ジェームズ・フォード・ローズによるモリー・マグワイアズ論とは? わかりやすく解説

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ジェームズ・フォード・ローズによるモリー・マグワイアズ論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/30 03:25 UTC 版)

モリー・マグワイアズ」の記事における「ジェームズ・フォード・ローズによるモリー・マグワイアズ論」の解説

モリー・マグワイアズについての記述多くは、この地域暴力広く横行していたこと、自警団活動していたこと、炭鉱労働者たちに「対して暴力振るわれていたことなどを、まったく認めようとしない時期に、あるいは、そのような時期直後記されたものである1910年実業家で、歴史家でもあったジェームズ・フォード・ローズ (James Ford Rhodes) は、歴史学一流専門誌American Historical Review』に、(モリー・マグワイアズについて)重要な学術的分析発表したモリー・マグワイアズ多く炭鉱労働者であり、炭鉱では独特の方針沿った仕事様態存在していた。炭鉱労働者は、立方ヤード単位炭車単位トン単位、(坑道掘り進む場合には)進んだ分のヤード単位に応じて賃金支払われる各自が掘る場所は、親方割り当てるのだが、仕事には「ソフト」なものもあればハードなものもある。もし、ひとりのモリーソフトな仕事手を上げて断られたとすると、彼は怒り彼に敵対した親方殺害されることになりかねなかった。仕事就けたときには仕事量量り方や、採炭できた石炭品質見定めめぐって、常に食い違い生じるおそれがあった。スレートや泥が多く含まれ質の悪い石炭を出すと、炭鉱労働者賃金削減されるのが決まりだったため、深刻な認識不一致は、暴力沙汰きっかけになりやすかったこうした怒り引き起こす原因はよく理解されていたので、炭鉱親方たちがアイルランド人雇わないことも当然あるのだが、その場合も安全が保証されるわけではなく、雇わなかったことが理由殺害されることもありえた。どこの炭鉱でも、優れた監督は、効率よく働かせる親方取り立てるという理由で、やはり標的とされることになったモリー・マグワイアズについて同時代研究していたジョン・T・モースJr. (John T. Morse, Jr.) は、モリーズのやり口次のように生々しく説明している。「炭鉱監督や、いわゆる親方たちは皆、地上生きながらえる日々長くないことを覚悟させられていた。どこでも、いつでも、彼らは襲撃され殴られ銃撃され、昼も夜も、毎月毎月毎年毎年公道上で自宅で、ひとりでいるときも、近隣人ごみにいるときも、この呪われた男たちは、暗殺者の手の下で恐怖味わい続けなければならなかった。」 殺害は、誤った妄想駆られた突発的な激情まっただ中行なわれるものではなく周到に準備され結果であった不当に扱われ個人は、擬似的法廷自分なり理由申し立てて例え炭鉱親方に、死を与えるよう求める。その言い分十分なものと認められると、実際にそうなることは多いのだが、殺害決定される。ただし、その実行は申し立てた自身や、その近所の者、また、殺される者の近所の者には委ねられない。もし直接当事者が関わっていたなら、おそらくは必要以上の力や残虐さが加わることになったであろう2人それ以上の、郡内別の場所や隣の郡からやって来た、比較的関係の薄いモリーズが殺害の実行者に選ばれるのだが、彼らは犯行の場所では正体知られていないので、追及逃れやすかった。この秘密会議決められ命令拒むことは危険であり、命令拒否はめったに起きなかったが、適切に支持され場合には、実行者代役を予め手配することも認められた。こうした会議は、宿屋なり酒場の上階の部屋行なわれ深刻な案件処理された後には、親睦の場となり、ウィスキーふんだんに振る舞われた。正確な数字つかもう試みると、この組織1865年から1875年引き起こした殺害事件の数を、一部書き手たちが誇張していることが分かるが、一方では、残され証拠詳細に検討すれば、大変な数の被害者たちがモリー・マグワイアズ復讐心を満たすために殺害されていたことは、誰の目にも明らかである。犠牲者中には有能な者、著名な者、敬愛されていた者もおり、その暗殺末永く残る深い傷を地域社会与えた。(大変有益な記事残している)デューイーズ (Dewees) によればときには殺人加えて強盗行なわれ炭鉱労働者労働者月給運んでいた監督たちが、寂し田舎道待ち伏せされることもあったという。殺人事件多かったが、それ以上多かったのが殺人予告し棺桶拳銃時にはその両方の絵を鉛筆書きなぐった紙片によって、他所立ち去るよう警告する脅迫であった。ある告知文には、「ジョン・テイラー殿 — 1週間時間差し上げるが、もし次の土曜日にまだご健在なら、そこで死んでいただく」と記されていた。また別の、「部下欺いた」とされた3人の親方たちに宛てられ告知文には、3丁の拳銃棺桶描かれ棺桶には「ここがお前の家だ」と記されていた。他の炭鉱地域や、工業盛んだった場所でも、ストライキ時期混乱続いた時期には、同じよう脅迫日常茶飯事だったが、それは親方監督経営者たちが一笑に付すようなものであった。しかし、1865年から1876年にかけての時期、この無煙炭地域においては、最も勇敢な男たちであっても何人も仲間銃撃されてきたことを忘れることはできなかったし、自宅入口炭鉱事務所郵便受けこうしたメッセージを見つければ、不安を抑えることはできなかった。多く監督親方は、朝、拳銃を手に家を出て、再び妻子会えだろうか思いめぐらした殺人実行者には組織若者選ばれたが、その上に年長の者が指導的な地位占め様々な形で、手腕見せた普通選挙自分たちにとって大きな武器となることを見抜いた指導者たちは、わが国アイルランド系人々発揮している政治的才覚をもって自分たちの組織を、無視できない政治勢力へと発展させた。総人口116千人のスクールキル郡で5千人いたアイルランド系のうち、モリー・マグワイアズ500人か600人しかいなかったが、公立小学校や、郡内炭鉱地区の町の行政支配していた。彼らは、時期異なるが、合わせて3人の郡政委員当選させ、刑事上級裁判所(the Court of Oyer and Terminer)の陪席裁判官選挙では、2万ドル当の資産家だった仲間のひとりを、もう少し当選というところまで押し上げた。ある地区ではモリー警察署長になっており、マハノイ郡区 (Mahanoy Township) ではジャック・キーホー (Jack Kehoe) が治安責任者 (High Constable) であったこうした選挙では、不正投票投票箱中身操作集計結果改ざんなどが行なわれ、また公職にあっては不正や横領横行した。マハノイ郡区では6ドル学校運営のためとして引き出され、その12分の11盗まれた。法外な道路税は、郡区役職者納税者から金を奪って私腹を肥やす絶好の手となっていた。1875年8月には、元郡政委員だったモリーが、モリーズの構成員ではないが同調者だった当時の郡政委員2人とともに、郡の公金横領したとして、大法廷裁かれそれぞれ2年懲役処された(9月6日付)。この年1875年)の州知事選挙で、元々民主党支持であるモリー・マグワイアズは、共和党勝利を予見し、一定の金額資金提供と、モリーズの指導者が「うちの身内」と呼ぶ有罪判決受けた元郡政委員たちへの恩赦条件に、スクールキル郡とルザーン郡の組織票を共和党売り渡した。この取引に関わった共和党政治家が、モリー・マグワイアズが完全に犯罪的な組織であることを認識していたとは考えにくい。抜け目のないモリーズは、州議会から1871年認可受けた、「友情統一キリスト教に基づく慈善」を標語とする古ヒベルニア騎士団という、聖人ぶった外套まとっていたからである。1875年10月10日、ジャック・キーホーは、シェナンドーの『Herald』紙に手紙寄せモリー・マグワイアズと古ヒベルニア騎士団を同じものとする見方憤慨しながら、これを否定し後者は「法を遵守しメンバーの向上を求め人々から構成されている」と述べている。キーホーは巧妙にも、公衆目くらまし投じておく利を心得ていた。組織の外と交渉するときには、A.O.H.が前に出されのである。 しかし、実際には、これは羊の皮を被るという古い話だったのである — James Ford RhodesHistory of the United States from Hayes to McKinley 1877 - 1896 Volume 8 of the series History of the United States of America, From the Compromise of 1850 to the McKinley-Bryan Campaign of 1896 published October, 1919, The Macmillian Company, New York. Chapter II, pp 52 - 58

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