増野家・小松家
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「いだてん〜東京オリムピック噺〜」の記事における「増野家・小松家」の解説
シマ (シマ → 増野シマ) 演:杉咲花 三島家に仕える女中。五りんの祖母。 弥彦の活躍を応援し、弥彦や四三を見守るうちにスポーツへの興味を抱くようになる。のちに三島家を出て、ミルクホールの女給として働きながら東京女子高等師範学校受験を目指す。進学後はマラソン競技に女子の参加を嘉納に打診するが、マラソンが女子の体質に向いてないと却下され、協力者と信じて相談した二階堂にも理解されず不良扱いされる。が、女子体育の強化に次第に積極的となる二階堂と打ち解けていく。 卒業後、偶然にも四三と同じ東京府立第二高等女学校(竹早)に赴任。スポーツの楽しさを伝えようと尽力する四三に力を貸し、教え子たちとともにスポーツに取り組んでいる。また、オリンピック出場への夢を抱く。そのため二階堂が縁で知りあった増野との結婚を当初は辞退しようとするが、仕事への情熱と陸上競技への夢を受け止められる。1921年に四三・スヤ夫妻の仲人のもとで結婚。一人娘のりくを授かる。 村田・梶原のテニスの遠征に付き添い岡山高等女学校に行った際は人見絹枝の身体能力の高さに感銘を受け、人見を陸上競技に勧誘する。またその後も女子陸上大会の開催に際して出場を頼む手紙を送り、働きかける。 村田ら生徒と放課後に浅草オペラを観る約束で凌雲閣の12階で待ち合わせをするなか関東大震災に被災し行方不明となる。 増野(ますの) 演:柄本佑 シマの夫。百貨店従業員。五りんの祖父。 二階堂との見合い話が用意されていたが、二階堂が乗り気でなく、二階堂に頼まれ代理に出席したシマと見合いをしたことを機に交際を始める。 当初、教員の仕事の楽しさと、オリンピックに出場する夢を捨てきれないシマから結婚を躊躇される。しかし結婚を理由に仕事を辞めることを反対し、オリンピックで活躍するシマを子供と一緒に観に行く旨を誓い、結婚に踏み切る。 ところが、関東大震災でシマが行方不明となり、悲しみに暮れながらも懸命に捜索を行う。体協から復興運動会の開催が提案された際も、シマが聞き付けて現れることを期待して開催に賛成する。結局本番までシマが現れることはなかったが人見に対面し、人見へのシマの手紙を読むことになる。そして、女子たちのリレーを観戦していた時に、シマの幻影を目撃。妻がもうこの世にいないことを悟り、シマの死を受け入れる。 その後は男一つ手で娘を育てながらハリマヤ製作所に出入りし、りくと共に絹枝の活躍を応援している。 シマそっくりに成長したりくに対して自分より若干妻の方が似てると発言するなど、親バカぶりを見せる。なお、りくのことをちゃん付けで呼ぶ小松勝を警戒していたが、結局渋々2人の結婚を認める。 小松の出征が決まった後、ハリマヤ製作所に乗り込むと小松を蹴飛ばして襟首を掴み、りくと幼い孫を置いて行くことを激しく非難するが、その後に必ず生還するように念を押して出征する小松を見送る。 シマのことはその後も大切に想っており、皆で写真を撮る際にはシマとの結婚写真を持って写るなどしている。この写真は後に五りんの手に渡っている。 終戦直後の時点では存命であったが、その後の動向については明らかになっていない。ただし、孫である五りんが知恵と共にハリマヤを訪ねた際に増野が写った写真を見た時は特に反応していなかったり、前述のシマとの結婚写真が五りんの手に渡っているなど、後に亡くなったことを示唆する描写が多い。 五りん(ごりん) (小松 → 五りん) 演:神木隆之介 本名は小松金治。1940年生まれ。シマと増野の孫。 芸名は、志ん生がかつて円喬から朝太の名とともに貰った「五厘」にちなんで与えたもので、オリンピックの通称「五輪」とは全く関係ない。古今亭志ん生(美濃部孝蔵)とともにドラマの語り(ナレーター)も担当しており、主に女子スポーツに関するパート、特にシマの物語を担当している。 母りくの形見である、亡き父が出征先の満州から送った絵葉書に「志ん生の『富久』は絶品」と書かれていたことから志ん生を慕い、落語の知識は皆無ながらも昭和35年に弟子入りを志願。当初志ん生に断られるが、飄々として人懐こい性格で志ん生の懐に入り込み弟子になる。ただし身の周りの世話以外何もしておらず実質付き人という扱いであり、志ん生自身も稽古をつけるつもりは無いと言う。 父からの言いつけで健康法として冷水を頭から被る習慣を持つ。 昭和36年の正月には、箱根駅伝にあやかった駅伝落語として『富久』を今松から仕込まれるが、落語の基礎さえまるでできず、代わりに自身が書いた創作落語『箱根駅伝』を高座に上げることになる。当初は志ん生も含めた3人だけで回すはずが人数が足りなくなり、志ん生の子である馬生や朝太の手を借りながら、これを完走。 金栗四三のサイン会に訪れ、本名を名乗り亡き弟子小松の息子として四三と対面する。 その後は創作落語のオリンピック噺を高座に上げ、テレビ寄席の出演がきっかけで田畑よりオリンピック宣伝部長に任命される。その後は志ん生の元を突然出奔し落語界から距離を置く。 知恵が妊娠したため生活費を稼ぐために工事現場で働いていた所を見つけ、訪れた美津子に落語会代表として五輪聖火リレーへの参加を依頼される。東京オリンピック開催日が知恵の出産予定日であったため一度断るが、考え直し随走者の1人として走行し点火された聖火を見届ける。 その後、国立競技場から芝の志ん生の元まで完走し、粋な会話で許され落語界に戻る。その直後に報せを受け、知恵が産気付いて運ばれた浅草の病院まで『富久』を話しながら疾走し、知恵と産まれた娘の元に駆け付ける。娘が生まれる最中、自分が走りながら話していた『富久』と知恵に名前にちなみ、娘には富恵と名付ける。 阿部 知恵(あべ ちえ) 演:川栄李奈 五りんの恋人。ちーちゃんとも呼ばれる。 五りんが志ん生を探すのに付き合い、一緒に志ん生の自宅を訪れる。 五りんと同じく人懐こく物怖じしない性格で、五りんが志ん生に弟子入り後は、勝手に志ん生の家に上がったり、志ん生のことを「おじいちゃん」呼ばわりして対等に会話を交わしたりしている。物語終盤では五りんとの子を身ごもり、東京オリンピック開催日に産気付き、浅草の病院で娘の富恵を産む。 小松勝(こまつ まさる) 演:仲野太賀 五りんの父。熊本中学校の学生。上京後は東京文理科大学に在学。 四三の著書「ランニング」を読んで四三を慕い、池部家で暮らす四三を訪ねて弟子入りする。 やがてオリンピック出場を夢見て四三とともに上京し、ハリマヤ製作所に下宿する。 明るく大らかかつ実直な性格で、増野の前でもりくを「ちゃん」付けで呼び、ベルリン五輪のラジオ中継を聞く中、勢いでりくと抱き合う等デリカシーに欠けた言行に及ぶことがあり、その度に増野からは難色を示され、四三から制止される。りくと接している際のあからさまな表情や態度を見たスヤからは眉をひそめられ、陰で「盛りのついた肥後もっこす」と称される。 のちにりくと学生結婚し、一人息子の金治(のちの五りん)をもうける。 ところが東京五輪は開催返上となり、自身も学徒出陣により出征。出征中に立ち寄った満州で、慰問団として来ていた志ん生らと出会う。配属部隊長の情けで部隊の脱走を促され、脱走兵となる。終戦前後の混乱の中で再び志ん生らと出会い、些細な行動から2人の命を助け、その後は満洲で行動を共にする。自らのアイデアで志ん生がアレンジした『富久』を聞いて外を走りたくなり、屋外に出たところでソ連兵達と遭遇。ロシア語での誰何に恐慌して逃走を図ってしまい、妻子との再会、オリンピック出場を夢見ながら射殺された。 小松りく(こまつ りく) (増野りく → 小松りく) 演:杉咲花 シマと増野の一人娘。五りんの母。 大正11年(1922年)生まれ。シマが陸上競技好きであることから、「りく」と命名される。関東大震災によりシマが行方不明となり、以降は増野と共に大塚で暮らしハリマヤ製作所に出入りしながら育つ。四三がシマと間違えるほど瓜二つ。 昭和11年(1936年)時点ではハリマヤ製作所のお針子。 のちに小松と結婚し、一人息子の金治(のちの五りん)をもうける。幼い五りんと共に小松の出征を見送り、復員を心待ちにしていたが、終戦後の満州から届いた夫の訃報に涙する。 五りんの話によれば、昭和35年(1960年)に他界している。
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