三井銀行とは? わかりやすく解説

三井銀行

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/13 06:52 UTC 版)

株式会社三井銀行(みついぎんこう、: The Mitsui Bank, Ltd.)は、かつて存在した三井グループ都市銀行。現在の三井住友銀行の前身の一つ。1990年太陽神戸銀行合併して太陽神戸三井銀行となり、1992年に行名をさくら銀行に改称した。


注釈

  1. ^ 三井銀行時代は看板が吊られていた。さくら銀行東京営業部を経て2001年(平成13年)4月から2010年(平成22年)10月上旬まで三井住友銀行本店営業部・三井住友フィナンシャルグループ等の本社が入居。その後2010年10月18日に三井住友銀行本店ビルディングへ移転。
  2. ^ 三井銀行としての創業日は1876年明治9年)5月。株式会社となったのは1909年(明治42年)。
  3. ^ 東都銀行は高田農商銀行として創立された古い銀行で中小企業と個人に強みを持っていた。
  4. ^ さくら銀行内には首都圏・関西系の太陽神戸銀行(正確にいえば太陽銀行と神戸銀行)の出身者と財閥系の三井銀行の出身者の対立が根深く、さくら銀行が神戸市内の支店の一部をみなと銀行に営業譲渡した際には太陽神戸銀行(神戸銀行)の出身者がみなと銀行に流れた経緯もある。
  5. ^ 十五銀行店舗のうち旧第一銀行系店舗に吸収された店舗を除き、分離後の帝国銀行所属の店舗となる。
  6. ^ 現存する旧東京銀行から譲り受けた店舗は渋谷支店(同店を譲受したことと同時に当行旧渋谷支店を廃止している。東京銀行末期にあった同行渋谷支店は現在の三菱UFJ銀行渋谷明治通支店である。)と、小倉支店(現:三井住友銀行 北九州支店)の2店舗である。
  7. ^ 店舗数では当行の約1.5倍であったが、太陽神戸銀行は関東一円と阪神地方に店舗を多く保有していたのに対し、当行は京浜地方を中心とする南関東を中心に店舗を保有していたため地域的に温度差はあり、東京都内における店舗数はわずかながらであるが、三井のほうが多かった。

出典

  1. ^ 五十嵐威暢公式サイトより
  2. ^ 『戦前期三井銀行企業取引関係史の研究』
  3. ^ 稲垣ほか(2000):263ページ
  4. ^ 西垣・松島(1974):219ページ
  5. ^ 大江(1959):221ページ
  6. ^ 『三井銀行八十年史』
  7. ^ 『三井銀行 100年のあゆみ』
  8. ^ 『太陽神戸三井銀行の期待と不安』


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