第十四戦隊とは? わかりやすく解説

第十四戦隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/10 06:42 UTC 版)

那珂 (軽巡洋艦)」の記事における「第十四戦隊」の解説

1943年昭和18年4月1日軽巡洋艦2隻(那珂五十鈴)で第十四戦隊が新編される。ただし五十鈴第三次ソロモン海戦等で受けた損傷横浜修理中だった。第十四戦隊は第四艦隊4月5日より司令長官小林仁中将)に所属する事になり、夕張が同艦隊から除籍された。十四戦隊司令官伊藤賢三少将本艦将旗掲げた4月5日那珂舞鶴港出港訓練哨戒実施しつつ内海西部経由して横須賀へと向かった4月25日那珂駆逐艦3隻(時雨有明長波と共に空母2隻(雲鷹冲鷹)を護衛して横須賀離れ4月30日トラック諸島到着した5月から6月の間ヤルート(ジャルート環礁)へ進出した6月18日ヤルートでの警戒終えてトラック泊地戻った一方修理終えた五十鈴21日トラック泊地到着。第十四戦隊はようやく定数2隻を揃えた同日連合艦隊司令長官は、戦艦大和、第十四戦隊、第十六戦隊名取鬼怒球磨)、巡洋艦部隊阿武隈香椎青葉川内)各艦の水上偵察機整備兵パラオ派遣し対潜哨戒従事するよう命じた那珂水上偵察機パラオ移動途中7月4日、ソロール島で故障して使用不能となった6月22日より、第十四戦隊はトラックからナウルへの兵員輸送命じられた。この輸送作戦のため、第四水雷戦隊より軽巡長良、第16駆逐隊雪風)と第17駆逐隊浜風谷風)、第27駆逐隊有明22日附で時雨交代)が選抜され、第十四戦隊(那珂五十鈴)と行動共にする第一次輸送隊那珂400名、五十鈴453名、浜風70名、谷風70名)は22日第二次輸送隊長良350名、雪風70名)は23日第三次輸送隊時雨69名、駆潜艇28号秋葉山50名)は24日それぞれトラック泊地出発25日-26日-29日ナウル着、28日午前-28日午後-7月3日トラック泊地帰着という輸送任務達成した続いて那珂駆逐艦朝凪7月17日よりトラックからミレ(ミリ環礁)への輸送任務従事した。この第66警備隊後発隊(約600名)は、空母翔鶴便乗して7月15日トラック到着した部隊であった。同隊は7月20日ミリ環礁到着先遣隊600名と合流した8月15日アメリカ軍ベララベラ島上陸開始ニュージョージア島の戦い緊迫度合い増した同日より五十鈴ラバウル方面に緊急輸送実施する8月25日巡洋艦2隻(那珂高雄)および第24駆逐隊海風涼風)という戦力ラバウルへの輸送任務実施29日トラック戻った9月3日から兵員輸送をおこなう輸送船2隻(日枝丸富士山丸)をトラックからクェゼリン護衛する。さらに第7駆逐隊漣が途中まで同行した7日クェゼリン到着引き続きマロエラップへの兵員輸送従事12日那珂駆潜艇2隻、輸送船香取丸等は.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯0823東経16512分 / 北緯8.383度 東経165.200度 / 8.383; 165.200にて米潜水艦パーミット雷撃により損傷した特務艦知床特設航空機運搬艦富士川丸救援赴いた。なお救援中にパーミットから雷撃されたが、魚雷那珂左舷30mを通過するなどして、命中しなかった。知床香取丸曳航されてクェゼリン向かい富士川丸自力ルオットロイ=ナムル島)へ向かった19日からはミレ、ウオッゼへの兵員輸送おこなった10月5日連合艦隊司令長官は、第十四戦隊司令官伊澤少将指揮官として陸軍第十七師団南東方面派遣任務『丁四号輸送部隊』の編成下令した。那珂旗艦とする部隊戦力は、第十四戦隊(那珂五十鈴)、軽巡2隻(木曾多摩)、駆逐艦3隻(野分舞風山雲)、輸送船団栗田丸、日枝丸護国丸清澄丸)であった上海から回航された第一輸送部隊木曾多摩)はトラック泊地駆逐艦卯月合同後ラバウルへ向かうが爆撃により木曾損傷駆逐艦2隻(卯月五月雨)の救援得てラバウルたどりついた23日附で軽巡2隻(木曾多摩)は丁四号輸送部隊から除かれた。 第二輸送隊那珂五十鈴山雲護国丸清澄丸)は10月11日トラック泊地出発上海市向かった途中五十鈴被雷した給糧艦間宮救援向かい艦隊から分離した18日上海着)。10月21日第二輸送隊トラック出発10月22日輸送船団東シナ海で敵潜に襲撃された。2隻(那珂山雲)は爆雷攻撃行った。この米潜水艦シャード (USS Shad, SS-235) であった那珂右舷側に魚雷1本が命中していたが、不発だったという。28日トラック泊地到着する同地にて戦力再編おこなわれ山雲第三輸送隊野分舞風、日威丸、神威丸)に編入、代艦として第17駆逐隊陽炎型駆逐艦2隻(磯風浦風)が第二輸送隊編入され那珂指揮下に入った11月1日第二輸送隊トラック出港した11月3日第二輸送隊カビエンの北60浬にて@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}アメリカ13空軍所属B-24爆撃機のべ40機[要出典]の空襲を受け、機銃掃射により那珂十四戦隊首席参謀以下戦死7名・重傷20名という損害出し、ほかに特設巡洋艦清澄丸が被弾浸水して航行不能となった空襲後五十鈴清澄丸の曳航実施、3隻(那珂磯風水無月途中合流》)はその警戒護衛あたった4日0時40分、秋月型駆逐艦若月合流するが、同艦は午前4時分離してラバウル向かった伊澤少将健在艦2隻(浦風護国丸)を分離先行してラバウルに向かわせた。11月4日午前7時カビエン到着ラバウルより到着した軽巡夕張をふくめ、各艦は清澄搭載物件兵員転載した。同日五十鈴磯風触雷して小破磯風カビエン残置された。ラバウルへは那珂五十鈴夕張水無月向かった同日をもって17駆逐隊磯風浦風)は南東方面部隊編入され、第十四戦隊の指揮下を離れた磯風内地回航浦風ラバウル残留)。 輸送船団11月5日ラバウル到着したが、ちょうどその日ラバウル空襲があり、ラバウル停泊中の重巡洋艦部隊指揮官栗田健男中将旗艦愛宕摩耶高雄最上筑摩阿賀野第二水雷戦隊各艦)は大損害を受けた。第十四戦隊(那珂五十鈴)は被害なく対空戦闘実施撃墜15機(重複含む)を記録している。11月6日、第十四戦隊と護国丸ラバウル出発し9日トラック戻り原隊復帰した改編第三次輸送隊野分舞風山雲日枝丸、日威丸、神威丸)は11月3日トラック泊地出発したもののラバウル大規模空襲アメリカ軍潜水艦反復攻撃された事などから、命令によりトラック泊地引き返した9日になり、第4駆逐隊野分舞風山雲)は輸送船日枝丸護衛して再びラバウル向かった詳細は「タラワの戦い」を参照 11月21日アメリカ軍ギルバート諸島タラワ環礁攻撃開始、『タラワの戦い』がはじまった連合艦隊第四艦隊長官指揮官としてタラワ増援部隊編成した支援部隊第四戦隊第七戦隊第八戦隊第二水雷戦隊)、南洋方面航空部隊補給部隊第十駆逐隊東亜丸富士山丸と共に輸送部隊指揮官伊澤少将:第十四戦隊《那珂五十鈴》、長良、第6駆逐隊、響》)、先遣隊潜水艦9隻という戦力作戦組み込まれた。21日、第十四戦隊はトラック出発22日ポナペ島到着して陸軍部隊収容25日クェゼリン到着した26日までに軽巡長良、第6駆逐隊、響)はクェゼリン集結、第十四戦隊(那珂)の指揮下に入る。こうしてギルバート方面への逆上準備完了した。だがタラワはすでにアメリカ軍により陥落しており、逆上作戦実行されなかった。タラワ陥落と、並行して勃発したギルバート諸島沖航空戦敗北により、日本軍制海権制空権失いかけていた。このような状況下、陸軍部隊一部各方面転用することになり、3隻(那珂五十鈴)は28日クェゼリン発、12月1日ミレ到着した12月5日アメリカ軍機動部隊艦載機ルオット襲撃し軽巡2隻(五十鈴長良)を損傷させ、多数輸送船撃沈撃破したマーシャル諸島沖航空戦)。損傷艦トラック泊地回航された。2隻の損傷により随伴艦はのみとなり、2隻(那珂)はポナペ島陸軍部隊クサイ島(コスラエ島)へ転進させる輸送作戦従事する輸送任務終了後10日、2隻はトラック到着してマーシャル方面での行動終えた12月17日空母瑞鳳トラック泊地到着瑞鳳から基地物件受け入れた19日トラック出発し22日ルオット着。その後アメリカ軍機の空襲によりサイパン輸送作戦中止24日トラック戻った

※この「第十四戦隊」の解説は、「那珂 (軽巡洋艦)」の解説の一部です。
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