医療体制の逼迫
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「日本における2019年コロナウイルス感染症の流行状況」の記事における「医療体制の逼迫」の解説
日本救急医学会と日本臨床救急医学会は4月9日に声明を発表し、「救急医療体制の崩壊をすでに実感している」と危機感を示した。発熱などの症状がある病人を救急搬送しても病院に受け入れられず、殆どの場合救急救命センターで受け入れざるをえなくなっている結果、重症の救急患者の受け入れができなくなっていると指摘した。 日本医師会の横倉義武会長(当時)は2020年4月26日、福岡県の状況について「医療崩壊の一歩手前」と強い危機感を示した。PCR検査の体制拡充については「3月20日ごろから検査の拡充を訴えたが、政府はなかなか動かなかった」、政府の緊急事態宣言については「もう少し早く判断してもらいたかった」と指摘した。また日本医師会の中川俊男会長(2020年6月に就任)は7月22日に、「23日からの4連休を『我慢の4連休』としていただきたい」と述べ、県境を越える移動や不要不急の外出を避けるように呼びかけた。 日本感染症学会の学術講演会が8月19日から21日にかけて開かれ、この中で学会の理事長である舘田一博は「今、日本は第2波のまっただ中にいる。この先、どう推移するのか注意が必要だ」とする見解を示した。 12月に入り全国的に感染者が増大する中で、12月21日、日本医師会など医療関係9団体は合同記者会見を開き、新型コロナウイルス感染症の感染拡大と医療体制の逼迫を受けて「医療緊急事態宣言」を出した。日本医師会の中川会長は冬季に流行するインフルエンザと比較しても、新型コロナは「別格の脅威だ」と指摘。感染者の増加が止まらないことで、「誰もが平等に医療を受けられる日本の医療制度が風前のともしびになっている」と危機感を訴えた。 ただし、これらの主張に対し、国際政治学者の三浦瑠麗は「(指定感染症二類相当対応のために)ごく少数の病院だけにコロナ患者を集中させた結果、そこが悲鳴を上げている」と病院側の体制に不備があるにも関わらず、「全てを国民の責任にしている」と追及したうえで「なぜ医療体制がこんなに簡単に崩壊してしまうかについての分析はひとつもない」と批判 し、元厚生労働省医系技官で作家・医師の木村盛世も「毒性の強くない新型コロナを指定感染症二類相当(一部I類)という高いレベルに指定してしまったため、新型コロナ患者の受け入れ病院が限定されてしまった。これが医療崩壊危機の実態」と評している。 また、現場の医療従事者からも「二類相当措置の見直しは必要」との意見もあり、日本赤十字社医療センター呼吸器内科部長の出雲雄大は12月17日のテレビ朝日系『報道ステーション』に出演し「濃厚接触者に認定されると基本的には2週間自宅待機しなければならない。当院では1度53人が濃厚接触者になったことがあり、全員にPCR検査をしたら陽性者は1人だけで、つまり52人は特に症状がなく感染もしていないのに、2週間働けない状況であった。当然人員が足りなくなり、病棟を閉鎖したり、外来や救急、手術を止めたりしなければならない」「入院は重症の患者さんを中心とするべきだと思う。濃厚接触者の洗い出しなどの作業を保健所等でしているが、そのようなマンパワーをほかに割いていくべきだ」と現状を訴え、現状の指定感染症二類相当からインフルエンザと同じ五類へ引き下げを主張した。また、感染者の入院調整などを担当する保健所からも同様の声が上がっており、大分県東部保健所長の内田勝彦(全国保健所長会会長)は、「私が勤める保健所では感染症法上で2類に分類される結核の報告数は年に30件ほどだが、新型コロナの報告は(12月上旬の)2週間で約80件。結核でいうと3年弱の業務量が2週間で押し寄せた。東京や大阪は、一気に通常の100倍以上の負担であり、土日出勤は当然で、深夜までの長時間労働で回していますが追いつかない」と状況を訴え、「2類相当という方針を、感染が拡大した地域だけでも変えるなど、柔軟に対応していただきたい」と提言している。 一方で2020年末から21年に入り、感染した人工透析患者への対応が難しくなっており、日本透析医会でコロナ対策にあたるワーキンググループの菊地勘は透析分野では医療崩壊が起こっているという意見を表明した。 2021年1月13日、政府が既に同月7日に東京都など1都3県に発出していた特措法に基づく緊急事態宣言の地域に大阪府など2府5県を加えて追加発出を決めたが、中川日本医師会会長が記者会見で「現実は特に首都圏など緊急事態宣言対象地域において、通常の入院患者の受け入れを断るなど、すでに医療崩壊の状態になっている。さらに、このまま感染者数の増加が続くと、医療崩壊から医療壊滅になってしまう恐れがある」と危機感を表し、政府に全国的な緊急事態宣言も視野に迅速な対策を求めた。その一方で、一部の公立病院などにコロナ患者対応が集中し、民間病院のコロナ患者受け入れ態勢に不十分な点がみられるなど、特措法・感染症法の問題やコロナ患者の民間病院受け入れに消極的とされる医師会の問題が指摘されている にもかかわらず、中川はほぼ毎週行われている定例会見で、国民に対する「気の緩み」「自粛疲れ」といった精神的な問題などを批判し、緊急事態宣言の全国的な拡大や国民への行動制限を何度も訴えるなど、中川や日医に対して「国民任せだ」「上から目線で偉そうだ」などといった世論の反発も大きくなっていた が、その後、中川以下複数の日医執行部の役員が、まん延防止等措置適用中の4月に都内で行われた日本医師連盟の組織候補である自見英子参議院議員の政治資金パーティーに参加したことが明るみに出たことで、識者や世論による中川ら日医執行部へ対する批判がさらに拡大している。 新型コロナ患者の病床が増加させられない一因として、2020年から21年冬季にかけての第三波で見られた点では、コロナ患者を受け入れる際は入念な感染防護対策が必要で、通常よりも人手や手間がかかるため、看護師らスタッフ確保の目詰まりがあることや、コロナが改善した後もリハビリが必要な高齢患者らの入院が長引いてしまうことが挙げられている。また、コロナ病床を大幅に増やせば、通常医療が圧迫されるという問題も指摘されており、2021年3月以降、国内では変異株に流行が置き換わったことで若年層でも感染・重症化しやすいとの指摘があり、入院患者や重症者数を徐々に押し上げ、さらに医療逼迫の大きな要因となっている。 2021年4月、まん延防止等措置が発令された都府県のうち、感染者が増大している大阪市、神戸市、仙台市内では急病人らの搬送先がすぐに決まらない「救急搬送困難事案」が増加しており、病床逼迫の影響があるとみられる。宮城県の仙台医療圏では新型コロナ患者の病床使用率が9割を超えており、大阪府でも吉村洋文知事は同月12日の会見で「重症の治療をしてくれている医療機関に対して新型コロナ以外の一般医療の一部の制限を要請し、コロナの重症者の病床を確保する。中身としては急ぎではない予定の入院や手術は延期を要請する」と一部の医療機関に対して医療制限を要請したことを公表している。この状況について日本医科大学特任教授の北村義浩は「(大阪府では)自分で治療法を選べない、死に方も選べない確率が高まっている。これはもう社会崩壊。医療崩壊ではなく社会崩壊に近い」と評している。 2021年7月、緊急事態宣言下での東京五輪開催の最中、首都圏を中心に感染者の増大が顕著に表れ、東京都では同月28日に一日の新規感染者が初めて3,000人を突破した。重症化リスクのある65歳以上の高齢者の感染者はCOVID-19ワクチンの優先接種の効果もあってか低水準で推移しているものの、この時点でワクチン接種が十分に行き届いていない40~50代を中心とした入院患者が増加している傾向が見られている。また、同年春に見られた「救急搬送困難事案」(前述)が再び増加しており、大阪で見られた新型コロナ専用病床の増床・確保とともに、医療機関に通常医療の制限を検討する通知を東京都が同月26日に出したことが明らかになっている。新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、同月28日の衆議院内閣委員会の閉会中審査で「医療の逼迫が既に起き始めているというのがわれわれの認識だ」と答弁し、翌29日の参議院内閣委員会の閉会中審査でも「今、まさに今までの1年半のコロナ対応の中で最も厳しい状況にいる」「このまま接触機会の増加が続くと、先般の大阪のように、自宅療養中に重症化して亡くなる人が出てくる。そういうことも当然、想定して今から対策を打つ必要がある」と答弁し、危機感を強めている。 8月に入るとこれまで首都圏中心の感染者の増大がさらに全国に波及した。同月10日には東京消防庁の救急隊が臨時編制した隊を含め全て出場中となり救急要請に応えられない状態となった。同月13日には全国の1日当たりの新規感染者が20,000人を突破する事態に陥った。総務省消防庁は同月11日に救急車が到着しても搬送先の病院がすぐに決まらない「救急搬送困難事案」が同月8日までの1週間に全国で2,897件あったと発表、7月の最初の週から1カ月余りで2.5倍に急増している。感染者の増悪による入院の調整も保健所などの業務逼迫により難航する傾向が出ており、特に東京都内では自宅療養者が20,000人を突破するなど、専門家は都内の医療提供体制は「深刻な機能不全に陥っている」と指摘する声がある。さらに同月15日までの1週間に「救急搬送困難事案」が全国で3,361件と急増し、コロナウイルスに感染した疑いがあるケースは約半数に上った。そのような最中で千葉県柏市で新型コロナウイルスに感染し自宅療養をしていた妊娠8か月の妊婦の容態が急変し、かかりつけの産婦人科医や保健所などで入院調整が行われたものの入院先が決まらず、その結果自宅で出産する事態となり、新生児は早産のため病院に搬送されたが死亡するといった事例が起きるなど、新たな問題も発生している。 8月22日、東京大学医学部附属病院の瀬戸泰之病院長は菅義偉首相と面会。瀬戸は「新型コロナウイルス感染症の医療が重要である一方で、コロナ以外の医療も重要なので、両立させることが重要だと首相に申し上げた」と、記者団に説明した。 8月23日、田村憲久厚生労働大臣と小池百合子都知事が会談し、都内の医療機関に対し改正感染症法に基づく協力要請を同日付で行う事を決めた。要請では不急の入院・手術の延期など通常医療の制限も視野に入れ、入院患者の受け入れ、病床確保、臨時の医療施設など都が要請した施設への人材派遣などに協力するよう求める。同法に基づく国の要請は初めてとなる。また、同日から東京都では増悪した自宅療養中の感染者が酸素投与を受けられる「酸素ステーション」の運用を開始している。
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