入水とは? わかりやすく解説

入水

関連項目→〔水死〕・〔身投げ

1.複数の男から求婚された女が、入水して死ぬ。

『万葉集』巻9 18111812葛飾真間の手児名質素な身なりで働く娘だったが、たいへんな美女であったので、多く男性から求愛された。しかし彼女は誰とも結婚することなく入江身を沈め死んでいった。

『万葉集』16 3810~3812歌 3人の男が、縵児(かづらこ)に求婚した。縵児は思い悩んで池のほとりをさまよい、ついに水底身を沈めた

大和物語1472人の男から求婚され津の国の女は、どちらを選ぶこともできず、「住みわびぬ我が身投げて津の国の生田の川は名のみなりけり」の歌を残して生田川投身した。

長良乙女古伝説→〔二人夫1aの『草枕』(夏目漱石)2。

★2.夫や兄が討死したり捕らわれたりしたため、その妻や妹が入水して死ぬ。

『平家物語』巻9「小宰相身投懐妊の身の小宰相は、夫通盛討死知らされ悲嘆して、屋島の海に入水した

平治物語下「夜叉御前の事」 奥波賀の夜叉御前は、兄頼朝捕らえられたことを悲嘆し、11歳杭瀬河に投身した。

『保元物語』下「為義北の方身を投げたまふ事」 夫為義及び乙若以下4人の子らが皆斬られたと聞いた北の方は、石を袂に入れ河に投身した。

★3.入水する女が、救助されてしまうこともある。

転寝草紙御伽草子大臣家姫君が、左大将との来世での契り念じ瀬田の橋から入水する。そこへ左大将乗った舟が通りかかり、姫君救助され2人結ばれる

『源氏物語』浮舟」~「手習」 薫と匂宮両方と関係を持ってしまった浮舟は、宇治川入水しようとして意識を失う。彼女は、宇治の院のかげに茫然としているところを横川の僧都救われる

狭衣物語巻1~2 飛鳥井女君狭衣と関係を結んでいたが、式部大夫女君言い寄り連れ出して筑紫行きの船に乗せる女君式部大夫身をまかせることを拒否し虫明瀬戸(=岡山県東部沿岸)に身を投げようとする。そこへ女君の兄僧が来合わせ、彼女を救う〔*しかし女君は、狭衣再会できぬまま、やがて病没する〕。

鉢かづき御伽草子) 家を追われ鉢かづき絶望して川へ身を投げるが、鉢のために身体沈みきらずに流れ行き舟人引き上げられる。山蔭三位中将鉢かづき異相に目をとめ、屋敷湯殿置いて働かせる

★4.海の神への捧げ物として、女が入水する

『太平記』18一宮御息所の事」 武士松浦五郎が、一宮(=後醍醐天皇第一皇子尊良親王)の御息所横恋慕して、船で連れ去る随身武文はこれを阻もうとして果たさず、腹かき切って海底に沈む。鳴門海峡まで来ると海が荒れ、武文の怨霊出現して船を招くので、松浦五郎御息所水手1人をそえて小舟乗せ、波の中に放つ〔*小舟淡路の武島に漂着し、後に御息所一宮再会することができた〕。

筑前国風土記逸文うちあげの浜」 狭手彦連の船が、海にとどまったまま動かない海神が狭手彦の妾那古若を慕っているため、と思われたので、彼女をこもの上乗せて波に放ち浮かべた

*夫の身代わりとなって、妻が入水する→〔船〕8の『古事記』中巻・『椿説弓張月続編巻之1第31回

★5.夫や子と別れた女が入水する

『太平記』巻4「藤房卿の事」 中納言藤房は、後醍醐帝補佐する重臣であったが、元弘の乱の後、後醍醐帝隠岐島へ、藤房常陸国配流された。藤房恋人左衛門佐局(さゑもんのすけのつぼね)は(*→〔一夜妻〕1)、藤房配流先を知らず、「この世では2度と逢えないだろう」と悲嘆して、大堰川身を投げた

春雨物語宮木が塚遊女宮木は、宿駅長藤太夫横恋慕によって、恋人河守十太兵衛との仲を割かれる十太兵衛は罪に落とされ病死し藤太夫が強引に宮木身請けする宮木は、法然上人会い行き念仏授けられて、入水する

発心集3-6 娘を亡くして3年になる女房が、天王寺21日間の念仏をした後、難波の海に入水した

横笛草紙御伽草子滝口時頼は恋人横笛捨て出家し嵯峨往生院に籠もる。横笛往生院訪ねる滝口対面拒否され大井川身を投げる〔*『平家物語』巻10横笛」の類話では、横笛剃髪して奈良法花寺入り、まもなく没した、と記す〕。

★6.いつわりの入水。

明石物語御伽草子明石三郎北の方横恋慕する高松中将から逃れるため、侍女2人流浪の旅に出る。2人は渚に衣装脱ぎ捨て辞世の歌書き置き入水したかのように見せかけて去る。

好色五人女巻3「中段に見る暦屋物語」 京の大経師だいきょうじ)某の妻おさんは、手代の茂右衛門不義の関係になる。2人は「心中したように見せかけて、田舎へ身を隠そう」と相談する。彼らは書置き残し水際着物草履捨て水練の男2人雇って琵琶湖飛び込ませる大経師の店の召使たちは水音聞き、おさんと茂右衛門入水した、と思って泣き騒ぐ〔*2人丹後隠れるが、結局捕らえられ処刑された〕。

信田(しだ)幸若舞平将門の孫である信田小太郎は、悪人小山(をやま)の太郎に捕えられ、夜、内海(=霞ヶ浦)に沈められることとなった小山命令千原太夫が、沈めの石を信田の首にかけ、小舟乗せて漕ぎ出すが、千原太夫信田旧臣だったので、彼は石だけを水中落とし信田逃がしてやった〔*千原太夫小山拷問されて死ぬ。後に信田小山の首を討つ〕。

*川や海に石を投げ込んで入水したように思わせる→〔死因2bの『英草紙』第8篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」・〔冥界行6bの『辰巳の辻占』(落語)。

★7.政治的な理由による入水。

荘子「譲王篇」第28 舜が、友人の無択に天下譲ろうとした。無択はそれを汚らわしいことだと言って、清レイの淵に投身した。殷の湯王が、天下を卞随に譲ろうとすると、卞随はチュウ投身した。次いで務光に譲ろうとすると、務光は石を背負って投身した。

屈原汨羅(べきら)入水→〔五月〕2の『太平広記』291所引『続斉諧記』。

★8a.入水往生

『平家物語』巻10横笛」~「維盛入水都落ちした平家一門は、讃岐八島屋島)に仮の内裏作る三位中将維盛は京の妻子忘れられず、「生きる甲斐のない我が身」と観じ、寿永3年(1184)3月15日八島抜け出る。彼は高野山へ登って出家し熊野三山参詣した後、船で海上出て3月28日27歳那智の沖に入水往生する

★8b.いつわりの入水往生

『宇治拾遺物語』11-9 30歳余りの僧が桂川に入水往生するというので、大勢人々拝みに行く。僧はいったん川に身を沈めるが、苦しさにもがき、あわてて陸地戻り川原走って逃げる。後に僧は、手紙の上書きに「前(さき)の入水の上人」と署名した

★9.全国民の、あるいは全人類の集団入水。

レミングマシスン海岸沿いのハイウェイに、幾千台の自動車押し寄せる。車から降りた人々は、次々に海に入って行く。警官2人が、「レミング集団自殺みたいだ」と話し合う。1週間あまりたつと、車が来なくなる。もう誰も現れない。「皆、海に入ってまったんだろう」「ほかに湖もいくつかあることだし」。警官1人が「じゃあ、さようなら」と言って、海に入る。それを見届けて、もう1人も海に入る。

★10.バケツで、入水自殺試みる。

にんじんルナール)「にんじんアルバム22 母親から愛されないにんじん」は、バケツ入れて自殺試みる。「にんじん」は鼻と口を漬けじっとしている。母親平手打ち飛んで来てバケツひっくり返るおかげで、「にんじん」は命拾いする





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