シレネスとは? わかりやすく解説

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セイレーン

(シレネス から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/22 12:00 UTC 版)

紀元前330年頃のセイレーン像。アテネ国立考古学博物館所蔵。

セイレーン古希: Σειρήν古代ギリシア語ラテン翻字: Seirḗn)は、ギリシア神話に登場する怪物である[1]。複数形はセイレーネス(古希: Σειρῆνες古代ギリシア語ラテン翻字: Seirênes)。上半身が人間女性で、下半身はの姿とされるが後世にはの姿をしているとされた[2]。海の航路上の岩礁から美しい歌声で航行中の人を惑わし、遭難や難破に遭わせる。歌声に魅惑された挙句セイレーンに喰い殺された船人たちの骨は、島に山をなしたという[1]

その名の意味に関しては、「縛る」または「くっつける」という古ギリシア語の語根に由来し、セイレーンの神話中での役割を表しているという説や[3]シリウスと関連付ける説がある[4]長音符省略表記のセイレンでも知られるが、長音記号付き表記も一般的である。

上記の古代ギリシア語はラテン語化されてシーレーンSiren、複数形シーレーネスSirenes)となり、そこから、英語サイレン (Siren[注釈 1])、フランス語シレーヌ (Sirène)、ドイツ語ジレーネ (Sirene)、イタリア語シレーナ (Sirena)、ロシア語シリェーナ (Сирена)、ウクライナ語シレーニ (Сирени) といった各国語形が派生している。英語では「妖婦」という意味にも使われている。

概要

セイレーンは河の神アケローオスムーサメルポメネー[6][7][8][9]テルプシコラー[10][11]カリオペー[12][13]、あるいはカリュドーンポルターオーンの娘ステロペーとの娘であり[14]、2人、3人、4人、あるいは5人姉妹であるとされている[15][16]

構成員には諸説あり、2人の場合はヒーメロペー古希: Ίμερόπη古代ギリシア語ラテン翻字: Himeropê、「優しい声」の意)とテルクシエペイア古希: Θελξιεπεια古代ギリシア語ラテン翻字: Thelxiepeia、「魅惑的な声」)[17]。3姉妹説ではアポロドーロスペイシノエー古希: Πεισινοη古代ギリシア語ラテン翻字: Peisinoê、「説得的」)・アーグラオペーメー古代ギリシア語ラテン翻字: Aglaopêmê、「美しい声」)・テルクシエペイアを挙げ[7]ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌスもまた『ギリシャ神話集』で、テルクシエペイアモルペー古希: Μολπη古代ギリシア語ラテン翻字: Molpê、「歌」)・ペイシノエーを挙げている[8]。あるいはレウコーシアー古希: Λευκωσια古代ギリシア語ラテン翻字: Leukôsia、「白」)・リゲイア古希: Λιγεια古代ギリシア語ラテン翻字: Ligeia、「明るい声を持つ女」)・パルテノペー英語版古希: Παρθενοπη古代ギリシア語ラテン翻字: Parthenopê、「処女の声」)からなるともいわれる[18][19]。4姉妹説ではテレース古希: Θελες古代ギリシア語ラテン翻字: Telês)・ライドネー古希: Ραιδνη古代ギリシア語ラテン翻字: Raidnê)・テルクシオペー古希: Θελξιόπη古代ギリシア語ラテン翻字: Thelxiopê)・モルペーで構成されている[20]

元はニュンペー(河の神)[21]で、ペルセポネーに仕えていたが、ペルセポネーがハーデースに誘拐された後にペルセポネーを探すために自ら願って鳥の翼を得た[22][16]。ほか、ヒュギーヌスでは誘拐を許したことをケレースに責められ、鳥に変えられたとされる[23]。『オデュッセイア』エウスタティウス注では、誘拐を悲しんで恋愛をしようとしなかったためアプロディーテーの怒りを買い、鳥に変えられたとされる[15]パウサニアースの『ギリシア案内記』ではヘーラーの要請でムーサと歌で競い合い、勝負に負けてムーサの冠を作るために羽をむしり取られたとされる[24]

彼らの住む島については、ホメーロス魔女キルケーの住むアイアイエー島と、プランクタイの岩礁あるいはカリュブディススキュラの棲む海域の間にあると述べている[25]。またヘーシオドスはセイレーンたちはゼウスによってアンテモエッサ島英語版(Ἀνθεμόεσσα, Anthemoessa) を与えられたと述べており[26]ロドスのアポローニオスも『アルゴナウティカ』でそれを踏襲している[27]

物語

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの1891年の作品『オデュッセウスとセイレーンたち』。ヴィクトリア国立美術館所蔵。

セイレーンは、ホメーロスの『オデュッセイア』に登場する。トロイア戦争からの帰路、キルケーからセイレーンに気を付けるよう忠告を受けていたオデュッセウスは、船員には蜜蝋で耳栓をさせ、自身をマストに縛り付け決して解かないよう船員に命じた。歌が聞こえてくると、オデュッセウスはセイレーンのもとへ行こうと暴だしたため、船員は彼をさらにきつく縛って舟をこぎ続け、ほどなくしてオデュッセウスが落ち着きを取り戻すと、歌が聞こえなくなったと判断し、耳栓を外してオデュッセウスの縄を解いた[28]。『オデュッセイア』では、セイレーンのその後について語られていないが、ヒュギーヌスによれば、セイレーンは、歌を聞いた人間が生き残った時には死ぬ運命となっていたため、海に身を投げて自殺し[23]、死体は岩となって岩礁の一部になったという。

アルゴナウティカ』にも登場する。イアーソーンアルゴナウタイがセイレーンの岩礁に近づくと、乗組員オルペウスリラをかき鳴らして歌を打ち消すことができた。しかしブーテースのみは歌に惹かれて海に飛び込み泳ぎ去ってしまった[29]

中世以降の変化

中世以降は半人半鳥でなく、人魚のような半人半魚の怪物として記述されている[30]。文献で確認できる鳥から魚への変化の最初の例は7世紀から8世紀頃の『怪物の書』と言われている。この変化については、北方の魚の尾を持つ妖精や怪物を呼ぶ際にセイレーンの語が当てられたという説がある[31]。あるいは古代において海岸の陸地を目印に航海していたのに対し、中世に羅針盤が発明されて沖合を遠くまで航海できるようになったことから、セイレーンのイメージが海岸の岩場の鳥から大海の魚へと変化したためではないかと考えられている[32]。この頃には、海でセイレーンに会ったという記述が旅行記に記されるようになる[30]

ゲーテの『ファウスト』などに登場し、怪物としての性格が強まった。後世には、人魚や水の精などとも表現されるようになり、西洋絵画においてはとりわけ世紀末芸術で好まれる画題となった。

セイレーンを描いた図像には、二又に分かれた鰭を備えた魚の下半身となっているものがしばしばみられる。20世紀のフランスの美術史家ユルギス・バルトルシャイティスによれば、セイレーンのこうした図像の構図は古代のアジアで既にみられており、アジア起源の構図がヨーロッパに伝えられてさまざまな図像で用いられたという[5]

西洋絵画

西洋絵画ではセイレーンはしばしば描かれてきたが、特にラファエル前派以降のイギリスの画家たちが男たちを誘惑する甘美なセイレーンの姿を描いている。フランス象徴主義の画家ギュスターヴ・モローも『セイレーンたち』(1882年)、『詩人とセイレーン』(1893年)と言った作品を描いたが、ギュスターヴ=アドルフ・モッサは『飽食のセイレーン』(1905年)でむしろ人を殺す残酷な一面を描いている。そのほか、パウル・クレーの『セイレーンの卵』(1937年)、ポール・デルヴォーの『セイレーンたちの村』(1942年)、『偉大なるセイレーンたち』(1947年)、パブロ・ピカソの『オデュッセウスとセイレーンたち』(1947年)といった作品がある。

ギャラリー

現代におけるセイレーン

セイレーンの名は、カート・ヴォネガットの小説『タイタンの妖女』の原題にも普通名詞として複数形で使用されている。

セイレーンはまた、アメリカ合衆国で創業したコーヒーチェーン店のスターバックスのロゴマークにも描かれている。そこでのセイレーンの下半身は魚で、鰭は二又に分かれている[5][33]。ロゴのデザインの参考になったのはギリシア神話ではなく、創業時のスタッフが見つけた、ノルウェーの古い木版画に描かれていた二又の鰭を持つセイレーンであるという[33][34]

拡声装置のサイレンの語源とされる[35]

脚注

注釈

  1. ^ 松平によれば、英語の「Siren」が初めて文書に表れたのは1340年であるという[5]

出典

  1. ^ a b 図説ヨーロッパ怪物文化誌事典』108頁。
  2. ^ 図説ヨーロッパ怪物文化誌事典』111頁。
  3. ^ フェリックス・ギラン、190頁。
  4. ^ 松村一男他『神の文化史事典[新版]』白水社、2023年、294頁。
  5. ^ a b c 図説ヨーロッパ怪物文化誌事典』110頁。
  6. ^ アポロドーロス、1巻3・4。
  7. ^ a b アポロドーロス、摘要(E)7・18。
  8. ^ a b ヒュギーヌス、序。
  9. ^ ヒュギーヌス、125話。
  10. ^ アルゴナウティカ』4巻895行-896行。
  11. ^ ノンノスディオニューソス譚』13巻313行。
  12. ^ ウェルギリウス『アエネーイス』5巻864行へのセルウィウスの註。
  13. ^ 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』100頁。
  14. ^ アポロドーロス、1巻7・10。
  15. ^ a b 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』140頁。
  16. ^ a b 世界幻想動物百科』224頁。
  17. ^ マイケル・グラント『ギリシア・ローマ神話事典』277頁。
  18. ^ カール・ケレーニイ、p.62-63。
  19. ^ 呉茂一、254頁。
  20. ^ ロバート・グレーヴス、170章s。
  21. ^ フェリックス・ギラン、192頁。
  22. ^ 変身物語』5巻552行-563行。
  23. ^ a b ヒュギーヌス、141話。
  24. ^ パウサニアス、9巻34・3。
  25. ^ オデュッセイア』12巻33行-126行。
  26. ^ ヘーシオドス断片24(『アルゴナウティカ』4巻892行への古註)。
  27. ^ アルゴナウティカ』4巻892行。
  28. ^ オデュッセイア』12巻151行-200行。
  29. ^ アルゴナウティカ』4巻891行-920行。
  30. ^ a b 図説ヨーロッパ怪物文化誌事典』109頁。
  31. ^ 教会の怪物たち』261頁-262頁。
  32. ^ ドキドキ!モンスター博物館』42頁。
  33. ^ a b ニナ・シェン・ラストギ (2011年1月7日). “スタバ新ロゴは脱コーヒー戦略の表れ?”. ニューズウィーク日本版. https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2011/01/post-1896.php 2015年11月10日閲覧。 
  34. ^ “スターバックスコーヒーのロゴデザインに隠された秘密 - 広報さんに聞いてみた”. マイナビニュース. (2013年3月31日). https://news.mynavi.jp/techplus/article/20130331-sb/ 2015年11月10日閲覧。 
  35. ^ 川嶋優. 語源辞典. たのしくわかることばの辞典, 1. 小峰書店, 2000-04. p. 157.

参考文献

関連項目




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