ムジャッダラ
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ムジャッダラ مُجَدَّرَة |
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ムジャッダラの一例
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フルコース | 主食 |
発祥地 | レバント |
関連食文化 |
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主な材料 | [1] |
ムジャッダラ(アラビア語: مُجَدَّرَة, mujaddara / mujaddarah 英語ではmajadra、mejadra、moujadara、mudardaraまたはmegadarraと表記される)は、レンズマメおよび脱穀した穀物(一般的にはコメ)を炊き込み、フライドオニオン[2]を加えて作られる料理である。ムジャッダラは、パレスチナ人そしてアラブ人の究極のコンフォート・フードと考えられている[2]。
シンプルな材料と簡素な料理法でありながらも、バランスよく炭水化物、タンパク質、食物繊維を摂取出来る上、動物性食品を使用しなくてもよいことから中東地域外のベジタリアンやヴィーガンの間でも人気が高くなってきている[1][3]。
名称および起源
ムジャッダラは、アラビア語で「天然痘にかかった、(天然痘にかかったせいで顔に)あばたのある」という意味[4]であり、コメの間にレンズマメが混ざっている様子をたとえたもの[5][6]。
由来については複数の説があるが、「とある美しい女子が天然痘にかかり、母親は彼女のためにこの料理を作ってやった。そこに隣人が来て娘の容態を聞くつもりで"彼女はどうしたの?"と尋ねたが、母親は作った料理の名前を聞かれたと勘違いし"ムジャッダラよ(天然痘にかかってしまったのよ)"と答えた。隣人は"天然痘にかかった、あばた顔"という名前の料理だと受け取りそれが広まった」[注 1]というストーリーなどが語られている。
記録されているムジャッダラの最古のレシピは、1226年にアル=バグダーディーによりイラクにおいて編纂された料理書である『キターブ・アッ=タビーフ(كتاب الطبيخ、Kitāb al-Ṭabīḫ 、料理の書の意)』に記載されたものである[6]。このレシピは、コメ、レンズマメおよび肉を用いるもので[7]、儀式の際に提供されるものであった。
肉を用いないものは、一般に貧しい者らが食していたアラブ料理であり、旧約聖書においてヤコブがエサウから長子の権利を譲り受けるのと引き換えに渡した「レンズ豆のあつもの」はムジャッダラを指すといわれている[5]。ムジャッダラの食生活上の重要性は、マシュリク(東アラブ)のことわざに「空腹のあまりムジャッダラ一皿のために魂を売り渡す」というものがあるほどである[8]。
バリエーション
レンズマメを炊いたものは、中東全域において非常に一般的であり、様々な料理のベースに用いられる。ムジャッダラはアラブ地域全域において一般的な料理であり、別名「茶レンズ豆」と呼ばれる茶色か緑色の表皮付きレンズマメ[注 2]とコメを素材に用い、クミン、コリアンダーまたはミントにより風味づけを施している[5]。フライドオニオンが振りかけられ、野菜その他の副菜(温菜・冷菜いずれの場合もある)とともに供されるが、とりわけヨーグルトが添えられるのが通例である[5]。ヨーグルトはプレーンなままか、キュウリの霰切りと刻んだミントを混ぜ合わせたもの使われる[2]。
パレスチナでは、コメの代わりにしばしばブルグル(茹でて乾燥させ砕いたコムギ[11])が用いられる。コメを用いたムジャッダラと区別して、ブルグルを用いたものはムジャッダレットブルグル(M'jaddaret-Burghul)と呼ばれる。また、ヒヨコマメ[2]、マフトゥール(مفتول)と呼ばれる大粒のクスクス[3]、または中東の伝統的な穀物フリーカも代わりの材料として使われることもある[2]。ムジャッダラと呼ばれる料理は、月に何度かは家庭の食卓に上る。オリーブ・オイルおよび薄切りのタマネギとともに調理され、ナーブルスで伝統的に作られてきた羊乳のラバン・ナアジャ(لبن نعجة、Laban N'aj)と呼ばれるプレーンヨーグルトとグリーンサラダを添えて供される。パレスチナでは、ムジャッダラで客人をもてなすことはまずない[12][13][14][15]。
レバノンでは、ムジャッダラは濾してピュレ状になったものを指しており、穀物とレンズマメの粒が残り区別できるような形になっているものはムダルダラ(مدردرة)と呼ばれる[16]。ムジャッダラもムダルダラもともに、飴色に揚げたタマネギをトッピングして[17]、ヨーグルトとともに供される。通常皮付きの茶レンズ豆とコメが使われるが、レバノン南部では煮崩れしやすい表皮を剥いた黄色いレンズマメ[注 3]とコメを用いて粥状に仕上げたムジャダラ・サフラや[19]、レバノン北部では地元固有のloubiyieh jordiehという赤インゲンマメとブルグルを用いるムジャッダレットルビアなどがあり[20]、どのようなムジャッダラを食しているかで出身地がわかると言われている[21]。
アラブ人キリスト教徒は、伝統的に、レントの期間にムジャッダラを食してきた。ムジャッダラはミズラヒム、とりわけシリアおよびエジプトにバックグラウンドを有するユダヤ人の間でも一般的な料理である。こうしたユダヤ人の間では、ムジャッダラはコムギよりもコメを用いて作られ、「エサウの好物」という名前で呼ばれることがある[22]。こうしたユダヤ人は伝統的にムジャッダラを週に2回、温かいものを木曜日の夜に、冷たいものを日曜日にそれぞれ食してきた[23]。
類似の料理
エジプト料理では、レンズマメ、コメ、マカロニ、トマトソースを合わせた料理としてコシャリがある。
インド料理では、レンズ豆をコメと炊き合わせたものとしてキチュリがある。
イラン料理では、コメとレンズマメを用いた類似の料理をアダスポロと呼んでいる。
キプロス料理のfakes moutzentra[24]もコメとレンズマメを用いており、ムジャッダラに非常に近い料理である。ギリシア語ではfakesはレンズマメを指す。
ギリシャ料理にはコメとレンズマメを用いたFakorizoという料理がある[25]
脚注
注釈
- ^ アラビア語の指示代名詞は「彼女」と「それ(女性名詞の物)」が同じことから来た混同。
- ^ 表皮の色が、褐色、緑褐色、暗緑色をしていることから[9]、英語では色によってブラウン・レンティルやグリーン・レンティルと呼ばれるが、ブラウンやグリーンと呼ばれるものは、通常表皮が付いたままのレンズマメを指す[10]。
- ^ 日本では表皮が剥かれたレンズマメは別名の「赤レンズ豆」と呼ばれるが、英語では色合いによってレッド・レンティルやイエロー・レンティルと呼ばれ、レッドもイエローも共に表皮を剥いたレンズマメを指す[9][18]。
出典
- ^ a b Ahmed, Siddiq & Uebersax 2023, p. 400.
- ^ a b c d e Tamimi & Wigley 2020, p. 178.
- ^ a b “PALESTINIAN RECIPES: Maftoul Mujaddara” (pdf) (英語). Zaytoun. 2017年11月26日閲覧。
- ^ “المجدرة مُقدَّرة في أيام البرد” (アラビア語). alrainewspaper (2020年2月20日). 2023年5月6日閲覧。
- ^ a b c d Basan 2005, p. 118.
- ^ a b Marks 2010, p. 412.
- ^ Perry & Ibn al-Karīm 2005, p. 48.
- ^ Salloum & Peters 1996, p. 199.
- ^ a b “レンズまめ | 公益財団法人 日本豆類協会”. www.mame.or.jp. 2025年3月28日閲覧。
- ^ Curtis 2013, pp. 71–72, 75–76.
- ^ Mouzawak 2015, p. 29.
- ^ Hassoun 2013, p. [要ページ番号].
- ^ Colin Kampschoer (2015年11月3日). “FamilyChef: Samar's Mujaddara” (英語). UN World Food Programme. 2017年11月26日閲覧。
- ^ “Mujaddara palestinian rice & lentil dish” (2014年8月18日). 2017年11月26日閲覧。
- ^ “Kitchen of Palestine Bulgur with Lentils (Mjaddara)”. 2017年11月26日閲覧。
- ^ Mouzawak 2015, p. 40.
- ^ Mouzawak 2015, pp. 40, 44.
- ^ Curtis 2013, pp. 76, 91, 96–97.
- ^ Mouzawak 2015, p. 38.
- ^ Mouzawak 2015, p. 41.
- ^ Mouzawak 2015, p. 36.
- ^ Roden 2000, p. [要ページ番号].
- ^ Poopa, Cohen & Bacon 2007, p. [要ページ番号].
- ^ “Φακές μουτζιέντρα” (Greek). Cyprus Food Virtual Museum. 2015年11月30日閲覧。
- ^ Ahmed, Siddiq & Uebersax 2023, p. 404.
参考文献
- Ahmed, Jasim; Siddiq, Muhammad; Uebersax, Mark A., eds (2023). Lentils: production, processing technologies, products and nutritional profile. Hoboken, NJ Chichester: Wiley. ISBN 978-1-119-86689-3
- Basan, Ghillie (2005) (英語). Middle Eastern Kitchen. Hippocrene Books. ISBN 978-0781811903 2017年11月16日閲覧。
- Curtis, Mary (2013-12-23) (英語). Book Of Calories and Phytosterols In Foods. Lulu.com. ISBN 978-1-300-59502-1
- Hassoun, Ghazi Q (2013) (英語). Walking Out into the Sunshine: Recollections and Reflections: A Palestinian Personal Experience. Windy City Publishers. ISBN 978-1935766612 2017年11月26日閲覧。
- Marks, Gil (2010) (英語). Encyclopedia of Jewish Food. Houghton Mifflin Harcourt. ISBN 978-0470391303
- Mouzawak, Kamal (2015) (英語). Lebanese Home Cooking: Simple, Delicious, Mostly Vegetarian Recipes from the Founder of Beirut's Souk el Tayeb Market (1st ed ed.). Minneapolis: Quarto Publishing Group USA. ISBN 978-1-62788-334-4
- Perry, Charles; Ibn al-Karīm, Muḥammad ibn al-Ḥasan (2005) (英語). A Baghdad cookery book: the book of dishes (Kitāb al-ṭabīkh). Totnes: Prospect Books. ISBN 978-1-903018-42-2. OCLC ocm62345047
- Poopa, Dweck; Cohen, Michael J; Bacon, Quentin (2007) (英語). Aromas of Aleppo. Knopf. ISBN 978-0060888183
- Roden, Claudia (2000) (英語). The New Book of Middle Eastern Food: The Classic Cookbook, Expanded and Updated, with New Recipes and Contemporary Variations on Old Themes. Knopf. ISBN 978-0375405068
- Salloum, Habeeb; Peters, Jim (1996) (英語). From the lands of figs and olives: over 300 delicious and unusual recipes from the Middle East and North Africa. I.B.TAURIS. ISBN 978-1860640384 2017年11月26日閲覧。
- Tamimi, Sami; Wigley, Tara (2020) (英語). Falastin: A Cookbook. Ten Speed Press. ISBN 978-0399581731
外部リンク
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