殺害事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/14 09:35 UTC 版)
「オルタモント・フリーコンサート」の記事における「殺害事件」の解説
ヘッドライナーのストーンズは、日没後になってようやく登場した。ストーンズはこのツアーからわざと開演時間を過ぎても登場せず、観客を焦らしてからステージに上がるというやり方をしており(これは2015年現在も続けられている)、ただでさえ理性を失った群集を余計に苛立たせた。ストーンズがステージに上がった時、観客はステージの周りを取り囲む状態になっていた。「悪魔を憐れむ歌」の演奏中、ステージのすぐ前で観客とエンジェルスが衝突し、演奏は中断された。ジャガーは必死に観客をなだめたが、もはや制御不能な状態にあった聴衆の前では無駄な努力に過ぎなかった。しばらくして演奏は再開されたが、混乱はなおも続いた。なお、「悪魔を憐れむ歌」の演奏中に殺害事件が起きたという文献もあるが、事実ではない。 事件は「アンダー・マイ・サム」の演奏が終わりに差し掛かった時に起きた。観客の一人だった18歳の黒人青年メレディス・ハンター(英語版)がエンジェルスと乱闘を起こし、エンジェルスのメンバー、アラン・パサーロにナイフで刺殺された。事件はステージからさほど遠くない場所で起きたが、ストーンズのメンバーは他の混乱に気を取られてその時には気づかず、後になって知らされたという。パサーロはハンターが拳銃を持っていた事から殺害に及んだ事を主張した。この場面は映像にも映されており、実際にハンターが手に拳銃のような黒い物体を持っているところも確認されている。だがその後拳銃は見つからなかった。ショーはその後も続けられ、終了後、メンバーはすぐにヘリコプターで会場を後にした。 この事件以外にも、二人の若者が暗闇の中で寝転んでいて自動車に轢かれて死亡、また麻薬の影響下にあったと見られる者が警察官に追われ、用水路に落ちて死亡した。このイベントの死者はこれで4人となった。さらに、4件の出産も報告されている。 ハンターを刺殺したパサーロは、その後の裁判で正当防衛が認められ、無罪となった。また、エンジェルスを雇う事を提案したロック・スカリーは「契約にサインしたのはストーンズだ。当然の報いさ」と自らの責任を放棄する発言をした。
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