凶兆
『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」 ドリタラーシュトラ王の息子ドゥルヨーダナは、生まれるやいなや恐ろしい声で吠え、狼や禿鷹が騒ぎ、強風が吹き、方々で放火があり火事が起こった。バラモンたちが「このような凶兆をもって生まれた子は一族滅亡のもとになるから、捨てよ」と勧めたが、王はドゥルヨーダナを育てた。
『雨月物語』巻之3「吉備津の釜」 吉備津の宮に祈願する人は、神に湯を奉って占い、沸き上がる時に釜が鳴れば吉兆、鳴らねば凶兆である。正太郎と磯良(いそら)の婚儀の折は、神が不承知だったのであろうか、まったく音がしなかった。それでも2人は結婚し、ともに不幸な死にかたをした。
『西山物語』(建部綾足) 大森七郎の妹かへと、同族の八郎の息子宇須美とは恋仲だった。ところが八郎が2人の結婚を認めず、七郎がかへに花嫁衣装を着せて八郎宅へ乗りこんでも拒絶するので、ついに七郎は、その場でかへを刺し殺した。実は、「結婚すれば2人とも死ぬ。別れても1人が死ぬ」との占いがあったので、八郎は2人の結婚を認めなかったのだった。
『変身物語』(オヴィディウス)巻6 トラキア王テレウスと、アテナイ王の娘プロクネの婚儀に立ち会ったのは、エウメニデス(復讐の女神たち)だった。彼女たちの持つ松明は、どこかの葬列からさらい取って来たものだった。閨の棟には、不吉なふくろうがとまった〔*彼らの結婚は不幸な結果に終わった〕→〔人肉食〕4a。
*不倫の恋に関する凶兆→〔轢死〕5の『アンナ・カレーニナ』(トルストイ)。
『小栗(をぐり)』(説経) ある夜、照手姫は不吉な夢を見た。夫・小栗と10人の従者たちが白い浄衣姿で、馬に逆鞍・逆鐙をつけ、幡(はた)・天蓋をなびかせ、千人の僧に付き添われて北へ北へ行く、との夢であった。照手姫は小栗に、舅・横山からの召しに応ぜぬよう請う。しかし小栗は出かけ、従者ともども毒殺された。
『ジュリアス・シーザー』(シェイクスピア)第2~3幕 3月15日、生贄の獣の腹を裂くと心臓がないなど、さまざまな凶兆があった。シーザーは、妻キャルパーニアが止めるにもかかわらず元老院に出かけ、ブルータスらに暗殺された。
『捜神記』巻9-10(通巻246話) 呉の諸葛恪は、朝廷の会同に出る前夜、胸騒ぎがして眠れなかった。朝になって家を出ようとすると、飼い犬が繰り返し着物をくわえて引っ張った。諸葛恪は犬を追い払って参内し、暗殺された。
『デカメロン』第9日第7話 森の中で妻が狼に喰われる夢を、夫が見る。翌朝、夫は妻に夢の話をして、「今日は外出せぬように」と言う。しかし妻は、夫が森で浮気でもするつもりだろうと邪推し、森へ出かける。妻は狼に喰われ、大怪我をする。
『リチャード三世』(シェイクスピア)第3幕 ヘイスティングズ卿がロンドン塔での会議に出席する朝、盟友スタンレー卿から「グロスター家の紋所の猪に、兜をもぎ取られる夢を見た。注意せよ」との知らせがある。さらに馬が3度もつまづいたり、ロンドン塔の前で暴れ回ったりするが、ヘイスティングズ卿は会議に出席する。ヘイスティングズ卿は、グロスター公(=リチャード3世)から謀叛人の濡れ衣を着せられて、断頭台に送られる。
『イーゴリ公』(ボロディン)第1~2幕 イーゴリ公が、ポロヴェッツ軍を討つべく戦場へ向かうことを、兵士たちや民衆に宣言する。その時日食が起こり、不安がる人々は、凶兆ゆえ出陣せぬよう請う。しかしイーゴリ公はポロヴェッツ軍と闘い、捕虜にされる。
『イリアス』第12歌・第14歌 トロイア軍がアカイア(=ギリシア)勢の防壁に攻め寄せようとした時、鷲が赤い大蛇をつかんで天空高くを横切る。蛇は抵抗して鷲に噛みつき、鷲は蛇を落として飛び去る。プリュダマス(ポリュダマス)はこれを凶兆と見るが、ヘクトルは構わずに兵を率いて防壁を破る。しかしヘクトルは、大アイアスの投げた石に撃たれて重傷を負う〔*鷲と蛇の組み合わせは→〔ウロボロス〕1の『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)「序説」にも見られる〕。
『日本書紀』巻26斉明天皇4年11月 3日、蘇我赤兄が斉明天皇の失政を数え上げて、有間皇子に謀反を勧めた。5日、赤兄の家の高殿で2人は謀議したが、脇息が突然折れたので、凶兆であるとして計画を中止した。その夜赤兄は、皇子の謀反を天皇に知らせた。
『平家物語』巻6「嗄(しわがれ)声」 越後守城太郎助長が木曽義仲追討に赴く前夜、大風と雷雨があり、空中から嗄声が「盧遮那仏を焼き滅ぼした平家に味方する者ここにあり。召し取れ」と3度叫んで通った。助長はこれを無視して出発したが、黒雲が頭上をおおい、助長は落馬して死んだ。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)236「旅人と烏」 旅人たちが、片目のつぶれた烏に出会う。1人が「凶兆だから引き返そう」と言うと、他の人が「この烏には、我々の将来を予言することなどできない。自分の片目を怪我することさえ防げなかったのだから」と言う。
『大鏡』「昔物語」 一条帝即位の日、大極殿の高御座の内に、髪の生えた頭で血のついたものが発見された。しかし、この報告をうけた大入道兼家は、眠って聞こえないふりをし、予定どおり祝典が行なわれて、後の祟りはなかった。
『捜神記』巻18-23(通巻435話) 李叔堅の家の飼い犬が突然人のごとく立って歩き、叔堅の冠をかぶって走ったり、竈の前で火を起こしたりした。家人たちは気味悪がり不安がったが、叔堅は「心配ない」と言って放っておいた。数日後に犬は死に、凶事は何も起こらなかった。
『徒然草』第206段 検非違使庁の評定中、牛が役所の中へ入り、長官の座の台上に横たわる。「重き怪異ゆえ、牛を陰陽師に遣わすべし」と役人たちが訴えるが、太政大臣実基はとりあわず、牛を持ち主に返し、牛の寝た畳を取り替える。それで特に凶事はなかった。
『宿直草』巻1-8 ある家に夜ごとにつぶてが打ちつけられ、隣家の人々が「天狗つぶて打つ家は焼亡の難有り。加事祓えなどし給え」と勧める。その家の主人は特に騒ぐこともなく格別の祈りもしなかったが、災いはおこらず、無事にその家に住み通した。
『琴のそら音』(夏目漱石) 「余(靖雄)」の婚約者露子が、インフルエンザにかかった。友人の津田君が、インフルエンザから肺炎になって死んだ女の話をするので、「余」は不安になる。「余」は夜道で、赤ん坊の棺桶とすれ違い、人魂のごとき提灯火を見る。下宿へ帰ると、婆やが「犬の遠吠えが只事でない」と言う。翌朝、「余」は露子の家へ駆けつけるが、幸い露子はすっかり回復していて、「余」の心配は取り越し苦労だった。
*インフルエンザで若い娘が死ぬ→〔風邪〕5の『愛と死』(武者小路実篤)。
『大鏡』「昔物語」 大宮(=太皇太后)彰子が幼少の頃、春日神社に参詣した時、つむじ風が吹いて神前の御供物を巻き上げ、東大寺の大仏殿の前に落とした。「藤原氏の氏神である春日明神に供えた御供物が、源氏の氏寺の東大寺に取られたのは、不吉なことだ」と世間の人は噂した。しかしその後長く藤原氏が繁栄しているところから見ると、あれは吉兆だったと思われる。
*鏡が割れる→〔鏡〕8。
「凶兆」の例文・使い方・用例・文例
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