魔女狩り 現代の魔女狩り

魔女狩り

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/17 22:22 UTC 版)

現代の魔女狩り

アジア、アフリカ、オセアニアの一部で現代でも妖術や精霊の存在、シャーマニズムが信じられており、一部の暴徒によって私刑という形で魔女狩りが行われている。

アジア

インドでは、2008年3月頃にテレビで農村部の魔女狩りの様子が放映され、女性を暴行したとして6人が逮捕された[36]2013年オリッサ州では、魔女狩りを抑止するために魔術を理由にした中傷や嫌がらせに対し、最高禁錮3年の刑を科す法律が制定されたが被害は後を絶たない。2016年、インド東部の農村地帯を中心に魔術を使ったとして殺害された被害者は134人に上った[37]。背景としては、女性が結婚後に夫の家に入って立場が弱くなるなどインド社会の女性差別、教育水準の低さから迷信を脱却できない人が多いことが指摘されている。魔女狩り撲滅をめざす啓発や被害者救済の運動もある。働きかけが実って2018年にはアッサム州でも魔女狩り禁止法が施行され、他人を魔女呼ばわりした場合は懲役3~7年を科すことになったが、住民が非協力的で警察による捜査は難航することが多い[2]

ネパールでは村のシャーマンに魔女の疑いをかけられリンチされる事件が発生しており、政府が魔女狩り対策法により罰則を強化するなど対策を進めている[38]。一方でネパールで最下層民とされるダリットは救済されないことも多い[39]

アフリカ

ナイジェリアでは魔女の疑いが掛けられた子供たちが「魔女ではない」として抗議活動を行っている[40]

ガンビアでは魔女の疑いがかけられ千人ほどが拘束され、ヤヒヤ・ジャメ大統領自身が魔女狩りへの関与をしていると、アムネスティ・インターナショナルから報告されている[41]

タンザニアでは、不妊や貧困、商売の失敗、飢え、地震などの災厄は魔女の仕業という迷信が根強く残っている。「魔女狩り」と称した女性殺しが横行しており、現地の人権団体「法的権利と人権センター(Legal and Human Rights Centre、LHRC)」は、毎年500人が「魔女狩り」に遭っており、2005-11年の間に約3000人が殺害されたと報告している[42]

ガーナでは魔女と疑われ追放された高齢の女性や子供らといった人々が逃げ込むキャンプが北部だけでも5カ所存在し、約500人が暮らしている。2020年に魔女と疑われた90歳の女性が住民から暴行を受け死亡した事件が発生し、2023年7月28日に魔女狩りを禁止する法律案が国民議会を通過した[43]

中東

イスラム教国のサウジアラビアでは21世紀の現在も合法的に魔女狩りが行われており、イスラム宗教省の魔法部で魔法使いに魔法をかけられた場合にどうしたらよいか電話相談を受け付けている。公的機関が本気で実施しており、相談内容に信憑性がある場合には実際に調査、逮捕、起訴が行われ、実際に魔女とされる人物が死刑執行されている。また、魔女の摘発は宗教警察である勧善懲悪委員会が行っている。サウジアラビアの法律では直接的に魔術の使用を犯罪として定義した法律そのものはないが、人間が魔法などの超自然的な力を持つと主張したり、信じることはアッラーフ(アラー)への冒涜であるとされており、アラーへの冒涜には死刑が適用される。魔法が死刑適用もありえる重罪ではあるが、現在でも地方では土着信仰の魔術を行う人物がいて、年に数件は摘発されている。サウジアラビアの裁判制度は2009年時点でも政教一体のイスラム法に基づく宗教裁判であり、イスラム教ワッハーブ派の信仰を基準とした異端審問としての性格を持っている。実際に2005年5月に魔術を使用した霊媒師の女性に死刑が執行されている。ヒューマン・ライツ・ウオッチは魔女への死刑撤回を求めている。2009年11月9日にもレバノンの霊能力者が死刑判決を受けている[44]

オセアニア

パプアニューギニアのマウントハーゲンでは2013年2月に、20歳の女性が魔術で息子を殺したとして暴徒に焼き殺される事件があった。現地の警察も多数の暴徒を制止できず、惨劇を防げなかった[45]エンガ州などの山岳域には、魔女狩りなどの習慣はなかったが、2010年代の環境の変化は黒魔術の仕業と考える住民も多く、数年間に少なくとも20件の殺人と数十件の襲撃事件が発生している[46]


注釈

  1. ^ 神判の一つに、縛られた被告を水に投入し、浮けば有罪、沈めば無罪とする水審がある。このような試罪法は迷信として否定されたが、水審は魔女裁判では広く用いられ、被告が自ら身の潔白を示すために申し出ることがあった。沈んでも引き上げることができるように、通常は水審を受ける者にロープが取り付けられた[5]
  2. ^ 時代や地域によってその背景は一様ではなく、単一の理由で説明できるわけではない。

出典

  1. ^ 黒川 2014, pp. 55–56.
  2. ^ a b 【世界発2021】インド農村部 魔女狩り 後絶たぬ犠牲朝日新聞』朝刊2021年4月6日(国際面)2021年8月14日閲覧
  3. ^ 「AV対策法案」に業界寄りと批判噴出 塩村文夏議員が「魔女狩りだ」と激怒したワケ デイリー新潮(2022年5月19日)2022年8月29日閲覧
  4. ^ ベーリンガー (長谷川訳) 2014, p. 75.
  5. ^ 牟田 2000, pp. 103–107.
  6. ^ コーン (山本訳) 1983, ch. 8.
  7. ^ デッカー (佐藤・佐々木訳) 2007, p. 40.
  8. ^ コーン (山本訳) 1983, ch. 12.
  9. ^ デッカー (佐藤・佐々木訳) 2007, pp. 16–17.
  10. ^ 黒川 2014, pp. 186–187.
  11. ^ スカール & カロウ (小泉訳) 2004, p. 30.
  12. ^ バッシュビッツ (川端・坂井訳) 1970, Pt. 3.
  13. ^ ミルトス 1993, p. 28.
  14. ^ キリスト聖書塾 1984, pp. 215, 261.
  15. ^ スカール & カロウ (小泉訳) 2004, p. 53.
  16. ^ バッシュビッツ (川端・坂井訳) 1970, Pt. 9.
  17. ^ a b スカール & カロウ (小泉訳) 2004, p. 34.
  18. ^ 九州ベッカリーア研究会「ゲルハルト・ダイムリンク編「チェ-ザレ・ベッカリ-ア/ヨ-ロッパにおける近代刑事司法の始祖」(1989年)-1-(資料)」『法政研究』第58巻第2号、九州大学法政学会、1992年2月、345-370頁、doi:10.15017/1941ISSN 03872882NAID 120000985122 
  19. ^ 浜林 1993, p. 204.
  20. ^ 金子 珠理(天理ジェンダー・女性学研究室)「魔女狩りとは何であったのか」『Glocal Tenri』Vol.21 No.7(2020年7月)天理大学附属おやさと研究所/2022年8月29日閲覧
  21. ^ スカール & カロウ (小泉訳) 2004, p. 61.
  22. ^ 牟田 2000; 浜本 2004, pp. 106–107.
  23. ^ 牟田 2000, pp. 50–52, 79.
  24. ^ コーン (山本訳) 1983, pp. 143–146.
  25. ^ スカール & カロウ (小泉訳) 2004, pp. 62–63.
  26. ^ ミシュレ (篠田訳) 1983, 上巻 p.13.
  27. ^ ミシュレ (篠田訳) 1983, 上巻 p.30.
  28. ^ スカール & カロウ (小泉訳) 2004, pp. 63–64.
  29. ^ スカール & カロウ (小泉訳) 2004, pp. 66–67.
  30. ^ スカール & カロウ (小泉訳) 2004, pp. 69–71.
  31. ^ スカール & カロウ (小泉訳) 2004, pp. 79–82.
  32. ^ a b スカール & カロウ (小泉訳) 2004, pp. 84–87.
  33. ^ 論文「人身の自由の憲法的基礎」”. 法学館憲法研究所. 2018年4月23日閲覧。 [リンク切れ]
  34. ^ a b 隅野 2009, p. 112.
  35. ^ スコットランド国教会、過去の「魔女狩り」を謝罪 クリスチャン・トゥディ(2022年6月10日)2022年8月29日閲覧
  36. ^ インドの「魔女狩り」がテレビで放送、警察は捜査開始」『AFPBB News』AFP、2008年3月31日。2019年10月3日閲覧。
  37. ^ 「魔女狩り」で母子5人殺害、男6人を逮捕 インド東部」『CNN.co.jp』CNN、2019年1月31日。2019年2月5日閲覧。
  38. ^ ""魔女狩り"根絶をめざす~ネパール~". もっとNHKドキュメンタリー. 10 June 2019. NHK総合
  39. ^ Deepesh Shrestha「「魔女狩り」被害に遭う下層民の女性たち、ネパール」『AFPBB News』AFPBB、2010年2月11日。2019年10月3日閲覧。
  40. ^ Susan Njanji「「魔女狩り」にあう子どもたち、父親から火をつけられた少年の体験談 ナイジェリア」『AFPBB News』AFPBB、2009年3月5日。2019年10月3日閲覧。
  41. ^ ガンビアで“魔女狩り” 千人連行、迫害と人権団体」『47NEWS共同通信社、2009年3月21日。2009年3月21日閲覧。
  42. ^ 魔女狩りで女性2人殺害、タンザニア」『AFPBB News』AFPBB、2014年10月18日。2019年10月3日閲覧。
  43. ^ “魔女狩り禁止へ 90歳女性暴行死受け―ガーナ”. 時事ドットコム. 時事通信社. (2023年7月30日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2023073000207&g=int 2023年7月30日閲覧。 
  44. ^ 「サウジアラビア、イスラム法廷で霊能力者に死刑判決」[リンク切れ]2009年12月15日付
  45. ^ 20歳“魔女”暴徒に焼き殺される」『nikkansports.com』日刊スポーツ新聞社、2013年2月12日。2019年10月3日閲覧。
  46. ^ Andrew Beatty「環境の変化を黒魔術のせいに、多発する現代の魔女狩り パプアニューギニア」『AFPBB News』AFPBB、2019年2月2日。2019年2月5日閲覧。


「魔女狩り」の続きの解説一覧




魔女狩りと同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「魔女狩り」の関連用語

魔女狩りのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



魔女狩りのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの魔女狩り (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS