三冠達成、有馬記念での初黒星とは? わかりやすく解説

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三冠達成、有馬記念での初黒星

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 06:18 UTC 版)

ディープインパクト (競走馬)」の記事における「三冠達成、有馬記念での初黒星」の解説

東京優駿の後は、まず栗東トレーニングセンター調整されたが、7月10日札幌競馬場移動し、それから約2か月間は同競馬場調整された。放牧出さず札幌競馬場調整されたのは、厩舎での調整リズム変える必要がないことと、避暑ができるからであった札幌競馬場での調整では行きたがる気性治すための調教もされた(性格・気性の項目を参照)。9月11日栗東トレーニングセンター戻りその後栗東調整が行われた。 秋初戦となった神戸新聞杯は、91人の徹夜組含めて前年比147.2%の46775人の観客阪神競馬場詰めかけた。馬体重は前走の東京優駿同じく448kgで、単勝オッズ1.1倍で1番人気に支持された。ディープインパクトはやや飛び上がるようにしてスタートを切り、道中最後方から2番手の位置レース進めた正面スタンド前ではやや前に行きたがるところを見せたが2コーナー回って向正面入ったところでは完全に折り合い、3コーナー過ぎで外に出たディープインパクト手綱持ったままの状態で加速し直線入り口大外から先頭並びかけるとそこから瞬時抜け出し、2着シックスセンスに2馬身半の差をつけて優勝した。勝ちタイム1分58秒4はトウショウボーイが持つ従来記録塗り替える当時のレースレコードを記録したレース後、武は「本当に素晴らしい馬です。なんとかこの馬を三冠馬してやりたいですね」とコメントした3冠レース全勝した内国産馬2001年から1億円の褒賞金贈られることになっていたため、ディープインパクトが初の対象となった菊花賞後、陣営ディープインパクト年内にあと1レース出走させる方針示したうえで、ジャパンカップ有馬記念のどちらに出走するかを検討し最終的に有馬記念出走させることを決定した事前ファン投票では16297票を集めて1位となったレース当日中山競馬場には前年比129.6パーセントとなる162409人もの大観衆が押し寄せた古馬とは初対決となったものの、単勝式オッズは1.3倍を記録した。しかしレースでは、いつものように後方から進めるも、ハーツクライに半馬身及ばず2着に惜敗し、8戦目にして初黒星喫したレース後、鞍上の武は「今日飛ぶよう走りではなかった。普通に走ってしまった」と初めての敗戦ショック隠し切れないコメント残している(レースに関する詳細について第50回有馬記念参照)。 2005年平成17年)の活躍をうけ、JRA賞では年度代表馬および最優秀3歳牡馬選出された。JRA賞選考委員会記者投票では最優秀3歳牡馬では満票291票)を、年度代表馬では285票を獲得した関西競馬記者クラブ賞受賞した4月30日の第133回天皇賞(春)では、単勝支持率1940年マルタケ記録した71.5%を上回り競走史上最高となる73.5パーセントオッズ1.1倍)を記録したスタートではまたも出遅れ道中最後方から2番手の位置折り合いをつけて進んだ。そして3コーナー手前残り1000メートル地点からロングスパートを開始して先行馬を交わしていくと、ゆっくり下ることがセオリーとされる下り坂でもスパート続け、4コーナー早くも先頭立った直線では、出走馬最速となる上がり3ハロン33秒5の脚を使ってそのまま先頭維持し、2着のリンカーンに3馬身半の差をつけ優勝した三冠馬翌年春の天皇賞勝利1985年シンボリルドルフ以来2頭目であり、勝ち時計の3分13秒4は3200mの世界レコードタイムで、1997年平成9年)の第115回天皇賞においてマヤノトップガン記録した3分14秒4のレースレコードを1秒更新した。2着に入ったリンカーン(3着に5馬身差をつけ、かつ自らも従来レコードタイム上回る走破時計を出す)に騎乗した横山典弘が「(リンカーンは)生まれた時代が悪すぎた」と言うほどの内容だった。武は「世界これ以上強い馬がいるのかな」と言い海外遠征での勝利期待感示したレース後の記念撮影で武は指を4本立て四冠アピールした。この時記録した勝ち時計3分13秒4は、全兄ブラックタイドの仔であるキタサンブラックによって2017年、第155回天皇賞(春)にて破られるまでの11年間、コースレコードとして君臨し続けた天皇賞(春)勝利により、5月7日発表され世界統一ランキング上で・超長距離部門世界ランク1位となった。翌5月8日調教師の池江が凱旋門賞出走向けた海外遠征プラン発表、その前哨戦として6月25日京都競馬場開催される第47回宝塚記念出走することとなった事前に行われたファン投票では89864票を集め1位となり、単勝支持率天皇賞(春)続いて1961年シーザー記録した72.4%を上回るレース史上最高の75.2パーセントオッズ1.1倍)をマークしたまた、ディープインパクトはこのレースデビューからJRA競走サラ系平地11連続で1番人気に支持され歴代1位ハイセイコー並んだ当日京都競馬場稍重馬場状態であったが、道中後方2番追走から残り700メートル地点進出開始すると、直線では馬場外目伸び、2着のナリタセンチュリーに4馬身差を付け優勝した。そして同競走優勝したことで史上7頭目史上最速での(収得賞金額)10億円となったレース後の記念撮影で武は指を5本立てて五冠をアピールした宝塚記念優勝受けて7月10日付の世界ランキングでは長距離部門世界1位となった。これは日本調教馬としては史上初のことである。 10月11日には2006年平成18年限り現役引退することが発表され51億円(8500万円×60)のシンジケート組まれ種牡馬となることが決定当時日本で最高価格となるシンジゲート組まれた。午後3時から東京競馬場事務所にて池江の会見が行われた。池江はこれまで引退について話したことはなく、「寝耳に水」の状態であった。 しかし、引退発表から数日後10月19日凱旋門賞レース後に実施され理化学検査フランス競馬における禁止薬物イプラトロピウム検出されたことがJRAによって発表された。そして11月16日正式に凱旋門賞失格通告された(禁止薬物問題についてはディープインパクト禁止薬物検出事件参照)。 天皇賞(秋)は、帰国して日が浅い中で出走させるのは馬がかわいそうだということ回避決定され日本国内での復帰初戦ジャパンカップずれ込むこととなった迎えた11月26日ジャパンカップでは2005年有馬記念以来ハーツクライとの再戦となった。同競走海外からは当年カルティエ賞年度代表馬ウィジャボードを含む2頭しか出走せず、日本馬合わせて11頭しかいないという、ジャパンカップとしては少数立てレースとなった単勝オッズ1.3倍の1番人気に推され単勝支持率は61.2パーセント占めた日本国内走ったレースの中ではもっとも低かったが、2000年テイエムオペラオー記録した50.5%を上回るジャパンカップ史上最高の支持率だった。レーススローペースとなったが、ディープインパクト終始最後方で待機し道中進めた。そして直線に向くと内に入った他馬を大外から一気捲りドリームパスポートに2馬身差をつけ優勝したラジオNIKKEI所属アナウンサー中野雷太ゴール瞬間凱旋門賞敗戦後ディープインパクトが「悪役転じた」ことなどを踏まえて、「全て振り切って、ディープインパクトゴールイン」と実況した。3着ウィジャボード騎乗したランフランコ・デットーリは、そのパフォーマンスに「ファンタスティック・ホース」と評した。後に武はこう振り返っている。 このレース勝利でシンボリルドルフ・テイエムオペラオーに並ぶ史上3頭目当時)の中央競馬GI7勝の最多タイ記録達成し獲得賞金14億51551000円となりテイエムオペラオーに次ぐ単独2位ランクインした。2006年1年間では7億71488000円を獲得し84年,85年シンボリルドルフ98年,99年スペシャルウィークに続く3頭目グレード制導入以降2年連続JRA年間獲得賞金1位馬となった父・サンデーサイレンスにとってはこのレースゼンノロブロイハーツクライ続いて産駒による同レース三連覇達成しヒンドスタンと並ぶ同レース最多の4勝を達成した池江泰郎にとっては87年メジロデュレン以来、武にとっては90年オグリキャップ以来16年ぶりとなる有馬記念2勝目挙げたこの後ウイニングラン行われなかったが、その理由について武は、ゴール過ぎてから走るのを嫌がったためだと語っている。記念撮影では武の5本指にオーナー金子の2本指が加わって七冠を表す7本指ができた(レースに関する詳細について第51回有馬記念参照)。 当日の全競走終了したあとに引退式が行われた。約5万人のファン見守る中、厩務員市川調教助手の池江に曳かれながら、武を背に同日有馬記念ゼッケン付けて登場した世界ランキングでは、夏から秋にかけては一時的に順位落としたものの、有馬記念優勝によって、最終的な2006年通年世界ランキング4位となったJRA賞でも年度代表馬および最優秀4歳以上牡馬選出された。年度代表馬2年連続受賞だった。JRA賞選考委員会記者投票では総得票数289票のうち年度代表馬287票、最優秀4歳以上牡馬288票を獲得した前年続き関西競馬記者クラブ賞受賞した

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