寿司 語義

寿司

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/10 04:57 UTC 版)

語義

用字

「すし」には「寿司」「鮨」「鮓」などの字が使われる。このうち「寿司」は好字を使った当て字である。「鮨」「鮓」はいずれも、本来は別の魚料理(「鮨」は「うおびしお」、「鮓」は「つけうお」、より詳しくは寿司#歴史へ)を意味し、「すし」の意は国訓である。

「寿司」と言う表記は、京都朝廷へ献上することを考慮し使われるようになった。大坂では「鮓」、江戸では「鮨」の字が使用された[5][出典無効]

語源

魚介類を塩に漬け込み自然発酵させた食品が酸味を帯びることから、「酸っぱい」を意味する形容詞「酸(す)し」に由来する[6][7]

季語

夏の季語である。鮨、馴鮨、押鮨、鮒鮨など。

鮒鮨や彦根の城に雲かかる 蕪村

歴史

寿司につながった魚介類の保存方法

『栽培植物と農耕の起源』(中尾佐助 1978)では「ラオスの山地民やボルネオ焼畑民族」の焼畑農耕文化複合の一つとされている。『すしの本』(篠田統 1970)は、東南アジアの山地民の魚肉保存食を寿司の起源と挙げ、高地ゆえ頻繁に入手が困難な魚を、長期保存する手段として発達したものとしている。『魚醤とナレズシの研究 モンスーン・アジアの食事文化』(石毛直道 & ケネス・ラドル 1990)では、東北タイミャンマーあたりの平野部を挙げ、水田地帯で稲作と共に成立した魚介類の保存方法が後に伝わったとしている。

中国で「鮨」の字は紀元前5 - 3世紀に成立した辞典『爾雅』に登場する。「魚はこれを鮨という。肉はこれを醢という」[注 1]と対比され、鮨は魚の塩辛と篠田は解釈している[注 2]後漢の『説文解字』に「鮺は魚の蔵(貯蔵形態)」であるとし、䰼と鮺は同じとする一方、鮨は魚の䏽醤(塩辛)だとして区別した[8][9]。鮺がどのような保存食かは不明だが、10世紀の徐鍇の注は「今俗に鮓に作る」としており[注 3]、これをもって「鮓」の濫觴と言える。2世紀末成立の『釈名』で鮓は「葅。塩と米で葅のように醸し、熟してから食べる」とされている。葅は漬物のことである[10]。しかし、3世紀頃に編まれた『広雅』は鮨は鮓なりとして区別せず、東晋郭璞による『爾雅注』も同じである[11]。篠田は様々な記録から「鮓」が中国の古い時代にはあまりポピュラーな食べ物ではなかったことを示し、「南方を起源とする外来食」、つまり東南アジアから伝わったものと位置付けている[12]

日本における文献初見は『養老令』(718年)の「賦役令」で、鰒(アワビ)鮓、貽貝(イガイ)鮓のほかに雑鮨が見える[13]。『令義解』はこれに「鮨また鮓なり」と注解しており[14]、以後も日本では鮨と鮓が区別されず、ともに「すし」とされた[15]。『正税帳』(729年-749年)にも見える。篠田統、石毛直道らによると、これは外から来たものであり、稲作文化とともに中国は長江あたりから九州に伝わったのではないか、とみている。「鮓」の読みは『新選字鏡』(899年-901年)で「酒志」、「鮨」の読みは『倭名類聚抄』(931年-938年)に「須之」とされている[16]

日本の寿司

1000年以上の歴史があり、既に奈良時代に存在が知られる。平安時代の『延喜式』(927年)「主計寮式」には諸国からの貢納品が記されており、鮓・鮨の語を多く見出だすことができる。九州北部、四国北部、近畿中部地区に多く、関東以北には見られないのが特徴的。魚(または肉)をと飯で漬け込み乳酸発酵させる「なれずし」であると考えられている[15]

平安時代の鮨は『今昔物語集』にも記述がある。

「鮨売りの女が酔いつぶれて、売り物の鮨桶の中に嘔吐してしまったので、あわててかき混ぜてごまかした」
三条中納言朝成は肥満に悩み、医師に減量法を尋ねたところ、『夏は水漬け飯、冬は湯漬け飯を召しあがればよい』と教えられた。そこでの漬物やの鮨をおかずに湯漬け飯を食べたが、食べる量があまりにも多いので結局痩せなかった」

これらの記述から、平安時代の鮨は「嘔吐物を混ぜても気が付かないほど、臭いが強い」いわゆる「なれずし」であり、「鮨をおかずに湯漬け飯を食べた」ことから、飯部分を除去して食されていたことがうかがえる。鎌倉時代になると『沙石集』に記述されているように鮨は残り物の魚の加工品として登場し、米食が一般庶民に浸透する室町時代になって登場した「ナマナレ」によって、飯を一緒に食する習慣が生まれたようである[17]

篠田統は、室町時代の『蜷川親元日記』(1465年-1485年)に見る「生成(ナマナレ)」という言葉を、発酵が十分でない鮨(鮓)の意味であると理解して、これは、「漬け床」の飯も共に食べるものであるとした[18]。また、吉野曻雄は、鎌倉時代から室町時代の諸記録や日記にみえる鮨(鮓)は「生成」であるとし[19]、日比野光敏は、「ナマナレ(生成)」の特質は、醗酵期間の短縮だけではなく飯の食用にあり、室町時代にはこれが主流となるとしたうえで、飯を食べないものを「ホンナレ」と称して区別した[20][21][16]。この変化は蒸して強飯として食べられていた米を、炊いて柔らかい姫飯として食べるようになった食生活の変化が生み出したとされる[22]

しかしながら、室町時代以降に「なれずし」の発酵期間が短縮され、また、「漬け床」の飯も食用とされたということを史料で確認することはできない。櫻井信也によれば、奈良、平安時代以来、室町時代から織豊時代にかけても鮨(鮓)の多くを占めるのはの「なれずし」であるが、各時代の鮎や鮒などの同じ種類の鮨(鮓)の「飯漬け」期間を比較して、その期間の「短縮」が証明されていたわけではない。奈良、平安時代においても、食材の種類や「飯漬け」の時季により、醱酵の度合いには差があり、数日間の発酵のものもあれば、1 - 2か月のものもあるとされる[23]。従来の見解は、数箇月間以上の「飯漬け」を行う現在[いつ?]の滋賀県の「ふなずし」を奈良時代以来の「なれずし」、これよりも「飯漬け」期間が遙かに短い和歌山県のの「なれずし」などを「生成」であるとする理解から導き出されたものであるという。そして、「生成の鮨(鮓)」とは、十分な熟成を経ない半熟の鮨(鮓)ではあるが、飯を共に食するというものではなく、敢えて半熟状態のものを試みに賞翫するというもので、「鮒鮨(鮒鮓)」に限られていることから、これは「鮒鮨(鮒鮓)」の食方を意味する言葉であり、室町時代以降のそれまでの「なれずし」が「生成」になるという篠田統以来の従来の理解は誤りであるとしている。また、酢を調味料として食することに特徴があり、寿司に酢を用いる契機となったとされる[24]。櫻井の説が正しいとすると、「ホンナレ」と「ナマナレ」という区別も改められなければならないことになる。

早寿司の誕生

時代が下るとともに酒粕を使用したりと、寿司の発酵を早めるため様々な方法が用いられ即製化に向かう。そして1600年代からはを用いた例が散見されるようになる。岡本保孝著『難波江』に、「松本善甫という医者が延宝年間(1673年-1680年)に酢を用いたすしを発明し、それを松本ずしという」とあるが、日比野光敏によれば「松本ずし」に関する資料は他になく、延宝以前の料理書にも酢を使った寿司があるゆえ「発明者であるとは考えられない」としている。誰が発明したかはともかく、発酵を待たずに酢で酸味を調節する料理が誕生することになる。

箱寿司(大阪)の誕生

1728年創刊の『料理網目調味抄』には、「箱寿司に酢を注ぐ」という表現があり、酢を用いた寿司が定着していることがわかる。さらに1802年刊の『名飯部類』では、「寿司は昔は発酵させるものだったが、今では酢を使うものばかりである」と解説されている。

1750年刊の『料理山海郷』には「巻鮓」の記載が[注 4]、1802年刊の『名飯部類』には「起こし寿司」が登場している。この「起こし寿司」は、今のちらし寿司の原型となった。

握り寿司(江戸前寿司)の誕生

浮世絵に描かれた寿司(歌川広重・江戸後期)

大阪の箱寿司が『料理網目調味抄』に記載されたその100年後の江戸、「妖術と いう身で握る 鮓の飯」『俳風柳多留』(文政12年〈1829年〉、作句は1827年)が、握り寿司の文献的初出である。[25]握り寿司を創案したのは「與兵衛鮓」華屋與兵衛とも、「松の鮨(通称、本来の屋号はいさご鮨)」堺屋松五郎とも言われる(詳しくは江戸前寿司江戸三鮨を参照)。『守貞謾稿』によれば、握り寿司が誕生すると、たちまち江戸っ子にもてはやされて市中にあふれ、江戸のみならず文政の末には関西にも「江戸鮓」を売る店ができた。天保の末年(1844年)には稲荷寿司を売り歩く「振り売り」も現れたという。この頃には巻き寿司も既に定着しており、江戸も末期、明治維新の足音も聞こえてこようかという時代になって、ようやく現代でもポピュラーな寿司が出揃った。

明治30年代(1897年-)頃から企業化した製氷のおかげで、寿司屋でも氷が手に入りやすくなり、明治の末あたりからは電気冷蔵庫を備える店も出てくる。近海漁業の漁法や流通の進歩もあって、生鮮魚介を扱う環境が格段に良くなった。江戸前握り寿司では、これまで酢〆にしたり醤油漬けにしたり、あるいは火を通したりしていた素材も、生のまま扱うことが次第に多くなっていく。種類も増え、大きかった握りも次第に小さくなり、現代の握り寿司と近い形へ変化し始めた時代である。

大正12年(1923年)の関東大震災により壊滅状態に陥った東京から寿司職人が離散し、江戸前寿しが日本全国に広まったとも言われる[26][注 5][注 6]

昭和初期まではメニューを寿司職人に任せる「おまかせ」が一般的な注文であり、職人が当日の市場にあった様々な魚を仕入れて提供していた[27]

戦後の寿司

店で提供される握り寿司(2013年)

第二次世界大戦直後、厳しい食料統制のさなか、1947年(昭和22年)に飲食営業緊急措置令が施行され、寿司店は表立って営業できなくなった。東京では寿司店の組合の有志が交渉に立ち上がり、1合の米と握り寿司10個(巻き寿司なら4本)を交換する委託加工として、正式に営業を認めさせることができた。近畿をはじめ日本全国でこれに倣ったため、日本で寿司店といえば江戸前寿司一色となってしまった。当時を知る職人は、「あらかじめダミーの米を入れる袋を用意して店頭に置き、取り締まりを逃れて営業したこともある」と述べている。

戦後の高度経済成長期になると、衛生上の理由から既に屋台店は廃止され、廉価な店もあるにはあるものの、寿司屋は高級な料理屋の部類に落ち着いた。1960年代から1970年代にかけて、サラリーマンを題材とした漫画では、夜遅くまで外で飲み歩いた亭主が、妻の機嫌を取るために寿司の折り詰めを買って帰るという姿が描かれることもしばしばあった。国鉄東海道本線の電車急行ではビュッフェで寿司コーナーを設置していた。

「おまかせ」ではなく客が好きなメニューを注文することが主流となったが、これによりマグロなど人気の魚に注文が集中し、寿司が画一化したという指摘がある[27]

ネタのサーモン(タイセイヨウサケ)はノルウェー政府が1986年に日本に生のサーモンを食べる文化がなかったことに目をつけ(ルイベは存在する)生のサーモンを輸出する計画によって徐々に浸透した[28]。例えばマルハニチロ2023年に調査したデータでは回転寿司のネタとしてサーモンの人気は男女全体ともに1位を付けており、また12年連続で1位を保つほどの人気になっている[29]

安価な寿司

回転寿司、持ち帰り寿司

1958年(昭和33年)に大阪で回転寿司店「廻る元禄ずし」が開店し、廉価な持ち帰り寿司店「京樽」や「小僧ずし」も開業。1980年(昭和55年)頃には日本各地に普及した。

宅配寿司

電話やインターネットで注文を受けて、顧客へ届けるスタイルの宅配専門寿司店。回転寿司や持ち帰り寿司店でも宅配を行っている場合がある。

世界の「sushi」へ

アボカド・サーモンを「裏巻」したカリフォルニアロールのバリエーション

長い鎖国が解かれ、明治になると移民として中南米北米へと渡る者も多く、各地で日系人コミュニティが生まれた。アメリカ合衆国で最初の日本料理店「大和屋」がサンフランシスコに開店したのが1887年。ロサンゼルスでは、後にリトル東京と呼ばれる地域に日本食レストラン「見晴亭」が1893年に開店し、1903年に蕎麦屋、1905年には天ぷら屋、そして1906年には寿司屋が開店する。戦前のリトル東京の日本料理店は、主に最大数万人規模のコミュニティにまで膨れ上がった日系人のための食堂であった。しかし、第二次世界大戦でアメリカ合衆国と敵対国になったことにより、日系人コミュニティは強制収容という形で衰退してしまう。

その後、全国すし連合会会長・理事長を歴任した東京・青山大寿司総本店の大前錦次郎が、職人を連れての米国ワシントンD.C.での「全米桜祭り」での寿司の披露や、世界初の英文での寿司の専門書を出版するなどして、世界へ「Sushi」を広めた。

戦後のリトル東京の寿司屋は、しばらく1930年代に創業した稲荷寿司と巻き寿司、型抜きした酢飯に魚を乗せただけの寿司を提供する店一軒のみであった。アメリカ寿司ブームの仕掛人とされる共同貿易社長の金井紀年により、1962年にガラスのネタケースが海を渡り、老舗日本料理店「川福」の一角に本格的なカウンターを設えた「sushi bar」[注 7]ができ、続いて「栄菊」、カリフォルニアロール発祥の店となる「東京会館」も、1965年にネタケースを設えて「sushi bar」は3軒となった。当初は寿司を食べる欧米人はほとんどいなかったが、1970年代に入ると徐々に欧米社会にも受け入れられ、1970年代後半には寿司ブームとも言われるほどに成長していった。しかし海藻を食べる習慣のない欧米人からは、海苔は黒い紙のように見え気持ち悪がられたため、酢飯で海苔とタネを巻く「裏巻き」と呼ばれるスタイルが流行することとなった。「すしバー」では江戸前寿司だけでなく、各店で独自にアレンジした料理も提供され、欧米では「すしバー」の名称が正統派の寿司店や寿司レストランを含む総称になりつつあるとも言われている[31][32][33]

ロサンゼルスで火のついた寿司ブームは、その後、日本の経済的進出も相まって、アメリカを中心とする世界各地に急速に広まった。1983年には、ニューヨークの寿司店「初花(Hatsuhana)」が、『ニューヨーク・タイムス』紙のレストラン評で最高の4ッ星を獲得しており[26]、この頃までには高級フランス料理店に並ぶ評価を得る寿司店が出現するまでにイメージが転換していたことが窺える。現在、「スシ」は天ぷらすき焼き等と並ぶ日本食を代表する食品になっており、日本国外の日本食レストランの多くでは寿司がメニューに含まれている。特に北米では人気があり、大都市では勿論、地方都市のスーパーマーケットですら寿司のパックや巻物が売られていることが珍しくない。

ベルリンの回転寿司店

回転寿司は、気軽に食べられることやシステムの面白さなどで外国でも人気を得るようになったが、文化の違いから「正しい」楽しみ方はしていないと不満を感じる日本人もいる[注 8]

日本でも知られているカリフォルニアロール以外にも、世界各地の食文化と融合したスシ(sushi)が相次ぎ誕生している。メキシコトルティーヤと組み合わせた「寿司タコス」「寿司ブリトー」、ハワイ料理風の「ポキ寿司ボウル」、魚や肉を避ける人向けにの粉を魚介類風に加工してネタとする「フェイク寿司」(香港)などである[34]

東南アジアのタイ王国では、スシ・レストラン以外に屋台街で販売されるようになっている。酢飯は甘めが好まれ、ネタは魚介類以外にピータンなどがのせられる[35]

世界各地のスシ・レストランには中国人、韓国人など日本人以外の経営・調理によるものが増加し、日本人による寿司店の割合は10パーセント以下とまで言われるほど減少している[36]。そのため、日本の伝統的な寿司の調理法から大きく飛躍(あるいは逸脱)した調理法の料理までもが「スシ」として販売されるようになった。スシは人気のネタのマグロサーモン程度しか提供せず、天ぷらやテリヤキ丼物の方がメニュー数が多いような日本料理全般を扱う店も大々的にスシ屋を名乗っている。更にはご飯も魚介も関係なく、一つの食材の上に別の食材を置いた料理を「Sushi style」と称して客に提供する星付きレストランまで現れた。今ではSUSHIの単語を海外の街で頻繁に見かけるようになったが、本来の日本料理から大きく乖離したメニューを提供する店に遭遇することも多い。

2000年代になると日本のインターネット掲示板などで国粋主義が高まりをみせる。松岡利勝農水大臣はアメリカへの出張中、中国、韓国、フィリピン化された寿司に衝撃を受け、2006年に農林水産省は「正しい日本食を理解してもらうための日本食の評価」を日本国外の日本食店に行う計画を打ち出したが、アメリカの新聞『ワシントン・ポスト』紙が2006年12月24日付け記事で用いた「スシ・ポリス(Sushi Police、スシ警察)がやってくる!」など、アメリカの一部には、これを新しい食文化の誕生を疎外するものである、日本食も外国由来が多いと批判的な声もあり、日本でもスシポリスの記事が取り上げられた[37][36]。このような反応を受けて農林水産省は認証制度の導入を止め、和食の国際的普及を目指す特定非営利活動法人(NPO)の「日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)」が民間の立場から推奨店を決定する方式を取ることとした[38]

経済発展が著しい中華人民共和国香港台湾ロシアでも寿司ブームが起こった。元来これらの国では魚を生食する文化はなかったが、富裕層を中心に愛好家が増えている。日本人が寿司文化を世界に広めたために、今度は寿司種が世界市場で高騰すると言う現象が起きてしまっている。また、このように増大した寿司需要による生物資源の枯渇を避けるため、生態系にリスクを与えずに捕獲された魚介類や増産可能な方法で収穫された農産物を用いたサステナブル寿司(持続可能な寿司)の動きも2005年から米国で始められた[39]

創作寿司

世界各国の食材が普及し、寿司が日本国外に進出するにあたり、また食スタイルの変化などから日本伝統の寿司の形にとらわれない食材やスタイルの創作寿司もみられる。寿司種として魚介類以外にも、食肉(肉寿司)、野菜などを使用したもの、ソースとしてマヨネーズチーズなどの非伝統的な食材をトッピングしたもの、焼き揚げなど色々な調理法を用いたもの、形も握り寿司や巻き寿司にこだわらないものなど様々である。農林水産省などが開催する「WORLD SUSHI CUP JAPAN」において「創作寿司」部門が設けられ、江戸前寿司とはまた違った技術を競いあうイベントも開催されている。

販売・消費形態

販売

持ち帰り用に販売される詰め合わせ
日本の寿司職人(2006年)

寿司は鮨屋、回転寿司などの店内で料理として出される。寿司屋は出前を行なうこともある。

スーパーマーケットデパートの地下惣菜コーナーでは詰め合わせや握り寿司2つ程度の小さなパックなどが売られる。弁当販売店の形式で、持ち帰り用寿司を売るチェーン店もある。巻き寿司、ちらし寿司はしばしば家庭でも作られる。近年ではコンビニエンスストアでの販売も見られ、ますます手近なものとなっている。

かつての江戸では露天での販売も盛んで日本国内に広がった程であったが、衛生上の理由から屋台での寿司など生魚を使用した食品の販売は昭和初期までにその多くが規制されている。

勘定

日本においては、一皿毎の価格が明示されている回転寿司や、寿司専門店であっても一人一食分のセットメニューの価格を明示する方式が広く普及している。

しかし、伝統的な一部の寿司屋においては、会計は一つ一つの寿司に値段が掲示されていない場合もある。これは寿司種を市場で仕入れ当日に何がどれだけ水揚げされるかが分からないため、時価となってしまうことが要因である。かつては多彩な魚が使われていたことから、調理の手間のまちまちで影響が大きかった[27]

一方、『寿司屋のかみさんうちあけ話』(佐川芳枝 1995)の「高くてびっくり安くてびっくり」にて、寿司の職人でも他の店に行けば値段が分からないこと、どんぶり勘定で客を見て値段を決めている店があることが書かれている。また、同じネタでも客を見て切る部位を変えるので値段も違うという主張も載せられている。他方、滞在時間の長い「来てほしくない客」の場合は値段が高くなる、と公言する職人すらいる[40]

日本の法律では商品の内容とサービスまた価格を偽ることは違法とされており、値段を店員へ尋ねることができるが、当日の値段であり、次回訪れた際に変っている可能性もある。

回転寿司では基本的に値段が2~3段階に固定されており、皿の色や柄で分けられている。

文化

地方によって外食と弁当など、寿司の消費形態と消費額が異なる。『家計調査2002-2011』によると、東日本は外食が多く、寿司弁当は関西の都市に多い。石川県金沢市は双方とも多いが、寿司店で握り寿司を食べる文化地域と、箱寿司やパック寿司を買って家で食べる文化地域など、寿司の文化は現在の日本東西で異なっている。北大路魯山人は「江戸前寿司の上方寿司と異なるところは、材料、味つけおよび技法の相違にある。」[41]と寿司の違いについて記述していた。


注釈

  1. ^ 実際の記述は、「肉謂之敗,魚謂之餒,肉曰脱之,魚曰斮之,冰脂也,肉謂之羹,魚謂之鮨,肉謂之醢,有骨者謂之臡。肉魚肉魚と順に説明している文の中にあるので、魚の羹(米の入ったスープ)であるかのようにも見えるが、現在[いつ?]のところ魚の醢と解釈されている(狩谷棭斎『箋注倭名類聚抄』)。醢は後代の『説文解字』、また『周礼注疏』ではで漬けたものとされている。魚の調理法についての詳細は載せられていない。「塩辛」が魚と塩だけで作られたものと考えるのは、想像まで。
  2. ^ ここで言う「塩辛」は篠田統の説にあるデンプン質を用いないもののこと。『釈名』の米を使うと言う説明との対比だが、『爾雅』の鮨にデンプン質を使わなかったと言うのは篠田統説で、根拠が示されておらず、『爾雅』にも記載されていない。
  3. ^ 張舜徽・撰 編(中国語)『説文解字約注』 下、中州書画社出版、1983年、35-36頁。OCLC 11235810 日本で9世紀末に編まれた『新撰字鏡』も、鮓の異字として䰼、鮺などを挙げる。篠田統 (1966, p. 134)は「鮓は鮺の俗字」という部分を『説文解字』のものとして引用しているが、それは本文ではなく段玉裁説文解字注』の注である。
  4. ^ ここに記載されているのは、酢飯ではなく , 魚の身と大根おろしを巻いたものである
  5. ^ 加藤秀俊 (1977, p. 148)に関西に握りずしをはやらせた原因として記されている。
  6. ^ 『国立民族学博物館研究報告』(レポート) 18巻、4号、628 注7頁。 に代表例として、東京浅草の寿司職人で、京都における寿司組合活動の礎を築いた中島清次郎が記されている。
  7. ^ 「sushi bar」の「bar」とは横に長いもの、つまり、この場合は「寿司を出すカウンター」という意味(転じて「寿司屋」や「寿司を出す店」そのものも指す)[30]で、アルコール飲料を注文する必要はなく、未成年でも座れる。
  8. ^ 玉村豊男 (2010, p. 66)によれば、小皿に醤油をたっぷり入れ、わさびを大量に溶かし、そこにスシを置き、ネタの上にガリを大量に載せるといったスシの食べ方をするフランス人がいるという。彼らは「スシはスパイシーだから好き」と言う。
  9. ^ 小津安二郎(1963年没)や[58][59]大坪砂男(1965年没)の言及があり[60]、1989年(平成元年)に佐治敬三が"もともと茶巾寿司をつくり出した店だから"としている[61]
  10. ^ 川端晶子は「ふくさずし」を米料理の大分類のひとつとし、その下に"イワシの茶巾寿司"を編入している[64]

出典

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  4. ^ a b 近藤弘『すし風土記』毎日新聞社 、1974年、36頁
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