ホメーロス
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ホメーロス(古代ギリシャ語: Ὅμηρος、Hómēros、羅: Homerus、英: Homer)は、紀元前8世紀末のアオイドス(吟遊詩人)であったとされる人物を指す。ホメロス、あるいは現代語式の発音でオミロスとも。西洋文学最初期の2つの作品、『イーリアス』と『オデュッセイア』の作者と考えられている。「ホメーロス」という語は「人質」、もしくは「付き従うことを義務付けられた者」を意味する[1]。現在のギリシアではオミロスと発音されている。古代人はホメーロスを「詩人」(ὁ Ποιητής、ho Poiêtếs)というシンプルな異名で呼んでいた。
注釈
出典
- ^ Chantraine, Pierre (1999) (フランス語). Dictionnaire étymologique de la langue grecque, vol.II. II. Paris: Klincksieck. pp. 797. ISBN 2-252-03277-4
- ^ フランソワ・トレモリエール、カトリーヌ・リシ編、樺山紘一監修『図説 世界史人物百科』Ⅰ古代ー中世 原書房 2004年 29ページ
- ^ 『オデュッセイア』VIII, 63-64.
- ^ 『戦史』 III, 104.
- ^ Dion Chrysostome, Discours, XXXVI, 10-11.
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- ^ Diels, II, 88-89.
- ^ M. P. Nilsson, Homer and Mycenæ, Londres, 1933 p.201.
- ^ Aristote, Éthique à Eudème, 1248b.
- ^ R. G. A. Buxton, « Blindness and Limits: Sophokles and the Logic of Myth », JHS 100 (1980), p.29 [22-37.
- ^ Simonide, frag. 19 W² = Stobée, Florilège, s.v. Σιμωνίδου.
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- ^ 『パラチヌス詞華集』(XIV, 102).
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- ^ West, p. 367
- ^ West, p.365-366.
- ^ 『歴史』(V, 67)
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- ^ Sénèque, De la brièveté de la vie (XIII, 2).(仏訳原文)
- ^ a b Parry, p. XII.
- ^ Parry, p. XIII.
- ^ Parry, p. XIV-XV.
- ^ 『イーリアス』 (V, 576-579).
- ^ Iliade (XIII, 658-659).
- ^ E Lasserre, L'Iliade, Introduction, éd. Garnier-Flammarion.
- ^ De oratore, III, 40.
- ^ Jacqueline de Romilly, Homère, 1999.
- ^ Iliade (XVI, 215–217), extrait de la traduction de Frédéric Mugler. Voir aussi Iliade (XII, 105 ; XIII, 130-134) et peut-être Iliade (IV, 446-450 = VIII, 62-65).
- ^ Odyssée (IX, 390–395).
- ^ 井上浩一『生き残った帝国ビザンティン』講談社学術文庫、2008年。p152-153
- ^ fr:La Fille aux yeux d'or, édition Furne, 1845, vol.IX, p.2.(『金色の眼の娘』)
ホメーロス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 04:04 UTC 版)
ホメーロスは『イーリアス』第2巻の軍船リストにおいて、ポリュポイテース王(ペイリトオスの息子)がアルギッサ(アルグラ、現アギア・ソフィア)、ギュルトーネー(ギュルトーン、現バクレナ)、オルテー(現ツァリツアニ、 en)、エーローネー(現カラッツォリ)、白亜のオロオッソーン(現エラソナ、 en)の軍勢を率いたこと、彼の父ペイリトオスがケンタウロス族をペーリオン山からアイティケスに追い払ったこと、カイネウスの孫レオンテウスも戦争に参加したことを述べている。 ホメーロスの挙げる都市のうち、アルギッサ、ギュルトーネー、エーローネーはペーネイオス河中流域の都市で、オルテー、オロオッソーンはエーローネーのさらに北、オリュンポス山麓のエウローポス河流域の都市である。
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ホメーロス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/25 07:17 UTC 版)
カエスーラは古代ギリシアの詩で広く使われた。 μῆνιν ἄειδε θεὰ || Πηληϊάδεω Ἀχιλῆος οὐλομένην Mēnin aeide theā || Pēlēiadeō Achilēos ūlomenēn -- ホメーロス『イーリアス』の冒頭。大意「怒りを歌え、女神よ || ペーレウスの子アキレウスの(怒りを)」。 この行では、「θεὰ」の後に男性休止があり、2つの論理上の部分に行を分ける自然な休止である。もっとも、後世の作家と違って、ホメーロス時代の詩行は女性休止を使うのが一般的だった。
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ホメーロス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/06 07:47 UTC 版)
ホメーロスによると、ポリュドーロスはヘカベーの子ではなかったが、プリアモスのお気に入りの息子だった。このためポリュドーロスはトロイア人で一番の俊足の持ち主だったが、プリアモスによってトロイア戦争に参加することを止められていた。しかしパトロクロスの死後、アキレウスが戦場に復帰してトロイア軍を殺戮したときに、ポリュドーロスも戦場で戦い、アキレウスの脇を走り去ったときにアキレウスに追われ、背後から槍を投げられて殺された。死の直前、ポリュドーロスは傷口からこぼれた内臓を腹に戻そうとして手でつかみ、そのまま絶命したという。
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ホメーロス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/02 21:11 UTC 版)
「アントワーヌ・メイエ」の記事における「ホメーロス」の解説
ホメーロスの詩を高く評価しており1924年パリ大学のときに教官になったミルマン・パリーに熱心に教えプラハ学派のバルカンの英雄詩の専門家マティヤ・ムルコ(英語版)を紹介した。パリーとその弟子のアルバート・ロード(英語版)がホメーロス詩文学に大きな功績を残したのはメイエがきっかけでもある。
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