ジェームズ・ファイフ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/02 08:33 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動ジェームズ・ファイフ(James Fife、1718年没)は、カリブ海で活動した英国の海賊。
経歴
ファイフは1718年に海賊行為を始め、2月から4月にかけてタークス・カイコス諸島で2隻のスループ船、ポーツマス号とエリザベス号を拿捕した。3月、砲4門のスループ船をプエルトリコに連行し、掠奪品を分配した。この時仲間の数人が近海のカヌーを襲うためにボートを手配し、一味から離脱した。
1719年9月に国王ジョージ1世から発せられた海賊恩赦の布告により、ヘンリー・ジェニングスなどの主だった海賊たちが足を洗った[1]。チャールズ・ジョンソンは『海賊史』において当時ニュープロビデンス島ナッソーにいた海賊船長の1人にファイフを挙げ、その最期は部下に殺されたと記している[2]。
脚注
参考資料
- チャールズ・ジョンソン(著)、朝比奈一郎(訳)、『海賊列伝(上)』2012年2月、中公文庫
ジェームズ・ファイフ
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「フライング・ギャング」の記事における「ジェームズ・ファイフ」の解説
詳細は「ジェームズ・ファイフ」を参照 ファイフはチャールズ・ジョンソンによってフライング・ギャングの一員であることが示唆されている人物である。経緯は不明であるが部下に殺されたとされる。
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