神戸銀行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/09 06:05 UTC 版)
株式会社神戸銀行(こうべぎんこう)とは、現在の三井住友銀行の前身の1つで、兵庫県を中心に店舗を有していた都市銀行である。
注釈
- ^ 三井銀行は西日本の拠点として大阪営業部(住友銀行との合併後も大阪中央支店として現存)を持っていたが、合併後の西日本の拠点は神戸に設置された。住友銀行との合併後も、西日本の拠点は大阪(住友銀行本店→三井住友銀行大阪本店営業部)と神戸の2か所に設けられている。
- ^ 旧・兵庫相互銀行。住友銀行の系列色が強く(通帳の書式が住友銀行と共通だった)、阪神相互銀行とはライバル関係にあった。
- ^ 但馬地区の大半の店舗を香住銀行に営業譲渡した。譲渡しなかった豊岡支店は、後に太陽神戸銀行、さくら銀行を経て現在は三井住友銀行豊岡支店となっている(但馬地方唯一の都市銀行支店)。なお、道を隔てて向かい側には、兵庫銀行、みどり銀行の豊岡支店を経て、みなと銀行に受け継がれずに但馬銀行に売却され、豊岡東支店となっている店舗がある。
出典
神戸銀行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 09:55 UTC 版)
1936年(昭和11年)大日本帝国政府の「一県一行主義」の方針に従って、岡崎藤吉が1917年(大正6年)5月8日に開業した神戸岡崎銀行を中核として成立した銀行。岡崎財閥は岡崎汽船や朝日海上火災保険(現:あいおいニッセイ同和損害保険)等全国的な事業展開をしていたため、合併成立後の神戸銀行も都市銀行とみなされた。したがって、大阪、名古屋、東京にも幾つかの店舗が存在したが、店舗網の大半は兵庫県下に存在していた。なお、戦時統合で神戸貯蓄銀行と神戸信託を合併。後者はのちに東洋信託銀行(現:三菱UFJ信託銀行)の設立に際し、その事業を譲渡。その後も日本クレジットビューロー(現:ジェーシービー)やオリエント・リース(現:オリックス)の設立に出資するなど、どちらかといえば三和銀行(現:三菱UFJ銀行)に近い存在であった。
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神戸銀行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/01 05:37 UTC 版)
1947年(昭和22年)1月、当時の経営陣の多くが公職追放の対象となって銀行を去ったため、2月に忠雄の婿養子である42歳の岡崎忠(ちゅう)が2代目の頭取に就任。1967年(昭和42年)までその地位を保持し、岡崎家の支配が長らく続いた。神戸銀行はその後、1973年(昭和48年)10月に太陽銀行と合併して太陽神戸銀行となり、1990年(平成2年)4月に三井銀行と合併して太陽神戸三井銀行(後にさくら銀行と改称)へ、さらに2001年(平成13年)4月には住友銀行と合併して、現在の三井住友銀行へ変遷を遂げている。
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