 ミッドウェイ作戦に参加
1943年2月11日 連合艦隊旗艦を「武蔵」に移す
1944年6月15日〜 マリアナ沖海戦に参加
10月22日〜 レイテ沖海戦に参加
1945年4月6日〜 沖縄特攻作戦に参加
4月7日 九州南西沖にて米軍機の攻撃を受け沈没
8月31日 除籍
スペック(竣工時) (最終的に兵装は15.5cm3連装砲が4基→2基、12.7cm連装高角砲が6基→12基、25mm3連装機銃が8基→29基、25mm単装機銃が16基追加、のように改修されている。)満載排水量 69,100t ボイラー ロ号艦本式罐・重油焚×12基 燃料搭載量 重油6400t 全長 263.0m 全幅 38.9m 主機 艦本式オールギヤードタービン×8基/4軸推進 吃水 10.4m 出力 150,000hp 武装 45口径46cm3連装砲×3基 60口径15.5cm3連装砲×4基 40口径12.7cm連装高角砲×6基 25mm3連装機銃×8基 13mm連装機銃2基 艦載機 水偵×7機搭載 最大速力 27.0kt 航続距離 16ktで7200浬 乗員定数 約2,500名 同型艦 武蔵
- かわぐちかいじ氏著の『沈黙の艦隊』に登場する原子力攻撃潜水艦。
やまとは日本が建造費をすべて負担して日本で初めて建造された原子力潜水艦であり、建造時にはアメリカ海軍第7艦隊所属の「シーバット」と命名された。しかし試験航海中に逃亡し、その後独立国家となることを宣言した。
マラッカ海峡からニューヨーク沖まで約二ヶ月の航海の途中、米海軍攻撃型原潜艦隊・ソ連原潜アルファ級「スコルピオン」、米海軍第3艦隊、米海軍第7艦隊、ソ連太平洋艦隊、米原潜シーウルフ級「キング」「アレキサンダー」、米海軍第2艦隊といった数々の敵と交戦し、そのことごとくを戦闘不能に陥れもしくは振りきった。
たった1隻でアメリカ第3艦隊の戦闘能力のほとんどを奪い、第2艦隊40隻を仮想撃沈する、北極海ではシーウルフ級SSN2隻を戦闘不能にするなど当時最強のSSNとして名高い。
この最強の原潜を撃沈するべく使用された魚雷、対潜ロケット弾の数は少なく見ても数千発を超えるがそのほとんどを本艦は海江田四郎艦長(海上自衛隊時代海将補)の天才的操艦もあいなり回避している。
これらの各国に対する影響力は凄まじく、日本・アメリカ・国連などに多大な影響を与え最終的には自らは沈みつつも「世界政府準備機関」を国連に立ち上げさせ、核攻撃に対する独立した抑止力である「沈黙の艦隊」を非公式ながら組織化するに至った。
艦名 やまと 水中排水量 9,000t 最大速力 55kt 船体 チタン合金製、複殻方式、無反響タイル装 戦闘深度 高度7m〜深度1250m 兵装 533�以上の魚雷発射管8門 搭載能力 魚雷ミサイルあわせて50発以上 主機 S8G加圧水型原子炉、蒸気タービン1軸スキュードプロペラ 出力 60000ps 乗員 海江田艦長を含め76名
隠語大辞典 |
JMnedict |
山戸
| 姓 | 読み方 |
|---|---|
| 山戸 | やまと |
山登
| 姓 | 読み方 |
|---|---|
| 山登 | やまと |
大和
| 姓 | 読み方 |
|---|---|
| 大和 | やまと |
矢的
| 姓 | 読み方 |
|---|---|
| 矢的 | やまと |
山遠
| 姓 | 読み方 |
|---|---|
| 山遠 | やまと |
山門
| 姓 | 読み方 |
|---|---|
| 山門 | やまと |
日本
| 姓 | 読み方 |
|---|---|
| 日本 | やまと |
屋麻戸
| 姓 | 読み方 |
|---|---|
| 屋麻戸 | やまと |
倭
| 姓 | 読み方 |
|---|---|
| 倭 | やまと |
ウィキペディア |
ヤマト
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/08/01 02:23 UTC 版)
(やまと から転送)
ヤマト、やまと
[続きの解説]
「ヤマト」の続きの解説一覧
- 1 ヤマトとは
- 2 ヤマトの概要
やまとに関連した本
- 大和名瀬スターターセット(キャラコミックス) 大和名瀬 徳間書店
- Windows Azure Platform開発入門 安東 沙織 日経BP社
- ちんつぶ 4 (MBコミックス) 大和 名瀬 実業之日本社
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