太陽銀行とは?

太陽銀行

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/12/13 16:21 UTC 版)

太陽銀行(たいようぎんこう)とは現在の三井住友銀行の前身のひとつで、相互銀行を前身とする都市銀行である。本店は東京都中央区の呉服橋交差点際に立地していた[注釈 1]




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注釈

  1. ^ 前川國男設計。2009年(平成21年)9月まで三井住友銀行東京中央支店が置かれていたが、取り壊された。跡地には三井住友銀行呉服橋ビルが建ち、系列のSMBCコンサルティングのセミナー会場等が入居する。
  2. ^ このとき、関東地方では千葉県下で千葉合同無尽(現在の京葉銀行)、栃木県下で栃木無尽(現在の栃木銀行)、群馬県下で群馬大生無尽(現在の東和銀行)が成立している。茨城県下は茨城無尽・下妻無尽(ともに現在の筑波銀行)と常盤無尽(現在の東日本銀行)が併存して未統合に終わったが、このうち常盤無尽は川崎財閥の繋がりで大日本無尽と関係があった。
  3. ^ 常盤無尽の後身。戦後東京都に営業基盤を移転。現在の東日本銀行
  4. ^ 相互無尽の後身で、普銀転換後は太平洋銀行。同行破綻後受け皿銀行としてわかしお銀行が設立されて営業を継承したが、同行が法手続上現在の三井住友銀行になっている。
  5. ^ 「太陽銀行」は公募による改称であったが、太陽生命保険との関係が少なからずあった。なお、コーポレートフラワーは日本相銀時代はカーネーションであったが、太陽銀行時代は太陽生命・太陽火災とともにひまわりを採用していた。また太陽銀行時代の行章は、現在も三井住友銀行の親密先企業である陽栄グループが使用している。
  6. ^ 成立直後に九段に移転したため、跡には東京中央支店が設置された。三井住友銀行発足後、日本橋中央支店(旧住友銀行日本橋支店)と統廃合した際に旧・日本橋中央支店所在地に移転、さらに再開発に伴い、現在は日本橋交差点の柳屋ビルディング(かつての東洋信託銀行日本橋支店のあった場所)に置かれている。

出典

  1. ^ a b c d e 「金融再編に刺激 神戸・太陽銀行合併 預金量6位に」『読売新聞』1973年2月14日
  2. ^ a b c 佐高信 『経済戦犯 日本をダメにした9人の罪状徳間書店2001年、21-25頁。ISBN 4-19-861385-0


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