渡来とは? わかりやすく解説

と‐らい【渡来】

読み方:とらい

[名](スル)遠く外国から渡ってくること。「シベリアから―するハクチョウ」「南蛮―」


渡来

名字 読み方
渡来わたらい
名字辞典では、珍しい名字を中心に扱っているため、一般的な名字の読み方とは異なる場合がございます。

渡来

読み方
渡来とく
渡来とらい
渡来わたき
渡来わたぎ
渡来わたらい

渡来人

(渡来 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/28 14:59 UTC 版)

渡来人(とらいじん)とは、古代に中国朝鮮半島から日本帰化した人々およびその子孫のこと[1]縄文時代ないし弥生時代にすでに日本へ渡来した人々がいたことが窺われ、また平安時代以降も日本に渡って来た人々はいたが、歴史上特に重要な意味をもつのは4世紀末から7世紀後半に移住した渡来人である[1]

人類学では、弥生時代以降にユーラシア大陸から渡来した人々(渡来系弥生人など)の総称として用いられることが多い[2][† 1][3]

渡来は一時期に集中して起こった訳ではなく、幾つかの移入の波があったと考えられている。また、そのルーツに関しては、朝鮮半島、中国大陸、満洲にシベリア大陸、中東諸国などさまざまである。

概説

3世紀末 - 6世紀古墳時代にはヤマト王権に仕える技術者亡命者として朝鮮半島から人々が渡来した。4世紀後半から5世紀にかけて、ヤマト王権は百済と同盟のために百済が海を渡って遼西経略をした時、繰り返し出兵するなど大陸を侵略しており、このことは宋書の百済傳にも記録されている。渡来人の中には大王を中心とするヤマト王権において重要な位置を占めた者や文化の発展に寄与した[† 2] 者がいた。

また飛鳥時代には百済より貴族が日本を頼って渡来した。中でも最後の百済王義慈王王子禅広は、持統天皇より百済王(くだらのこにきし)氏姓を賜り、百済系氏族の代表的な存在となった。

大和朝廷では優遇され、官人として登用された者も少なくなく、弘仁6(815)年に編纂された『新撰姓氏録』に記載される1182氏のうち、326が諸蕃すなわち渡来系氏族であり、全体の3割を占めている[1]。諸蕃の出身地は漢が163、百済が104、高麗(高句麗)が41、新羅が9、任那が9であった[1]

「帰化人」と「渡来人」

帰化と渡来の語義

帰はもと歸であり、元いた場所に戻る意味のほかに、従い服従すること、に行くなどの意。帰化は他国の国籍に入りその臣民となること、臣服すること(魏志鄧艾傳「発使告以利害、呉必歸化可不征而定也」。あるいは教化に服し従うこと(『高僧伝』「感徳歸化者、十有七八焉」)。一方で渡という用語は水(江)や海を渡る意義であり、大陸間での移動は移(うつしかえること)をもっぱら用いた。「移住」。また「定居(定住すること)」。「移民」は人の少ない場所に民をうつし住ませること。「遷」は上下関係の中での移動を特にさす。

古代における「帰化」の語義

「帰化」という語句の本来の意味は、「君主教化・感化されて、そのもとに服して従うこと」(『後漢書』「童恢伝」)で、歴史学的な定義としては、以下のものがある[4]

1. 化外 けがいの国々から、その国の王の徳治を慕い、自ら王法の圏内に投じ、王化に 帰附 きふすること
2.その国の王も、一定の政治的意思にもとづいて、これを受け入れ、衣料供給・国郡安置・編貫戸籍という内民化の手続きを経て、その国の・法の秩序帰属させる一連の行為ないし現象のこと

史書における用法

平野邦雄によれば、『日本書紀』の用法において、「帰化」「来帰」「投下」「化来」はいずれもオノヅカラモウク、マウクと読み、概念に違いはない[5]。また古事記では三例とも「参渡来」と記し、マイワタリツ、マウクと訓む[5]

脚注

注釈

  1. ^ 日経サイエンス8月号 「特集ヤポネシア 47都道府県人のゲノムが明かす 日本人の起源」 ではこの意味で「渡来人」の語が用いられている。
  2. ^ 5世紀後半~6世紀に朝鮮半島から移住した技術をもった人々を『日本書紀』では「古渡才伎(こわたりのてひと)」に対して「今来才伎(いまきのてひと)」と呼んでいる。『日本書紀』「雄略紀」によれば今来才伎は百済から派遣人々である(雄略天皇七年「集聚百済所貢今来才伎於大嶋中」)。

出典

  1. ^ a b c d ブリタニカ国際大百科事典』小項目事典「渡来人」[1]
  2. ^ 横田健一「白鳳天平芸術精神史研究序説 : 群像形式と憂欝性の表現を中心として」『関西大学東西学術研究所紀要』第6巻、関西大学東西学術研究所、1973年3月、41-57頁、ISSN 02878151NAID 120006494410 
  3. ^ 州浜昌利「秦氏の性格について」『法政史学= 法政史学』第11号、法政大学史学会、1958年11月、103-108頁、doi:10.15002/00011858ISSN 0386-8893NAID 120005626029 
  4. ^ 平野邦雄『帰化人と古代国家』(吉川弘文館 2007年)pp.1-10
  5. ^ a b 平野邦雄『帰化人と古代国家』(吉川弘文館 2007年) p.2

関連項目


渡来

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/27 16:51 UTC 版)

阿知使主」の記事における「渡来」の解説

『日本書紀』応神20年289年九月条には、「倭漢直(やまとのあやのあたひ、東漢氏)の祖阿使主其の都加使主(つかのおみ)、並びに己が党類ともがら十七県を率て、来帰り」と伝わる。 『日本書紀』よりのち、坂上氏伝えところによると、後漢の滅亡に際して漢の朝鮮半島における植民地帯方郡移住し、さらに七姓の民とともに日本に渡る。『続日本紀』延暦四年(785年六月の条によれば漢氏東漢氏)の祖・阿智王は後漢霊帝曾孫で、東方の国(日本)に聖人君子がいると聞いたので「七姓民」とともにやってきたと、阿智王の末裔氏族東漢氏出身下総守坂上苅田麻呂述べた。 右衞士從三位下総守坂上大忌苅田麻呂上表言。臣等本是後漢靈帝曾孫阿智王之後也。漢祚遷魏。阿智王因牛教。出行帶方。忽得寳帶瑞。其像似宮城。爰建國邑。育其人庶。後召父兄告曰。吾聞。東國聖主。何不歸從乎。若久此處。恐取覆滅。即携母弟迂興徳。及七姓民。歸化來朝是則譽田天皇治天下御世也。於是阿智王奏請曰。臣舊居在於帶方人民男女皆有才藝。近者寓於百濟高麗之間。心懷猶豫未知去就。伏願天恩遣使追召之。乃勅遣臣八腹氏。分頭發遣。其人民男女。擧落隨使盡來。永爲公民。積年累代。以至于今。今在諸國漢人亦是其後也。臣苅田麻呂等。失先祖王族。蒙下人之卑姓。望 。改忌寸蒙賜宿祢姓。伏願。天恩矜察。儻垂聖聽。所謂寒灰更煖。復榮也。臣苅田麻呂等。不勝至望之誠。輙奉表以聞。詔許之。坂上内藏平田大藏。文。調。文部。谷。民。佐太。山口忌寸十一十六賜姓宿祢。 — 続日本紀延暦四年六月『日本書紀』よりのち、坂上氏伝えところによると、阿知使主応神天皇奏し、「旧居帯方人民男女はみな才芸があるが、最近は百済高句麗の間にあって去就困っているため、これを呼び寄せたい」と進言使者派遣してその人民を勧誘し帰化させたとある。『新撰姓氏録』「坂上氏逸文」には、七姓漢人・多・皀郭・皀・段・高)等を連れてきたとある。「坂上系図」は『新撰姓氏録』第23巻を引用し、七姓について以下のように説明している。 段(古記には段光公とあり、員氏とも) - 高向村主高向史、高向調使、評(こほり)、首、民使主首の祖。 - 刑部史の祖。 皀郭 - 坂合部首佐大首の祖。 - 小市佐奈宜の祖。 多 - 檜前調使の祖。 皀 - 大和国宇太郡佐波多村主、長幡部の祖。 高 - 檜前村主の祖。 また、阿知王は百姓漢人招致しその末裔には高向村主西波多村主平方村主、石村村主、飽波村主、危寸(きそ)村主長野村主、俾加村主茅沼山村主、高宮村主、大石村主、飛鳥村主、西大友村主長田村主、錦部村主、田村村主忍海村主佐味村主桑原村主、白鳥村主、額田村主、牟佐村主田賀村主、鞍作村主播磨村主漢人村主今来村主、石寸(いわれ)村主金作村主尾張の次角村主があるという。 大和国今来郡、のち高市郡檜前(ひのくま)郷に住んだ。民忌寸忌寸蚊屋忌寸文山忌寸らが天平元年729年)から高市郡司に任ぜられた。蚊屋(かや)氏には蚊屋木間がいる。 その後摂津参河近江播磨阿波にも移住した。ほかに美濃越前備中周防讃岐伊勢三河甲斐河内丹波美作備前肥前豊後にも住んだ

※この「渡来」の解説は、「阿知使主」の解説の一部です。
「渡来」を含む「阿知使主」の記事については、「阿知使主」の概要を参照ください。

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