顧問
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顧問(こもん、英語: adviser、counsel、of counsel)は、ある組織に関与し、意思決定権を持たないが、意見を述べる役職やその役職に就いている者のことである。オブザーバー・参与・カウンセルなどとも呼ばれる。相談役も同義の役職名称だが、やや栄誉職的なニュアンスが強い。
注釈
- ^ 自民党創設後の早い時期には吉田茂・岸信介のような「議員在職25年未満の三権の長経験者」がいた。
- ^ 1974年の時点で60人いて、その中には三木武夫や中曽根康弘のような「これから総裁を目指す人物」まで入っていた。戸川猪佐武「昭和の宰相7 田中角栄と政権抗争」講談社文庫、1985年、P109
- ^ 戸川猪佐武「小説永田町の争闘」P361~364(角川文庫)によると、1980年の時点では「[正副総裁・衆参両院議長の経験者で現職国会議員であること」が資格であり、1982年に「国会議員を引退している岸信介元首相を最高顧問に加えたい」という鈴木善幸総裁(首相)の意向で「現職国会議員」が削除された(ただし、「福田赳夫に近い岸を最高顧問にして福田を懐柔する」という鈴木の意図そのものは失敗に終わった)。この時点で岸と同様の立場にあった人物に中村梅吉(元衆議院議長)と西村英一(元副総裁)がいたが、戸川は中村と西村について何も触れていない。
出典
最高顧問
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「そこまで言って委員会NP」の記事における「最高顧問」の解説
三宅久之(出演回数376回、政治評論家・元毎日新聞特別報道部長)● レギュラー放送開始当初からのレギュラーだった。2012年3月をもってすべてのテレビ番組出演・評論活動から引退、当番組も当初は他の番組同様3月で降板予定だった。しかし、たかじんが長期休養中であったため、4月以降も引き続き出演。6月以降は体調不良によりスタジオ収録は控え、自宅からVTR出演や電話出演、手紙などの形でコメントを寄せた。7月には番組最高顧問に就任。2012年11月15日没。2012年11月18日 - 12月23日には、番組ホームページのトップに、スタッフ一同からの「(三宅に対して)謹んでお悔やみ申し上げますとともに、ご冥福をお祈りいたします」とのコメントが表示されていた。たかじんは当初から「三宅先生が亡くなったらこの番組を終了させます」と公言していたが、これについて2012年11月18日の放送で辛坊が、三宅から「今後も番組を続けるように」と生前に言われており、その意を受けて、今後も視聴者が満足できる番組作りに専心努力すると表明した。この日と後述の追悼スペシャルではたかじん人形の横に三宅の人形が置かれた。 2012年12月2日は「三宅久之追悼スペシャル」として過去の未公開を含む名場面を織り交ぜながら合間に(かつても含む)委員会メンバー(田嶋・ざこば・宮崎・金・山口・勝谷・辛坊・橋下徹大阪市長)や三宅にゆかりのある人物(渡辺恒雄・讀賣新聞主筆・会長、安倍晋三・自民党総裁)からの追悼コメントを放送した。番組の最後にはたかじんからのコメントも全文(一部は11月18日放送分で辛坊の代読で紹介されていた)テロップで掲載された。
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