神仏分離・廃仏毀釈とは? わかりやすく解説

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/16 03:49 UTC 版)

白山信仰」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治維新による神仏分離・廃仏毀釈によって、修験道に基づく白山権現廃社となった三馬場のうち、白山寺白山本宮廃寺となり、白山比咩神社強制的に改組された。霊応山平泉寺も同様に廃寺となり平泉寺白山神社強制的に改組された。白山中宮長滝寺廃寺免れたものの、長滝白山神社天台宗長瀧寺強制的に分離された。 山頂登山道各地置かれていた仏像は、このとき引き下ろされ廃棄される運命にあった。しかし、十一面観音菩薩立像国の重要文化財)など8体が白峰村(現白山市)の林西寺住職(当時)、可性法の手によって収集され、現在も同寺境内の「白山本地堂」に安置されている。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/05 17:53 UTC 版)

羽黒権現」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治維新の神仏分離・廃仏毀釈によって、修験道の神である羽黒権現廃された。羽黒山寂光寺廃寺追い込まれ出羽神社(いではじんじゃ)に強制的に改組された。全国羽黒権現社の多く神道羽黒神社あるいは出羽神社となっている。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/04 05:09 UTC 版)

医王権現」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治維新神仏分離令による廃仏毀釈によって、修験道に基づく医王権現廃された。国見平に医王権現堂が残る。全国医王権現社の多くは、少彦名命祭神とする神道医王神社医王山神社となっている。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/16 18:29 UTC 版)

山王権現」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治維新の神仏分離・廃仏毀釈によって、天台宗鎮守神である山王権現廃された。 日吉大社では、公布されたばかり神仏分離令最初に実行されとされる慶応4年1868年近江国日吉山王社は比叡山延暦寺から強制的に分離され日吉大社強制的に改組された。このとき、延暦寺社殿の鍵の引渡し要求する拒否されたため、日吉社社司樹下茂国(神祇官神祇事務局判事)は神威隊および雇い入れた農民100名を率いて社殿乱入祀られていた仏像仏具仏器経巻など124点を焼き捨て鰐口など48点を社司宅へ持ち帰り(『滋賀県百科事典』)、梵鐘等の金属部分大砲貨幣鋳造のために押収するなどした。これが先例となって廃仏毀釈全国的に行われるようになったという。 なお、日吉大社権禰宜の話では、廃仏毀釈は「持て余すものをお焚き上げしたに過ぎない」ものだったという。 江戸初期に既に廃仏毀釈が行われた点をみても、大社側は神仏習合をもともと快く思っておらず、神仏分離令きっかけにすぐ廃仏毀釈が行われたのは、自然な成り行きだったという。また、最初廃仏のときに、仏像等延暦寺返せば円満に解決したはずだが、裁判起こされたことが、大社延暦寺の間にしこり残し明治期激し廃仏つながったのだという。もっとも、当時は、これまでの崇敬対象破壊することはできないと、仏像等隠した神官氏子多くみられたという。 現在も残る山王社多くは、大山咋神祭神とする神道日枝神社日吉神社になっている2008年日吉大社山折哲雄の提唱する「神仏同座神仏和合精神復活」の精神にもとづく神仏霊場会が組織された際、これに創立メンバー125社寺ひとつとして参加2016年からは「日吉山王大権現」と大書された「干支大絵馬」を成安造形大学依頼して毎年作成し参道脇に設置している。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 15:09 UTC 版)

転法輪寺 (御所市)」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治元年神仏判然令(神仏分離)によって一言主大神祭神とする葛木神社のみが残されて、廃仏毀釈によって金剛山寺転法輪寺)は廃寺となった

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 14:00 UTC 版)

金毘羅権現」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治元年1868年3月神仏分離令によって同年6月金毘羅大権現琴平神社同年7月金刀比羅宮改称)と改称し金毘羅権現大物主同体であるとして、主祭神の名大物主定められた。別当金光院は還俗し、同神社にその一切譲り、この時点金光院は消滅しそのまま社務所となる。なお、塔頭普門院山門(現・大門)の外にあったため存続し松尾寺継承しているとして松尾寺廃寺はなっていないと主張している。 全国金毘羅宮金毘羅権現社の多くは、大物主主祭神とする神道金刀比羅神社金刀比羅宮琴平神社金比羅神社金比羅宮になっているが、各地常夜灯石碑等に「金毘羅大権現」の痕跡を伺うことができる。その堂の本扁額金毘羅との表記今でも金毘羅権現祀るところであり、金比羅表記香川県琴平町金刀比羅宮習って主祭神が大物主変わったところである。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/25 05:32 UTC 版)

権現」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治維新神仏分離令神仏判然令)で権現社権現宮権現堂多く廃され、「権現」の神号修験道一時禁止されたため、権現祀る神社多く本地仏廃して祭神垂迹神)のみを祀るようになった祭神不詳権現には復古神道国学学説に基づき記紀神話の神を比定した。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 00:12 UTC 版)

牛頭天王」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治維新神仏分離によって、権現類と並んで通達名指しされた。天台宗感神院祇園社廃寺追い込まれ八坂神社強制的に改組された。また、織田信長神社破壊をした際に自衛のために、織田信長信仰し牛頭天王祭神変えた社が多かったとし、実は古来からの祭神ではなかったと故意主張され全国牛頭天王祀る祇園社天王社は、スサノオ祭神とする神社として強制的に再編された。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/28 06:05 UTC 版)

石尊権現」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治維新神仏分離令による廃仏毀釈によって、神仏習合信仰石尊権現廃された。明治元年1868年頂上の石尊社ならびに大山寺各々大山阿夫利神社頂上本社(ならびに奥社・前社)と下社改組された。多く寺宝破壊されたが、雨降山大山寺現在の大山ケーブル大山寺駅近く再興され廃寺免れた。また大山寺本尊不動明王像廃仏毀釈から守られ現在も大山寺本尊として祀られている。また各地の石尊社で廃仏毀釈免れて尊神社として残っているものもある。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/09 10:04 UTC 版)

智明権現」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治維新神仏分離令による廃仏毀釈によって、修験道に基づく智明権現廃された。明治4年1871年大山寺大神山神社天台宗別格本山の角磐山大山寺強制的に分離された。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/09 10:05 UTC 版)

立山権現」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治維新による神仏分離・廃仏毀釈によって、修験道に基づく立山権現廃された。明治2年1869年)、芦峅寺岩峅寺廃寺追い込まれ雄山神社強制的に改組された。また、立山修験道の布橋灌頂立山権現信仰布教禁じられた。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/23 00:35 UTC 版)

愛宕権現」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

慶応4年1868年)の神仏分離令による廃仏毀釈によって、修験道に基づく愛宕権現廃された。明治3年1870年天台宗真言宗両義白雲寺廃寺追い込まれ愛宕神社京都府京都市右京区)に強制的に改組された。 本地仏とされた勝軍地蔵金蔵寺移されたが現在でも本宮にイザナミ若宮カグツチ祀っている。 全国愛宕社多くは、若宮太郎坊大権現)に祭られていたカグツチ初めとする神々祀る神道愛宕神社となっている。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/10 13:07 UTC 版)

秋葉権現」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

慶応4年1868年)の神仏分離・廃仏毀釈は各地秋葉権現対象となった遠州秋葉山では秋葉権現神仏いずれか議論長引いたが、明治5年社寺行政主管する教部省は 「秋葉事記聖観音行基作〕秋葉山権現当山鎮守祭神大己貴命〔或曰式内小國神社三尺坊秋葉同社ニ祭ル当山護神ナリ〕トアレバ当山鎮守ノ神ト三尺坊ノ霊トハヨリ各別ナルコト明ケシ但シ式内小國神社ハ同郡ニハ有レトモ今宮ニアリテ秋葉ノ地トハ自ラ別ナレハ祭神ノ説ハ非ナカラヨリ秋葉主神ハ仏ニ非ル故ニ斯ル説モ起リシナルベシ」 と秋葉権現三尺坊とは異な神祇であると判断し、「秋葉大権現之儀慶応三年十二月廿七日神階正一位ヲ被授候事故向後秋葉神社ト称シ可申事」と秋葉神社への改称が妥当とした。 祭神名について教部省は「秋葉事記」の大己貴命説は採用せず、修験家伝元に火之迦具土大神称することが妥当と判断した全国秋葉権現祀る祠堂もこれに準じて神仏判然がなされ、多く神道秋葉神社となった推測されるが、「社寺取調類纂」には明治3年迦具土神祭神とする秋葉神社となっている事例掲載されている。秋葉神社秋葉寺分離後明治6年1873年大登秋葉寺無住により廃寺となった為、浜松県指導により三尺坊可睡斎遷座した。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/03 00:32 UTC 版)

瑜伽大権現」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治元年1868年)の神仏分離令による廃仏毀釈によって、修験道に基づく瑜伽大権現廃された。明治6年1873年瑜伽蓮台寺廃寺免れたものの、真言宗由加山蓮台寺由加神社強制的に分離された。

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神仏分離・廃仏毀釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/03 00:39 UTC 版)

越知大権現」の記事における「神仏分離・廃仏毀釈」の解説

明治維新による神仏分離・廃仏毀釈によって、修験道に基づく越知大権現廃された。越知山三所大権現神宮寺であった越知山大谷寺越知神社天台宗越知山大谷寺強制的に分離された。併せて越知山参道石仏ことごとく破壊された。

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