強制貯蓄の禁止
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/17 07:52 UTC 版)
使用者は、労働契約に附随して貯蓄の契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約(強制貯蓄)をしてはならない(第18条1項)。戦前においては強制貯蓄が労働者の足留め策として利用され、また貯蓄金を使用者が事業資金に流用して労働者が払い戻しを受けることが困難又は不可能となる事態が起きることがあった。そのため、労働基準法では強制貯蓄を全面的に禁止している。 いっぽう、労働者の委託を受けて社内預金をするようなこと(任意貯蓄)は禁止されていない。船員にも同趣旨の規定がある(船員法第34条)。具体的には、使用者自身が預金を受け入れて直接管理する「社内預金」と、使用者が受け入れた預金を労働者の名義で金融機関等に預入し、その通帳や印鑑を使用者が保管する「通帳保管」とがある。いずれの場合においても、使用者は以下の措置(共通措置)を取らなければならない。 労使協定(貯蓄金管理協定)を締結し、所轄労働基準監督署長に届出ること(第18条2項)届出は様式第1号によって行う(施行規則第6条)。協定の締結・届出を行うことなく事業主が労働者の預金の受け入れを行うことは、第18条2項違反のみならず、出資法にも抵触するおそれがある(昭和52年1月7日基発4号)。 貯蓄金管理規程を定め、これを労働者に周知させるため作業場に備え付ける等の措置をとること(第18条3項) 労働者が貯蓄金の返還を請求したときは、遅滞なく返還すること(第18条5項) 労働者が派遣労働者の場合は、貯蓄金の管理は派遣元の使用者が行う。派遣先の使用者が貯蓄金の管理をすることはできない(昭和61年6月6日基発333号)。 労働者が貯蓄金の返還を請求したにもかかわらず、使用者がこれを返還しない場合において、当該貯蓄金の管理を継続することが労働者の利益を著しく害すると認められるときは、所轄労働基準監督署長は、使用者に対して、その必要な限度の範囲内で、当該貯蓄金の管理を中止すべきことを命ずることができる(第18条6項)。この規定により貯蓄金の管理を中止すべきことを命ぜられた使用者は、遅滞なく、その管理に係る貯蓄金を労働者に返還しなければならない(第18条7項)。「その必要な限度の範囲内」とは、貯蓄金管理を委託している労働者の全部または一部について中止させるとの意であり、個々の労働者の貯蓄金の一部についてその管理を中止させるとの意ではない(昭和27年9月20日基発675号)。 社内預金 社内預金の場合は共通措置に加え、以下の措置を取らなければならない。 貯蓄金管理協定に以下の事項を定めること(施行規則第5条の2)預金者の範囲「預金者の範囲」は、第9条でいう「労働者」に限られる。したがって、取締役・監査役等事業主との間に使用従属関係にない者(代表権・業務執行権を有しないで工場長、部長等の職にあって事業主から賃金の支払いを受ける者を除く)、退職者、労働者の家族、社内親睦団体は含まれない(昭和52年1月7日基発4号)。 事業主として第18条2項により労働者の貯蓄金の管理を行い得る者は、第10条に規定する使用者に限られ、会社の共済会等はこれに含まれない(昭和52年1月7日基発4号)。 預金者1人当たりの預金額の限度受け入れる預金の原資は、雇用関係に基づく第11条でいう「賃金」以外のものは受け入れない旨を明らかにする。労働者の家族が労働者名義で預金をすること、労働者の兼業収入、財産処分による収入等は原資として適当でない(昭和52年1月7日基発4号)。 預金者一人当たりの預金額の限度は、上記の趣旨に沿って、当該事業場の賃金水準、預金の目的等を考慮して具体的に定めること。「賃金額の〇ヶ月分」とする定めも「具体的な定め」に該当する(昭和52年1月7日基発4号)。 預金の利率及び利子の計算方法社内預金の場合、使用者は利子をつけなければならない(第18条4項)。これは預金の利率についてその最低限を規制し労働者の保護を図るものであるが、はなはだしく高い利率を定めることも本来の趣旨にもとり、これによる弊害も黙視しえないものがあるので、行政指導上の利率の上限は市中預金の金利の最高利率の変動に連関させて決定するものとする(昭和52年1月7日基発4号)。もっとも、平成6年をもって市中金利が完全に自由化されたこと、著しい高利率による預金の安全性の確保については、上限利率に係る指導による規制によってではなく、本来、保全措置の適正化によって図るべきものであること、上限利率に係る指導の背景となった昭和30年から40年代に比し、現在、企業等においても金融機関からの資金調達が容易になった上に市中金利が低水準にあるなどの状況の変化により、著しい高利率の設定は予想されないこと等、現在の状況においては、上限利率を示し、それに係る指導を行う意義が乏しくなっていると認められることから、当面、上限利率を示すこと及び当該利率に係る指導は行わないとされる(平成8年2月16日基発62号)。 下限利率は、市中金利の実勢を考慮した妥当な利率に改正していくものであることから、毎年1月に見直し作業を行い、改正の必要が認められる場合には、4月1日を施行日とし、年度単位で改正を行うこととしていること(昭和52年1月7日基発4号、平成9年1月16日基発17号)。現在の下限利率は年5厘とされる(平成23年1月13日基監発0113第1号)。下限利率を下回る利率を定めても無効となり、この場合には、下限利率を定めたものとみなされる。 「利子の計算方法」は、単利・複利の別、付利単位、利息の計算期間等を定める(昭和52年1月7日基発4号)。 預金の受入れ及び払い戻しの手続貯蓄金管理の適正化のためには、預金者各人につき預金額が常時明らかにされなければならないことは当然であり、協定においては、少なくとも、預金通帳等預金の受入れ額、払戻し額及び預金残高を記録した書面の交付並びにこれらの事項を預金者各人別に記録した預金元帳の備付けを明記する必要がある。預金者に交付する書面は、通常普通預金及び積立預金の場合には預金通帳、定期預金の場合には預金証書となるが、積立預金のうち、預金の方法が第24条1項但書の規定による協定に基づき賃金から控除して預金として受け入れるものに限定されているものについては、預金者に交付する賃金支給明細書にその月の積立金額及び積立合計額を記載し、これをもって預金通帳に代えることは差し支えない。預金元帳は、本社等において一括管理して差し支えない(昭和52年1月7日基発4号)。 預金の保全の方法事業主は毎年3月31日における受入預金額について、同日後1年間を通ずる貯蓄金の保全措置を講じなければならず(賃金支払確保法第3条)、労働基準監督署長は、事業主が保全措置を講じていないときは、文書により、当該事業主に対して、期限を指定して、その是正を命ずることができる(賃金支払確保法第4条)。退職手当についても、その支払いに充てるべき一定の額について保全措置に準ずる措置を講じるよう努めなければならない(賃金支払確保法第5条)。「貯蓄金の保全措置」とは、以下のいずれかの方法である(賃金支払確保法施行規則第2条)。なお同条は貯蓄金の保全措置として適当と認められるものを列挙したものであり、同条に定める措置の二以上を併用することは差し支えないが、同条に定める措置以外の措置を講じている場合は、賃確法に規定する保全措置として認めない趣旨である(昭和52年1月7日基発4号)。銀行その他の金融機関における保証契約この方法は、預金の返還につき、金融機関又は債務の保証を業とする公益法人であって厚生労働大臣が指定するものが事業主と連帯して保証し、これにより預金の保全を図るものである(昭和52年1月7日基発4号)。 信託会社との信託契約この方法は、事業主と信託会社(信託業務を兼営する銀行を含む)との間に、事業主が貯蓄金の払戻しに係る債務を履行し得なくなった場合に、信託財産から預金者に弁済するため、事業主の有する財産を信託財産とする信託契約を締結するものである。信託財産については、換価が容易であるものが望ましい。また、価額変動をきたすものは好ましくないので、金銭その他価額の安定したものをこれにあてることが望ましい(昭和52年1月7日基発4号)。 質権又は抵当権の設定この方法は、預金者と事業主との間に、その貯蓄金の払戻しに係る債権を担保するため、事業主又は第三者の有する財産を質物又は抵当権の目的物とする質権又は抵当権設定契約を締結するものである。質物については、価額変動をきたすものは好ましくないので、質権設定者(事業主)が金融機関に対して有する預金債権、金融債、生命保険契約上の債権等を質物とすることが望ましい。抵当権の目的物については、不動産の外、各種の財団抵当法による財団(工場財団、鉱業財団等)、自動車、建設機械等がある。抵当権は、同一の目的物につき複数の債権の担保のために設定することができ、その抵当権相互間の優先順位は、登記の前後によって定まるものであるので、原則として第一順位の抵当権の設定が望ましいが、貯蓄金の払戻しに係る債権につき設定する抵当権が、後順位であっても、目的物の価額が当該後順位たる貯蓄金の払戻しに係る債権をも担保するに十分である限り、後順位の抵当権であっても差し支えないこと。なお、この場合、第三者に対する対抗要件(抵当権については、その設定の登記)を備えなければ第三者に対抗できないことに留意すること(昭和52年1月7日基発4号)。 預金保全委員会を設置し、かつ、貯蓄金管理勘定その他適当な措置を定めること預金保全委員会は、労働者の預金を貯蓄金管理勘定として経理すること等の措置をあわせ講ずることにより、貯蓄金の管理につき、預金者たる労働者の意思を反映させるとともに、自己の預金の安全性を監視させることにより、返還不能のおそれがある場合には事前に預金者の自主的な預金の払出しを期待し、実質的に預金の保全を図ろうとするものである。したがって、預金保全委員会は、事業主に対して貯蓄金の管理につき意見を述べることができるが、預金の運用方法等につき、交渉決定する機関ではないこと。なお、預金保全委員会は、賃確則第2条2項の全ての要件をみたさなければ、適法な保全措置とは認められない。預金保全委員会は、貯蓄金管理を企業単位で行っている場合には企業単位で、事業場単位で行っている場合には事業場単位又は企業単位で設置することとし、協定において、設置の単位を明記すること(昭和52年1月7日基発4号)。 「貯蓄金管理勘定」とは、社内預金の受入れ、払戻しの状況について記録する貸方勘定の一つであって、これにより預金の受け払い状況を常時明らかにし、預金保全委員会の活動を実効あるものにするためのものである。具体的には、貯蓄金として受け入れた額、払い戻した額を元帳に貯蓄金管理勘定口座を設け、これに記入する。なお、この勘定は、各四半期ごとに締め切るものとし、またあわせて、各四半期における貯蓄金の運用状況を明らかにすることを要する。「その他の適当な措置」とは、支払準備金制度をいうものであって、貯蓄金管理勘定の設置又は支払準備金制度のうち、いずれを採用しても差し支えないが、そのいずれを採用するかは、協定において明らかにしなければならない。また、預金保全委員会の設置に併せて貯蓄金管理勘定を設けるのみでは単に受払の状況を確認するにとどまるものであることから、実質的な保全機能を高めるためには、貯蓄金管理勘定と支払準備金制度の併用が望ましい(昭和52年1月7日基発4号)。 前項の事項及びそれらの具体的取扱いについて、貯蓄金管理規程に定めること 毎年3月31日以前1年間における預金の管理の状況を、4月30日までに、様式第24号により所轄労働基準監督署長に報告すること(預金管理状況報告、第104条の2、施行規則第57条)預金管理状況報告は、以下の要件をすべて満たしている場合には、本社の所轄労働基準監督署長へ一括して報告することができる(昭和52年1月7日基発4号)。貯蓄金に関する労使協定の内容が支社等においても同一であること 預金元帳が本社において集中管理されていること 保全措置が支社等の預金につき本社において一括して講じられていること 年5厘以上の利率による利子をつけること年5厘以上の利率になるのであれば、日歩による利子でもよい(昭和63年3月14日基発150号) 通帳保管 通帳保管の場合は、共通措置に加え、貯蓄金管理規程に預金先の金融機関名、預金の種類、通帳の保管方法及び預金の出し入れの取次方法を定めなければならない(昭和63年3月14日基発150号)。
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