番組変遷
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「木村拓哉のWhat's UP SMAP!」の記事における「番組変遷」の解説
2006年1月20日の放送終了直前(23:30直前)にURLが公開され、公式サイトがオープンした。2011年7月より、公式サイトは番組内容をブログで紹介する内容に変更された。 放送が開始されてしばらくの期間は木村のほか、TOKYO FMアナウンサー(当時)木村達彦(きむらたつひこ)も出演していたことがある。木村がキムタクと呼ばれるのに対して、木村達彦は「きむたつ」と呼ばれていた。ちなみに達彦は現在引退しているが、当時、SMAPとも紅白などで親交が深い和田アキ子がDJを務める『DJアッコのパニックスタジオ』も担当していた。 2007年4月~2010年9月、番組の前後を『SCHOOL OF LOCK!』に挟まれており、その『SCHOOL OF LOCK!』のパーソナリティーのやましげ校長は、この番組を「キムタクLOCKS!」と称した(いつの間にか木村がSOLの教師になっていた)。 2009年5月22日放送分は、太田光が番組冒頭ではディレクター役(「クリリン」こと栗原広志ディレクターが本来の役割の為、チーフディレクターを名乗る)、後半ではディレクターとしての番組ジャックを太田自ら出演して謝罪、この模様は2009年5月30日放送のTBSテレビ『キズナ食堂』で放送された。 2011年7月1日の放送をもって、放送開始からの番組名物ディレクター栗原広志が営業部に異動のため、番組を卒業した。なお、この日の放送では構成の鈴木おさむも加わり番組の歴史を振り返った。 2016年のSMAP解散後も本番組は継続されている。なお、他のメンバーは解散後、「SMAP」の文字を外し、番組名を変えて放送する事に対して、同年12月16日放送分にて、木村は過去に番組内で、タイトルを「変えなくてもいいんじゃないかな」と発言したが、名前の変更に「言ったわ、言ったけど、どうしようかな。どうするべきなのかなと……。割りと考えました」と、正直悩んだことも告白し、それでも「背中を押してくださっているというか、TOKYO FMさんをはじめ、このラジオを聴いてくださっているリスナーの方たちからも『このままでいいんじゃない』という声が多かったてことが事実としてあって、背中を押してもらった気持ちになって、自分自身の中でも『いいんじゃない変えなくて』と思ったんです」と語った。さらに、名前から「SMAP」を外さなかった理由については、リスナーの恋愛話などに木村が赤裸々に答えてきていることから、番組当初から聴いているリスナーは「知っていると思うけど」とした上で「What'sのSMAPの中には、Sad(サド)、Maso(マゾ)、Assemble Pepoleっていう意味も含まれているんですね」と説明。「だから、ちょっとね、変態なんですよ、このラジオは。スタート当初から」といい、「1月以降も変わらず、よろしくです」とリスナーに呼びかけた。
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番組変遷
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「Q職 THE WAVE」の記事における「番組変遷」の解説
2006年7月1日からヤングジョブスポット新潟の提供で番組を開始したが、ヤングジョブスポット新潟の閉所に伴い、2007年3月25日の放送をもって一時終了。この間をファーストシーズンと区分していた。 2007年4月から6月の間は番組を休止。 2007年7月2日から雇用・能力開発機構新潟センターの提供で番組再開。ここからをセカンドシーズンと区分していた。 2008年4月6日から、サードシーズン開始。 2009年3月29日放送終了。
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番組変遷
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「泉谷しげるのミュージックバトル!」の記事における「番組変遷」の解説
当初は、泉谷しげると篠原涼子により『泉谷しげると篠原涼子のミュージックバトル! 決戦は日曜日』としてスタート。2002年10月に放送時間が繰り上がり、12:00スタートとなったが、2003年4月に再び12:30スタートとなった。その後、同年6月に篠原が番組を降板。7月より現在のタイトルとなった。
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番組変遷
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番組タイトルは一部省略。パーソナリティ名が付くものと付かないものは区別していない。 2012年4月 第1部★月曜日:モーニング娘。道重さゆみの今夜も♥うさちゃんピース ★火曜日:風男塾の天下腐部 ★水曜日:シクラメンのブラシクラ ★木曜日:吉田山田のネガティブ押し出せ!!!!!! 金曜日:さがせ!ピーチクパーチク(DJ:門出ピーチクパーチク) 第2部月曜日:holyのミュージック・ガイダンス(DJ:堀井"holy"庄一) 火曜日:BOYS AND MEN栄第七学園 男組! 水曜日:プリマベーラ・Maiのヒット・エンド・ラン 木曜日:アピッツのハッピーアピッツ 金曜日:村瀬みちゃこのみっちゃみちゃにしてやんよ! ★土曜日 0:00 - 1:00:ナガオカ(DJ:永岡歩) 2012年秋改編 水曜日第1部:「シクラメンのブラシクラ」が終了し、Noaの「Noaのおだづモッコ‼︎」が開始。 水曜日第2部:「プリマベーラ・Maiのヒット・エンド・ラン」が終了し、名古屋おもてなし武将隊(2代目)の「名古屋おもてなし武将隊の故に、我らの話を聞け!」が開始。 木曜日第2部:「アピッツのハッピーアピッツ」が終了し、「メロあるのあ@メロンソーダがあるからいいや。(メロある)」が開始。 2013年春改編 月曜日第2部:「holyのミュージック・ガイダンス」が終了し、「酒井直斗のナイスジャーマン!」が開始。 木曜日第2部:「メロあるのあ@メロンソーダがあるからいいや。」が終了し、ヌーボーロマンの「長い歴史と深い谷に流れる川」が開始。 金曜日第1部が廃止:「村瀬みちゃこのみっちゃみちゃにしてやんよ!」が終了し、「さがせ!ピーチクパーチク」が2部に移動して、2部のみの放送になった。 2013年秋改編 水曜日第2部:「名古屋おもてなし武将隊の故に、我らの話を聞け!」が終了し、「古川愛李の水曜はアイリの晩」が開始。
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番組変遷
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「コサキンDEワァオ!」の記事における「番組変遷」の解説
放送時間はTBSラジオでのもの。元々は生放送であったが、1990年代以降は録音放送が増えだし、2000年代には撮って出し方式による録音が基本となった(末期は公式サイト上で、火曜がハガキ・電子メールの締切である旨を告知していた)。 夜はともだち コサラビ絶好調!(全51回) (1981年10月 - 1982年9月30日 木曜21:40-23:55、1982年4月から21:10-23:50)後に関連書籍で取り上げられる際は、『夜はともだち 絶好調!』と表記される。 るんるんナイト コサラビワオ!(全53回) (1982年10月7日 - 1983年10月6日 木曜21:00-23:40)後に関連書籍で取り上げられる際は、『るんるんナイト ワオ!』と表記される。この時期まではコサラビ名義での出演だった。 NISSANミッドナイトステーション ザ・欽グルス電リク60分(全27回) (1983年10月7日 - 1984年4月6日 金曜24:00-25:00) NISSANミッドナイトステーション ザ・欽グルスショー(全78回) (1984年4月14日 - 1985年10月3日 月-土曜24:00-25:00)1985年4月6日放送分まで土曜日、4月4日放送分から最終回まで木曜日を担当。 コサキンワールド なんでもねぇんだよゲベロッチョ(全125回) (1985年10月7日 - 1986年4月4日 月-金曜23:10-23:25 『所ジョージの進め!おもしろバホバホ隊』内)コサキンシリーズでは唯一の箱番組。スケジュールの都合上、週5日分を貯め録りした録音放送だったが、第1回のみ生放送で行われ、所との掛け合いを見せた。実際のタイトルコールは上記のとおりで、その後、関連書籍(コサキン本)等で活字にされる際は『コサキンワールド』のみの表記が多く用いられている。ちなみに、鶴間は『バホバホ隊』の構成も担当していた。 スーパーギャング -コサキン無理矢理100%-(全285回) (1986年4月9日 - 1991年10月2日 水曜25:00-27:00、1991年7月3日から25:00-26:00)初の全国ネットに昇格。番組タイトルの由来は、『大橋照子のラジオはアメリカン』が斉藤洋美へと交代が決まり、番組名の変更が検討された際に没案のひとつであった『ラジアメ100%』からフレーズを流用した、と斉藤がゲスト出演した際に鶴間自身が述べており、この頃から番組タイトルに鶴間の意向が強く絡むようになる。『コサキンのスーパーギャング』と表記される場合もあり。 コサキン増刊号(全130回) (1989年4月15日 - 1991年10月5日 土曜24:00-25:00)「1週2番組」の構成となる。『増刊号』だけに、"本編"の『無理矢理100%』とは異なった構成で「意味ねぇワールド」を展開。コサキンソングのベスト5投票やセミレギュラー佐野量子のトークコーナー等があった。また、番組終了まで続けられた「意味ねぇコント」は『増刊号』からのものである。『無理矢理100%』は基本生放送で、『増刊号』は録音だった。初期の番組スポンサーは、青年漫画雑誌『ヤングチャンピオン』(秋田書店)だった。 コサキンシリーズの通算放送回数には、『増刊号』での放送回数もカウントされた。同番組も開始半年後の10月15日放送分より全国ネット。本編と比べて、多くのネット局が存在していた一方、本編ネット局の一部では放送されなかった。 コサキン快傑アドレナリン(全157回) (1991年10月12日 - 1994年10月8日 土曜24:00-25:30 1992年4月11日から24:00-26:00)『スーパーギャング』枠からの撤退を受けて再び「1週1番組」制に。 コサキンDEワァオ!(全23回) (1994年10月15日 - 1995年4月1日 土曜18:00-19:00)大相撲開催時、『まった無し!大相撲』(15分間のダイジェスト番組)が放送されるため、18:45までの短縮放送。 従来、深夜放送であったが、当時のプロデューサーが編成にコサキンを組み込むのを忘れ、急遽夕方の時間帯に移動。リスナー層が極端に違い、ネット局無しの関東ローカル枠による放送に戻り、聴取率は低迷。終了を危惧されたこの時期を「暗黒時代」と呼ぶようになった。 恋する電リクBINGO BONGO フライデースペシャル コサキンDEワァオ!(全25回) (1995年4月14日 - 1995年10月6日 金曜21:00-22:55)大相撲開催時、『まった無し!大相撲』放送により、21:15からの放送。 帯番組『恋する電リク~』はリクエスト主体の番組だったが、おおよそ従来通りの番組内容だった。しかし、プロ野球シーズンのため開始時間が遅れることも多く、9月1日は放送休止となった。 木曜UP'S コサキンDEワァオ!(全78回) (1995年10月12日 - 1997年4月3日 木曜25:00-27:00)『コサキンのUP'S』とも表記。1年ぶりに深夜枠、全国ネットへ復帰。 水曜UP'S コサキンDEワァオ!(全156回) (1997年4月9日 - 2000年3月29日 水曜25:30-27:00、1997年10月8日から25:00-27:00)先述同様、『コサキンのUP'S』とも表記。この頃までは生放送も行っていた。 コサキンDEワァオ!(全104回) (2000年4月5日 - 2002年3月27日 水曜25:00-27:00)『UP'S』と同じ時間帯ではあるものの、この時期は各曜日が単独番組の扱いであったため、上記タイトルで放送されていた。 水曜Junk コサキンDEワァオ!(全130回) (2002年4月3日 - 2004年9月22日 水曜25:00-27:00)放送枠『Junk』スタートに伴い、上記タイトルに。 コサキンDEワァオ!(全233回) (2004年10月2日 - 2009年3月28日 土曜24:00-25:00)土曜24時台に移動。
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番組変遷
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金曜JUNK2 エレ片のコント太郎 2006年4月7日〜2007年3月30日 金曜日深夜27:00〜28:00(毎週土曜日未明3:00〜4:00) 水曜JUNK2 エレ片のコント太郎 2007年4月4日〜2008年9月24日 水曜日深夜27:00〜28:00(毎週木曜日未明3:00〜4:00) 水曜JUNK ZERO エレ片のコント太郎 2008年10月1日〜 TBSラジオのみ水曜日深夜24:00〜25:00(毎週木曜日未明00:00〜1:00)、ネット局は水曜日深夜27:00〜28:00(毎週木曜日未明3:00〜4:00) 2009年4月8日〜 TBSラジオおよびCBCラジオのみ水曜日深夜24:00〜25:00(毎週木曜日未明0:00〜1:00)、その他のネット局は水曜日深夜27:00〜28:00(毎週木曜日未明3:00〜4:00) JUNKサタデー エレ片のコント太郎 2010年4月〜2021年3月 土曜日25:00〜27:00(毎週日曜日未明1:00〜3:00)、2019年3月までTBSラジオローカル、2019年4月より琉球放送との2局ネットになりそれに伴い2時の時報が廃止された。
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